第20話・あら、気づいてたんなら言ってよね
目が覚めると、目の前には鷹尾太夫と紫さんがいた。
「あの……どうしたなんしか? 突然黙りこくって……」
鷹尾太夫は心配そうに聞いてきた。
二人はちゃんといる――生きて、そこにいる。
そこに深く安堵しつつ、俺は現状を振り返る。
――ああ、そうだ。今はもう茶屋にいるところからではなく、遊女たちの解呪が終わったところだったな。
俺はメッセージを開き確認する。
ソラちゃんからの――否、ムギちゃんからのメッセージはあった。
解呪はもう完了している。
しかし、このまま合流しようとエレベーターに乗り込めば、ハンドレディに殺られるだろう――さっきのように。
だったら階段を降りて……とも思ったが、それも同じ結果になりそうだ。
できることなら今、ハンドレディに不意打ちを食らわせられれば、こちらが少し有利になる。
二人にその事情を話したり、メッセージを送るなんてことはできない。そんな怪しい動きをすれば、ハンドレディはすぐに勘づいて、俺らに襲いかかるはず。
エレベーターでの時、ハンドレディは俺の背後に絡みついていた。自わの存在を悟られないように、俺の近くにいて匂いをごまかしてたのだ。
……だとすれば。
「鷹尾太夫、紫さん、ちょっと離れていてください」
当たるかはわからないが、物は試しでやってみるしかねぇ。
俺は背中の剣の柄を握り締め、そのまま勢いよく引き抜き、そのまま刃を背後に回し、空を斬った!
………………。
反応は、ない。
背後に隠れるようにしていなかったか、それとも姿がない状態だと当たり判定がなかったか……。
「あら、気づいてたんなら言ってよね」
――ハンドレディの声。
上から降ってきた声に、俺らは天井を見上げた。
黒い煙が天井の一箇ところに溜まっていた。煙は形作りながら消えていき、そこには、触手で天井に張り付き、逆さ吊り状態でこちらに視線を向けるハンドレディの姿があった。
紫さんはハンドレディの姿を捉えるや、すぐさま持っていたクナイを構え、魔力を放出した。
クナイから放たれた衝撃波はハンドレディ目がけて直撃。そのまま遊郭の天井を突き抜け、夜空が覗いた。
「む、紫さん!?」
あまりの躊躇のなさに、俺は驚いて声を上げる。
「鷹尾太夫! 勇者! すぐにこの場を離れるぞ!」
紫さんは叫ぶように言い、鷹尾太夫をおんぶして走り出す。
軽々と鷹尾太夫を背負い走る紫さんの力に驚きつつも、俺も続いてこの場を離れた。
「あの一撃で倒せてたらいいんだが」
階段を駆け降りながら、俺は言った。
「残念ながら手応えは皆無だった。奴は今もわたしたちをつけているだろう」
そんな俺に、紫さんは悔しそうに眉を顰めながらそう答えた。
――とりあえず、ハンドレディに捕まることは避けられたって感じだな。
「…………」
鷹尾太夫は黙ったまま手を震わせていた。唇を噛み締め、怯えている様子だ。
呪いをかけられて、今も死に近づいているというのなら当然か。
「それにしても貴様、よく魔女の子が紛れていると気づいたな。……わたしは、全く察することができなかった」
紫さんは、不服そうに言った。
「そりゃあまあ……〈勇者〉だからだよ。紫さんこそ、よく瞬時に攻撃したもんだよ。俺なんて、身体が固まっちまってた」
「当然だ。戦いは一瞬の判断で勝負が決まるからな」
六階まで降りたところで、階段は一度途切れ、そこは大広間になっていた。
「大広間の向こう側に、また続きの階段がある。ひとまずこの大広間を抜けるぞ」
紫さんに続き、大広間に足を踏み入れる。
しかし、それを阻むように、突如目の前に黒煙が立ち込めた。俺らは反射的に足を止めざるを得ない。
「――酷いじゃない。アタシの顔に傷が付いたらどうする気?」
黒煙が晴れ、ハンドレディが立ちはだかるように姿を現した。
「はー、ホントムカつく。勇者だけ殺って終わろうと思ってたけれど、アンタらまとめて片づけることにするわ」
――嘘をつけ、このタコ足女が。お前は今まで散々色んな人を巻き込んで、殺してきたくせに。
しかし、この状況はマズイ。
紫さんと戦うにしても、鷹尾太夫を守りながらとなると厳しい。
何より、俺自身、今は解呪の影響でMP切れだ。攻撃スキルの使えない中戦うのは、キツいものがある。
〈ロード〉してセーブ地点に戻っても、結果は変わらない。クソっ、ここからどうする……!?
窮地に陥ったその時、対岸から、ガラリ、と戸の開く音がした。
「勇者様!!」
開かれた向こう側の扉の先には、マキとリアムとケンがいた。
「ユータ! Roofがバクハツしたから、ビックリしてすっ飛んで来たぞ!」
リアムは言った。
そうか。あのときの紫さんの攻撃に気づいたみんなが、異変を感じてここまで来てくれたのか!
「また遊女を使おうとも無駄だぞ、ハンドレディ。もう、あの子らはこの場にはいない。ここで観念するんだな」
ケンは言いながら、銃を構えた。
「勇者様! 〈ユウカクガイ〉の人たちは、ムギちゃんとソラちゃんが誘導して避難させているのです! 今この遊郭内にいるのは、この場にいるわたしたちだけなのです!」
マキがケンの言葉を取り持ち、そう補足した。
――なら、多少暴れても住人に危害はいかねぇから安全ってことだな。
俺は剣を抜き、その切っ先をハンドレディに向けた。
「勇者! わっちもこの場で勇者を見守るでありんす!」
突然の鷹尾太夫の申し出に、俺は困惑する。
「でも鷹尾太夫、ここにいたら――」
「危険は承知でありんす。でも、いさせてほしい。いなくてはならないでありんす。わっちだってこの国の長。少しばかりでありんすが、戦いは心得てるでありんす」
鷹尾太夫は力強く、真っ直ぐ俺を見ながら言った。意思の強さが瞳から伺えて、これはいくら言っても聞いてくれないことくらいは理解できた。
「……わかりました。くれぐれも無理しないでください。紫さん、鷹尾太夫のこと頼んだぜ」
「ああ、もちろんだ」
ハンドレディは憎らしく舌打ちし、
「ああ、もうほんっとウザくてありゃしないわ」
と呟くと、その触手を大きく広げた。
触手から、黒煙が吐き出される。煙から見せたのは、 モンスター――〈グランドスネイク〉二体の姿だった。
「そんな感じで召喚できたってわけかよ」
俺は言うと、ハンドレディは「当たり前でしょ?」と吐き捨てた。
「お遊びはもうおしまい――今から、アンタら全員まとめて消してやるわ」




