第1話・ようこそ! 温泉宿、〈シロケムリオンセン〉へ!
俺らは北エリア〈シロケシキノチ〉を歩いていた。
その大地は、一面銀世界が広がっていた。美しい風景……と、初めこそ思っていたが、突如吹き荒れた吹雪のせいで、体力を一層奪われていた。
「ゆ……勇者様。わたしはもうダメなのです」
杖を支えにしながら、歩いていたマキが、突然膝から崩れ落ちた。
「そんなっ……。マキ! しっかりしろ!」
俺は必死に肩を持つ。さらに同時に、隣でどさりと雪を踏む音が。
あの屈強なリアムもいよいよ限界が来たか、仰向けに倒れていた。
「ユータ……オラのことはいい。マキだけは、助けてやって……くれ……」
息絶え絶えに言うリアムに、俺は首を横に振りながら手を掴んだ。
「リ、リアム! お前だけ見捨てるわけないだろ!」
リアムは「頼んだってやつだ、ユータ……」と言って、ゆっくりと目を閉じた。
「リアム……リアムーーー!!!」
俺は、灰色の空に向かって咆哮した。
「……そろそろ満足しただろうか」
一連の流れを見守っていたケンがそう言った。
ケンは呆れ混じりにため息をつく。
「吹雪が吹いているわけでもないだろう。雪原が広がっているだけで、雪すら降ってないぞ。なぜそんな茶番を始めるのだ?」
ケンの言うとおりである。さっき吹雪と言ったのは、あくまで俺らの舞台上の話だった。
今はただの曇り空なだけである。
ケンの真面目な質問に、俺は「ちっちっちっ」と人差し指を振りながら答える。
「冒険は常に楽しくなくちゃならねぇ。こういったドラマティックな小芝居も必要なのさ」
マキとリアムと続いて、
「そうなのです! 時にはお遊びも必要なのです!」
「Real lifeじゃ絶対できないからな! というか、絶対に起きたくない!」
ケンは「〈プレイヤー〉の心理というのはよくわからないものだ……」と呟き、あたりを見渡した。
「しかし困ったものだ。今回ばかりは魔女の子の顔もわからない。どうやって探し出すか……」
ケンは言って、ある場所で視線を止めた。
「Heyケン。そこに何かあるのか?」
ケンは歩き出しながら答える。
「ああ、明かりが見えるぞ。集落があるのかもしれない」
◇
明かりの元へ来てみれば、山の形をした全て氷でできた建物があった。
小さな窓からオレンジ色の明かりが漏れている。
建物の向こう側には木々と竹垣が何かを囲うように配置されていた。その奥からは白い煙が立ち上っている。
建物の手前に、看板が立っていたことに気づく。俺は雪を払ってその文字を確認しようとした。
看板は結構年季が入っている――そういうデザインなのだろう。そこには、見慣れない不可解な文字が刻んであったが、〈シロケムリオンセン〉とハッキリ理解することができた。
どうやらゲームの仕様のようだ。世界観を守りつつ、〈プレイヤー〉にも内容を理解できるようなシステムが組まれているらしい。なんだか不思議な感覚である。
――ってことは、もしかするとあの向こう側に見える煙は……露天風呂か。
俺は温泉があるらしいと伝えると、真っ先に目を輝かせたのはマキだった。
「わー! 温泉なのです、温泉なのですー!」
マキはスタスタと先に建物の中へと入っていく。まあ、せっかくだし温泉に寄るのも悪くないだろう。
旅に道草は必要だぜ。
俺らもマキに続いて中へと入ると、まず目に入ったのは受付らしいカウンターだった――いや、番台と言うべきだろう。番台の左右には、それぞれ不思議な記号の記された、青色の暖簾と赤色の暖簾が掛けてある。
建物は見た目と反して木造作りの温かなデザインだった。実際に暖炉も焚いてあって部屋は暖まっていた。
「あー暖かい……」
思わず声を洩らすと、「ビビ!?」という少女の声と共に、番台からにょきっと耳が生えた――あれは、兎の耳?
「あれ! もしかしてお客さんラビか!?」
番台からひとりの少女が顔を出した。兎のような耳を頭から生やした、半獣人の少女だ。
片方の兎耳には草花で作った冠、黒いお河童のヘアスタイルと赤い半纏姿は彼女によく似合っていた。
少女は、俺らを見るや番台に足をかけ、大きく両手を広げた。
「ようこそ! 温泉宿、〈シロケムリオンセン〉へ!」
少女は言う。
「ラビは、ここのばんとーのラビっていうラビ! どうぞゆっくりしていくラビよ!」
少女――ラビは、最後に俺に向かって右手を突き出した。
「ひとり150ゴールドラビ! きっちり払ってから入るラビ!」




