第25話・倒せたと思った?
「ミンナ! ミンナ! アタシの邪魔スるのネ!!」
ハンドレディは怒り、声を荒らげた。
それに呼応するように、十本の触手が伸び、俺に向かって伸びてくる。
「――させるか!」
紫さんは十手を使い、すべての触手を跳ね返した。
さすが〈ユウカクガイ〉の番人、その強さは伊達じゃない。
「ヤめてよ! アタシはソイツをコロスの!!」
ハンドレディは、一旦標的を切り替え、紫さんに攻撃を向ける。
うねりを上げる触手が紫さんを襲う。だが、一方の紫さんは落ち着いた様子で、その一本一本の攻撃に対して、確実に捌いていく。
流れるような動きで、すべての攻撃を防ぎ切った――そう思ったが。
「紫! まだ来るなんし!」
鷹尾太夫が声を上げた。
紫さんはすぐに顔を上げたと同時に、触手の隙間から、ハンドレディが顔を覗かせた。
目と鼻の先で、二人の顔が合う。
ハンドレディは紫さんに掴みかかり、そのまま地面へと押し倒した。
その衝撃で、紫さんの手から十手が離れてしまう。
「しまっ……!」
「アンタをコロして! それから勇者を殺すワ!」
ハンドレディはその両手で紫さんの首を締めはじめた。
「紫さん!!」
紫さんはもがきながら、ハンドレディの腕に爪を立てるが、それも虚しく、ハンドレディの力が緩むことはない。
「やめろ! 紫さんを離せ!!」
俺は叫びながら、必死で身体を動かそうとした。手を伸ばそうとした。だが、身体はまったく動かない。動かせない。
――ダメだ。ひとりも死なせるわけにはいかないんだ。せっかく一度は奴を追い詰めたのに、これじゃあ……!
抵抗していた紫さんの力が弱まっていく。このままじゃ、紫さんも時間の問題だ。
――まだ三分経たないのか!? 時間は、とっくに……!
「クソ! クソ!! 誰か、誰でもいいから……!!」
――助けてくれ。
「アハハハハ!! さ! このまま無様に死になさイ!!」
ハンドレディは笑い声が響かせていたが、突然ピタリとその声はやんだ。
「アハ、ハ……?」
ハンドレディは動きを止めて、ゆっくりと顔を上げた。
ハンドレディの上半身には、痛々しいくらい無数の矢が突き刺さっていたのだ。
「……何、アンタら」
ハンドレディは周りを見ながら呟いた。
遊郭を取り囲む塀に立つは、避難しているはずの遊女たちだった――よく見れば、そこにはムギちゃんとソラちゃんの姿もあった。
彼女たち全員の手には、弓が握られていた。
「みんな、〈ユウカクガイ〉の一員として立ち上がりたいって言うから、連れてきたの」
「大正解だったニャ! なんとか間に合ったみたいだし!」
塀の上から、ソラちゃんとムギちゃんはそう言った。
ハンドレディは紫さんから離れ、ヨロヨロと立ち上がった。
ゆっくりと覚束ない足取りで、俺の元へと歩いてくる。
「……こんな矢、どうってことないのよ」
言いながら、ハンドレディは背に刺さっていた矢を一本抜いた。
全身から青い血を流しながら、それでもハンドレディは俺を捉えて離さない。
いよいよ目の前まで来ると、ハンドレディは俺を見下ろして、矢を持つ腕を振り上げた。
「……アンタは、絶対に」
ハンドレディはニヤリと口角を上げた。
俺は、それでも目を離さない。
――もう、結果は決まっている。
「勇者は…………アタシ……が」
ハンドレディは言い、矢を振り下ろそうとしたところで、そのまま横へ倒れた。
「……ヒヤヒヤしたぜ。三分過ぎても動いていたんだからよ」
――ハンドレディの勝ちへの執着心。それは呪術の効果時間を無視するまでに強かったらしい。
ムギちゃんたちが最後駆けつけてくれなかったら、本当におしまいだった。
また俺は、仲間に救われたんだ。
「……一時はどうなることかと思ったが、無事、魔女の子を退治できたみたいだな」
紫さんはハンドレディを覗き込みながら言った。
「ああ。ホント、みんなのおかげだ」
ふと俺は身体を動かしてみる――ハンドレディを倒し、呪いが解けたのだろう。今はすっかり身体を動かせるようになっていた。
「勇者様ー!」
マキたちも呪いから解放されたようだ。うれしそうに走り、俺の元へと駆け寄ってきた。
「勇者様! もうダメかと思ったのです! やったーなのです!」
マキはバンザイしながらピョンピョン跳ねていた。ここへ来て、一番のかわいさである。
「Great! 今回もCleared the level! だな!」
リアムも歯を見せて笑った。
しかし、ケンだけはまだ警戒している様子で、ハンドレディを見下ろしていた。
「どうしたんだよ、ケン? まだ何か気になってることでもあんのか?」
俺が聞くと、ケンは口元に手を当てながら答える。
「……ああ。倒せた……はいいが、さすがに長いと思わないか? いつまで、ハンドレディの死体がある?」
ケンに言われ、気づく。
ここはゲームの世界。倒した敵は、本来すぐに消えていくのがルールだ。そのはずなのに、ハンドレディはまだこの場に倒れていつづけている。
「……そう、ですね。ケンちゃんの言うとおりなのです。それに、倒したはずなら……」
マキは言って、俺を見つめた。
――そうだ。倒したはずなら、経験値が入ってくるはずだ。
〈リザルト画面〉は未だ表示されていない。
俺は試しに、〈SKILL〉から〈ロード〉を立ち上げてみるが、そこに出てきたのは、〈戦闘中・操作不可〉の文字だった。
俺らは、まだ倒せてないのか? まだ、ハンドレディは――。
「――勇者は、アタシが倒すのよ」
それは間違いなくハンドレディの言葉だった。だがそれは、紛れもなく別の者の声だった。
俺らは、声のしたほうへ視線を集中させる。その先に立っていたのは――花魁、鷹尾太夫。
「……本当に、忌々しい魔女だ」
紫さんは呟いた。
鷹尾太夫――否、もう鷹尾太夫じゃないソイツは、気持ち悪い笑い声を上げた。
「What happened?」
リアムは言ったが、リアムだけでなく、薄々みんな察しがついていた。
「花魁の身体も別にいいってもんじゃないわねー。やっぱり自分の身体が一番だわ。ま、もうアンタらのせいで使えないのだけれど」
鷹尾太夫――ハンドレディは、ほくそ笑んだ。
「倒せたと思った? 残念、アタシって保険に保険をかけておく主義なのよ」
鷹尾太夫は自身も呪われたと話していたが、そうか、こういうことだったのか。
「……保険ってのは、これのことだったのかよ」
俺は奥歯を噛み締め、もう鷹尾太夫ではなくなったハンドレディを睨みつけた。




