第14話・わたし、別にこの世界から出られなくても、いいのですよ
「さて、ここからどうするか」
その声を聞き、俺は目を覚ました。
壁にもたれかかっていた身体を起こして目の前の風景を見つめる。
窓の外を見つめるケン。そのケンに〈ヒール〉をかけているマキと、「手がかりすらないってやつだ〜」とボヤき、コーヒー牛乳を一気に飲み干すリアム。
そして、このあと――。
「ビビ! 温泉はどうだったラビか?」
――ラビが、俺らの前に現れる。
「……ラビ」
ラビは片方の兎耳を折り畳みながら首を傾げた。
「ど、どうしたラビ?」
今目の前にいるラビは、まだホースの魔法にかかったままなのだろう。
この時点ではまだ、マキたちはラビの正体も、ツリィたちのことも何も知らない。ラビとツリィたちの関係も。
「……いや、なんでもない」
ここは下手に動くのはやめよう。一旦、この温泉宿を出て、マキたちにこれまでのことを話すんだ。
――話したら、マキは、リアムは、ケンはどんな返事をしてくれるだろう。
俺は、三人の返事を、素直に受け止められるだろうか。
「温泉よかったよ、ありがとう」
とにかく今は波を荒立てず、前回と同じようにやり過ごそう。
俺の言葉を聞き、ラビはうれしそうに頷くと、
「それはそれはよかったラビ。途中落雷みたいな音がしたから何事かと思ってたけど……特に何もなさそうならいいラビ!」
と言った。
――落雷……? ああそうだ、俺とリアムは隣の女湯を覗こうとして、マキに雷撃を食らったんだっけ。
ふとマキを見ると目が合った。マキはその瞬間、頬を膨らませる。どうやら機嫌はまだ治ってないらしい。
俺は思わず笑ってしまうと、マキは思ってもない反応だったのか、首を傾げた。
「ビビ? なんラビか、二人とも〜? なんだかいい感じな空気が流れてるような〜……?」
そんな俺らの一瞬のやり取りを見ていたのか、ラビはからかうようにそう言ってきた。
「い、いや〜普通じゃないか? マキは大事な仲間なだけだって!」
「そうラビか〜?」
「ラビだっているだろ! そういう大事な仲間!」
その瞬間、ラビの笑顔が一瞬だけ固まった。
「……仲間、なんていないラビよ」
ラビは腕を後ろに組みながら言う。
「ラビは、この温泉宿の店主だから」
ラビのその一連の動きを見て、俺は感じ取っていた。
ラビは魔法になんてかかっていない、かかった振りをしているんだ。
――『ついつい現を抜かしていたわ』
そう言っていたけど……どこかでツリィたちの意志を尊重したいと思っているのかもしれない。彼女たちが危険な状況になれば、自分が割って入ればいいと考えて。
もしくは、ツリィたちが勇者側につく――裏切るチャンスをあえて与えているのか。
正確な思惑は不明だが、ツリィたちを想っているのは違いない。
勇者に希望を託して、自ら死を選ぶくらいに。
――なんでこんなに、魔女の子らしくないんだよ。
「まあいいラビ! ところでお客さんたち、なんだか見ない顔ラビけれど、どこから来たんラビか?」
セリフが、また聞き覚えのあるものに戻った。
前回はこの話の流れで、〈ピエリス市〉へと向かうことになったんだよな。
「……俺たちはこの世界を冒険していて、最近まで東の国にいたんだ」
前回、俺はなんと答えたか正確には覚えていなかったから、当たり障りのないようにそう答えた。
その後は、リアムが俺らが勇者一行だという話をし、大方前回と同じような会話がつづき、〈ピエリス市〉に出現する不審者の情報をラビから得た。
俺らが温泉宿を出る直前、ラビは「〈ピエリス市〉はあそこに見える塔に向かって真っ直ぐ歩くラビ。でも気をつけるラビ、怪しい奴は何をしでかすかわからないラビ」と、前回と同様の助言をしてくれた。
俺が思わず返答に詰まってしまうと、今度は代わってマキが答える。
「大丈夫なのです! 勇者様なら返り討ちにしてやるのですよ!」
その言葉を聞いて、ラビは小さく笑った。
今なら、その笑顔の意味が、ただの会話の延長線上の物ではないと理解できる。
俺の行動が少し変わるだけで、周りの行動も微妙に変化する。セリフ回しも変わってくる。そうだったはずの未来が異なっていく。
――だったら、どうにかしてラビもツリィも、ヨイも、ホースも救える未来を選べるなら……。
……ダメだ。そんな未来はない。いや、あったとしても……。
雪道を進む中、ふと俺は足を止めた。
そんな俺に気づいた三人も足を止め、俺に注目する。
三人の視線を受けながら、俺は恐る恐る問いかける。
「……なあ、このままゲームの世界にいるっていうのは、どう思う?」
リアムは思い切り動揺した様子で、ケンも俺の発言に違和感を感じたように目を細めた。
「What’s the matter? ユータ……」
「…………」
一方、マキだけは落ち着き払った顔のままだった。
それから、マキはニコリと微笑むと言う。
「……勇者様。わたし、別にこの世界から出られなくても、いいのですよ」




