第26話・わたしは、こんなの絶対認めない!!!
「本当の本当に、最終手段に取っておいてよかったわ。まさかここまで追い詰められるとは思わなかったもの」
ハンドレディは、着物の帯からクナイを取り出した。
「護身用か知らないけれど、親切に武器まで持ってるみたいでラッキー! これでアンタの首を貫いてやるわ」
ハンドレディはクナイをクルクルと回しながら、勝ち誇ったように笑う。
「アンタは今の鷹尾太夫を傷つけられない、そうでしょう? アタシが何をしようとも、この大事な女を倒せないでしょう? だって、遊女の解呪にすら勤しむアンタだもんねぇ?」
「……相変わらず、卑怯な手ェばっかり使いやがって」
「どんな手でも勝てればいい。そこに美学は持ち合わせていないわ」
俺は剣を握るが、それでも奴は斬れない。中身がハンドレディだとしても、その身体は鷹尾太夫のものだ。
「ここで勇者をやして、アタシは魔王様から魔力を分けてもらうの」
ハンドレディは楽しみでしかたがないというふうに、クスクスと笑った。
――なぜ、ハンドレディがここまでして俺に執着するのか。そこまでして、魔力 を欲するのか。
……いや、きっとこの行動は、ただの魔王の理由付けだ。
ハンドレディも、所詮魔王に作られたキャラクターなのであって、その動機も意志も、全部作り物なんだ。
――全ては魔王に帰結する。
「さ、今のうちに殺るなら殺っていいのよぉ? 早くしないと、アンタは今からクナイに刺されるんだから」
俺らが手を出せないのを理解って、挑発しながらのんびりと歩いてこちらへ近づいてくる。
――ハンドレディが鷹尾太夫に入り込んだのも呪いのはず。なら、ソラちゃんの〈断絶呪詛〉で、二人を引き離すことは……。
そう考え、ソラちゃんを見たが、ソラちゃんは首を横に振った。
解呪はもう試した……そういうことか。
――だったら、もうどうしろっていうんだよ!
「アタシを殺せばいいのに! それもできないなんて、弱虫ね!」
気づけば、もう目の前まで来ていたハンドレディは俺に向かってクナイを振り上げていた。
「やった! これでアタシの勝ち――」
と、ハンドレディはクナイを突いたが、俺の喉元ギリギリのところで、その手を止めた。
クナイを握る手が、小刻みに震え出す。
「……させないなんし。自分の落とし前は、自分でつけるなんし」
ハンドレディ――いや、鷹尾太夫と目が合う。
「この呪いのこと、主さんに黙っていて悪かったなんし」
直後、「何やってるのよ! なんで邪魔できるのよ!!」と声を上げた。ハンドレディだ。しかし、鷹尾太夫はすぐにそれを抑え込む。
「……魔女の子がわっちの前に現れたとき、ひとつの呪いをかけていった。それは死に至る呪い……だけど、正確には違う。わっち自身が消滅し、身体を魔女の子に乗っ取られる、反吐が出る呪いだった」
鷹尾太夫は話しながら、クナイの先を自分へと向ける。
「まさかこの呪いは、自分の死の回避で使われる物だとは……本当に生への執着も、勇者への殺意も強い魔女の子でありんすよ」
鷹尾太夫は、クナイを持つ手により力を込めた。
「力の制御が利かなかったとき……そのときは、紫に、わっちを殺してもらおうかと考えていたなんし。でも、不幸中の幸いか、それも必要ないようざんす」
鷹尾太夫は力なく笑った。
「わっちが死ねば、中にいる魔女の子もいっしょに死ぬ。ならば、わっちはここで素直に受け入れるざんすよ」
鷹尾太夫は自分の喉元に刃を立てた。
「――ありがとうござりいす、勇者。わっちの子供たちを救ってくれて。この国を守ってくれて」
鷹尾太夫は話し終えると、そのクナイを自分の喉に突き立てた――。
「――ふざけんなっ!!」
怒号が響く。それは、俺でもない、リアムでも、ケンでも、紫さんでもない。
――マキだ。
マキは鷹尾太夫の手を握り締めながら、叫ぶように声を上げた。
「勇者様は! みんなを救うために、誰も死なせないために、今まで何回も戦ってきたんだ!! それを、アンタが勝手に踏みにじるな!!」
マキは必死で鷹尾太夫の手を引き、クナイを奪おうと力を込める。
「勇者様が今まで守ってきたものを、簡単に壊すな!! 終わらせるな!! わたしは、こんなの絶対認めない!!!」
マキは、いよいよクナイを鷹尾太夫から奪った。
「返すなんし! わっちもいつまでも魔女の子を抑えられない! 早く、ここで決着をつけないと!」
鷹尾太夫はクナイに手を伸ばした。だがマキは渡さない。
「ダメなのです! だってまだ……まだ諦めるわけにはいかないのですから!!!」
マキは叫んで、クナイを遠くへ投げた。それは、庭園の池の中にポシャリと落ちた。
「…………!」
鷹尾太夫は呆然とマキを見つめていた。
マキは肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。
マキの視線の先にいたのは、ハンドレディが操っていたモンスター、〈エキドナ〉だった。
エキドナは、黙って鷹尾太夫を持ち上げた。
「たっ、鷹尾太夫!」
紫さんはとっさに呼びかけたが、しかし、何をするかもわからない今、何も行動できない。
――エキドナは何をするつもりだ? まさか、まだハンドレディの操りの下で、今からここにいる俺らを倒そうってんじゃ……。
そう思っているところに、直接脳内に声が響いた。
『――彼女の魂からの叫び、実に楽しませてもらった。心が、動かされた』
女の声。これは、もしかして目の前のエキドナの声なのか?
『不本意に支配下に置かれ、私も非常に不服だったところだ。これは、解放してくれたせめてもの礼だ』
エキドナはその指先で鷹尾太夫の背に指を当てた。
「なっ、何なのよ! 動いたと思ったら、アタシの言うこと聞かないし……!」
鷹尾太夫の中にいるハンドレディは大声を出した。どうやら、ハンドレディはエキドナの声が聞こえていないようだ。
エキドナは、騒ぐハンドレディを気に留めることなく、そのまま指先で背を撫でた。直後、鷹尾太夫の身体は脱力する。
指先には黒紫色の光の玉があった。あれは――。
エキドナは、その玉を手の中に閉じ込め、握り潰した。それからゆっくりと手を開くと、そこから光の玉の粒子が空へと飛んで消えていく。
俺は倒れているハンドレディへ視線をやった。ハンドレディの身体は徐々に形を崩し始め、砂となり風に乗って消えていき、やがて、そこには何もなくなった。
「ユータ。終わったんだ」
リアムは、〈リザルト画面〉を見せながら言った。戦いが終わり、経験値が加算された証が、そこにあった。
エキドナはそっと地面に鷹尾太夫を寝かすと、何も言うことなく背を向け歩き出し、空間に溶け込むようにして消えていった。
「…………」
俺はただエキドナのいた場所を見つめていた。
「鷹尾太夫!」
紫さんが鷹尾太夫へ駆け寄る際、俺の肩にぶつかった。その衝撃で、我に返る。
そうだ、鷹尾太夫は……!?
俺らは鷹尾太夫を囲むように覗き込んだ。少しして、鷹尾太夫はゆっくりと目を開けた。
鷹尾太夫は俺らの顔を見回して、小さく笑った。
「この国一番の花魁と自負してありんすが、ここまで客さんらに囲まれたことはないなんしなぁ」
「鷹尾太夫〜!」
紫さんは鷹尾太夫に抱きついた。
俺らも、ようやく終わりを迎えた戦いに安堵して笑い合った。
ムギちゃんとソラちゃん、それに遊女たちも俺らの元へ集まってきた。
「やったね、ユータ!」
ムギちゃんはピースサインを作ってみせ、隣でソラちゃんも笑みを向けていた。
――東の国に、再び平和と平穏が訪れた瞬間だった。




