第11話・壊さないでよ、勇者
―― 〈制約の首輪〉。
「なんで、そんなもの……」
「これは魔女の子に対する忠誠なんだよ。魔女の子を守り抜くというね。ほかの二人にも、同じものがついている」
――もし俺が魔女の子を倒したら、この子たちも道連れで死ぬ。
そんなの、許されるわけがない。
「……解けないのか、それは」
「…………」
「いつだ、いつ、それは付けられたんだ!?」
俺は少女の肩を掴み、聞き質した。
もし、俺が最後に〈セーブ〉した地点で、まだこれを付けられていなかったら阻止できる。
「…………知ってどうする?」
「戻って阻止するんだよ!」
「時間は不可逆だよ」
「いいから! 教えてくれ!」
少女は俺の手を払い、一歩後ろへ距離を置いた。
「わたしは、ただ改めてお願いをしに来ただけ。魔女の子から手を引いてもらえないかって。それができないなら、勇者を倒すのみだ」
少女は杖を構え、戦闘態勢を取りはじめる。
「狂ったこの世界では、死んだら二度と目覚めないそうだね。……魔女の子と共に永遠に眠りにつく、それも悪くないかもね」
「何言ってんだよ、そんなのダメに決まってるだろ!」
少女は俺の言葉なんて受け止めもせず、「お先」と言うや、杖で地面をつついた。
直後、足元から嫌な感覚が伝わる。俺はほとんど反射的に半歩足を引き、瞬間、地面から刃物のように鋭利な氷が飛び出してきた。
「――〈フロージャ〉。おたくの魔法使いより、結構いい味出してるでしょ?」
「っ、マキを舐めるな!」
俺は剣を抜き、目の前の氷目がけて振り下ろした。
剣の衝撃で氷にヒビが入り、瞬きする間にそれは粉々に砕け散り、破片はツリィへ一直線に飛んでいく。
しかしツリィは、防御壁を発動させ、破片から身を守った。
「――魔法使いの特権だね。こうやって、とっさに防御できるのは」
「なあ、俺に話してくれ! 魔女の子に脅されてやってるなら、俺が助けてやる!」
「助けてやる? ふざけんな!」
少女は防御を解くと、杖を回転させ呪文を唱えた。
「〈ジホエンジャ〉!」
少女は炎を杖先から放出させた。それは火の龍を形作り、俺を噛みつこうとするかのように口を広げ、襲いかかってくる。
俺は剣を縦に斬り、炎を払った――しかしその先には、すでに距離を詰めていたツリィが眼前にまで迫っていた。
ツリィは杖で俺の横腹を殴りつけた。
俺は殴られた腹を手で庇いながらも距離を取り、再び剣を握り締める。
「戦うなんてやめようぜ! プレイヤー同士で争うなんて馬鹿げてる!」
「喧嘩をふっかけてきてるのはお前のほうだろうが!」
ツリィは杖を高く上げた。
「〈ライデン〉!!」
その叫びと同時に、空気を切り裂くほどのけたたましい音が鳴り響き、俺は頭から電撃魔法を食らう。
全身に痛みが走るが、立てなくなるほどではない。マキの電流の方がもっと激しい。
――レベルだけでいえば、俺のほうがかなり上だ。そう簡単に倒れはしない!
彼女と話し合うために、俺は前へと走り出す。
「っ! 近づくな!」
ツリィは「〈ネーロ〉」と呪文を唱え、水の壁を作り出した。俺は剣を振り上げ、その壁を切り裂いた。
――いない!?
壁の向こう側にツリィの姿はなかった。直後、背後に気配を感じ、すぐさま身体を反転させる。
もうすでに、ツリィは杖を振り下ろそうとしていたところだった。
俺は剣で攻撃をガードし、必死にツリィに訴えかける。
「お前は俺を倒す必要はない! 魔女の子に脅されているなら、俺がなんとかして救い出してやる! 絶対にお前を見殺しにしたりなんてしない!」
「魔女の子から手を引け! わたしは初めからそうとしか言ってない! お前はなんで魔女の子を倒そうとするんだ!」
「それはっ……!」
ツリィは俺の腹部を蹴り上げた。蹲る俺に対し、ツリィは容赦なく足で踏みつける。
「お前は勘違いしている! わたしは別に、魔女の子から救われたいわけじゃない! そっとしておいてほしいんだよ!」
俺は痛みを堪えながら、ツリィの表情を見上げた。
「魔女の子を倒さないとお前が先へ行けないのは理解している。この状況を打破しないと、ずっと〈プレイヤー〉がこのゲームの中に閉じ込められてしまうのはわかっている」
ツリィは「でも!」と叫んだ。
「みんな、楽しくここで生きていけばいい。わたしは、現実世界へ戻れなくたっていい」
ツリィは、冷たい目で俺を見据えた。
俺は必死にツリィに訴えかける。
「ダメだ! 現実世界に残されたお前はどうなる!? それに、お前の家族や友人は、眠りつづけるお前を見て、きっと悲しむぞ!」
「別に、そんなのいないからいいよ」
そのあまりにも冷えた声に、俺は何か言い返すことができなかった。
「――わたしはずっとひとりだった。でも、ようやくこの世界で友人ができたんだ」
ツリィはまた俺を踏んだ。
「同じ目的を持つ友人が――仲間が。わたしはずっとその人といれるだけで、幸せ」
何度も、何度も。
「邪魔しないで、勇者」
恨みつらみをぶつけるように。
「魔女の子は別に何もしてこない。魔女の子が死ななければ、わたしたちが死ぬこともない。魔王が現れたとかいうけど、被害なんて何もないじゃない。ただ、ここでふつうに過ごしていれば、問題なく暮らしていけるの」
やるせなさを吐き出すように。
「壊さないでよ、勇者。わたしは、このままでいいから!」
彼女の攻撃の手はようやくそこで止まった。
全身の痛みなんて気にしてる場合じゃない。俺は上半身を起こし、彼女を真っ直ぐ見つめた。
「……この世界にいつづけても、お前はずっと救われない。仮初の世界に身を寄せても、何も解決しない。現実と向き合わないと……ここは、ゲームなんだから」
「説教垂れるなよ。たかが、選ばれた勇者の癖に」
ツリィの声は涙ぐんでいた。
「現実世界に戻って、現実世界でヨイとホースに会えばいい。そしたら、もっともっと世界は広がる」
「わたしだけじゃない。ヨイも、ホースもここにいたいって言ってる。世界が広がる? ここなら、歳も取らずに永遠に笑ってられるのよ」
『永遠』――その言葉を、俺は信じられない。
「永遠なんてない……。この世界も、破滅はすぐ隣にあるんだから」
「……破滅?」
俺は視線を下ろした。
「俺、思うんだ……。俺が〈リセット〉をしたら、この世界は壊れてしまうけれど、魔王はそれを待つのかって……。この世界の権限を握っているくらいだ。俺の選択次第で、いつでも魔王自身がこの世界を終わらせることができるんじゃないかって……」
ツリィは「は? 何言ってるの?」と言っていた。当然だ、いきなりそんな脈絡のない話をされては、そのような反応になるだろう。
「……とにかく、この世界にずっといつづけることはできないし、いつづけてはいけないんだ」
俺は立ち上がり、ツリィと向かい合った。
「だから俺は魔女の子を倒さなくちゃならない。倒さなくちゃ……」
「……魔女の子が、何かしたの?」
ツリィは俺に掴みかかった。
「ねぇ、別に何もしてないでしょ! どうしてグリムはダメなの?! なんで勇者に倒される運命なの?!」
ツリィは俺の胸に顔を埋めると、消え入りそうな声で言う。
「……なんで、アンタのとこの魔女の子はよくて、わたしたちはダメなのよ…………」
そのツリィの訴えは、俺の心を十分に揺らがした。
「グリムは、わたしの大事な仲間なの……恩人なの」
ツリィは、再度願った。
「壊さないでよ、勇者」




