第19話・アンタって、ほんとマヌケ
「やはり、わっちの呪いを解くことはできないなんしか」
「すみません……」
「ちっ。使えない勇者だ」
紫さんはわかりやすく舌打ちした。
鷹尾太夫は、すでにテオドロス王女から話を聞いていたこともあってか、俺が〈勇者〉だと言うことを信じてくれた。紫さんも訝しみながらではあるが、鷹尾太夫が言うならと、一応は信用してくれた。
まずは二人にも現状を伝えるため、ハンドレディが遊女たちにかけた呪いは解いていることを話した。その流れで、なぜ自分がこの格好をしているのかの理由も話した。
そして、最後のひとりである呪いの被害者、鷹尾太夫の解呪を試みたが、冒頭の会話でわかるように、上手くいかなかった。
何度か呪文を唱えたが、まったく効果は現れず、先にMPが尽きてしまい、〈SKILL〉一覧から〈断絶呪詛〉はなくなってしまった。
「そんなに肩を落とすことはないなんし。この呪いは、そう簡単に解けるものではないと、初めから理解していたざんす。そんなことより、わっちの遊女らを救ってくれただけで、十分でありんすよ」
鷹尾太夫は、心底安心したとばかりに微笑を浮かべた。
「……鷹尾太夫」
紫さんは、不甲斐なさと悲しみを交えて呟いた。
――鷹尾太夫だけ救わないなんて、そんなの絶対ダメだ。俺は誰ひとり、不幸にさせたくない。
呪いの主が消えたら、同時に呪いも消えるはずだ。鷹尾太夫が呪いで命尽きる前に、必ずハンドレディを倒さないと。
「……俺、今回で絶対に魔女の子――ハンドレディを倒します。だから、鷹尾太夫。どうか信じて待ってください」
鷹尾太夫は、少しだけ目を大きくして、それからまた微笑みを見せた。
「……あ、そういえば。どうして紫さんだけは呪いにかかってないんだ?」
「なんだ? わたしも呪いにかかれと言うのか?」
「いや、そういう意味じゃないんだけどさ!」
前回、紫さんだけは呪いのことも知らず、遊女が操られている中、紫さんだけはその対象になっていなかった。
むしろ、遊女や鷹尾太夫よりも、戦闘能力が高そうな紫さんを手中に収めようとしそうなものなのに。
「……わたしは、ここの番人である、〈クノイチ〉だからな。呪いは効かないんだ」
「 〈クノイチ〉 ?」
「ああ。昔から〈クノイチ〉の血筋は、呪術系の耐性はあるんだよ。あんな呪い、どうってことない」
なるほど……ゲーム的に言い換えれば、〈SKILL〉耐性があるってことか。
マキの炎魔法が、ハンドレディお気に入りのモンスター、〈グランドスネイク〉によく効くように、〈クノイチ〉には〈呪術〉がまったく効かないってわけだ。
ハンドレディはそれをわかっていて手を出さなかった。
下手に手を出して、返り討ちにあってもしかたないはずだしな。
ピロン。
突然、そんな音が俺の脳内に響いた。耳から音が入ってきたのではなく、本当に直接脳内に音が反響した感じだ。
鷹尾太夫も紫さんも音に気づいてないようだし、これは俺にしか聞こえてない音だろう。
俺は何かと、ほとんど直感的にメニュー画面を立ち上げた。
〈フレンド〉と書かれた右横に、『①』と赤い丸に白い文字での表示がついていた。
これは、フレンドから一件メッセージが来たことを表しているんだ。
フレンド一覧のソラちゃんのところに、『①』の表示があった。俺はそれをタップし、メッセージの内容を確認する。
『ユータ! ムギちゃん率いる全員、遊女たちの解呪完了したよっ! あとはユータ待ちだニャ! (*ΦωΦ*)』
ソラちゃんからのメッセージになっているが、明らかに文章を入力したのはムギちゃんだとわかった。なんでわざわざそうしたんだろう。「ソラからのメッセージかと思ったでしょ? 残念! 実はウチが送ってたのでしたー!」とかやるつもりだったのだろうか。だとしたら、バレバレである。
俺はメニュー画面を閉じる前に、〈セーブ〉をしておいた。せったく遊女の呪いが解けたんだ。その状態を残しておきたいと思ったのだ。
〈セーブ〉が完了したのを確認し、俺はメニュー画面を閉じ、二人に言う。
「鷹尾太夫、紫さん。今連絡がありまして、ここにいる遊女全員の解呪が完了しました。あとは、魔女の子を退治するだけです。とりあえず、仲間の待つ、遊郭の外へと急ぎましょう」
「わっちも、ついていくべきでありんすか?」
「ええ。ハンドレディがひとり残った鷹尾太夫を襲わないとも限りません。全員で行動するのが安心かと……。あの、何か?」
鷹尾太夫は「いえ、なんでもないでありんす」と首を横に振った。
エレベーターに乗り、地上階まで降りていく。
今のところ、ハンドレディの気配はない。一体、今は何をしているのだろうか。
「――アンタって、ほんとマヌケ」
耳元で、そんな女の声がした。
「ずっとついてきてたの、わからなかったの?」
――ずっと?
黒い煙が、俺の身体に巻きつくように立ち込め、次第にそれは人の形を作っていき、最終的には、俺の首に女の右腕がまとわりついてるのが視界に入った。
今、俺はハンドレディに背後から抱きつかれているのだと理解した。
いつから、背後を取られていた?
ソラちゃんは魔女の匂いがわかる――とすれば、ソラちゃんと別れてからか? しかし、だとすれば俺がひとりになってから、ハンドレディが解呪する俺を止めるはずだ。
それに、鷹尾太夫と紫さんも魔女の匂いがわかるはずだ。気づかれないわけが――。
「誰も気づかなかったみたいね。魔王様のように強い匂いを出すアンタに、アタシの存在がかき消されて」
ハンドレディは、俺の疑問を見抜いた上で、そう囁いた。
――俺から発する匂いのせいで、誰もハンドレディの存在に気づけなかったっていうのかよ。
俺が、いたせいで。
でも、だとしても、なぜずっとつけていたハンドレディは、俺らが解呪していくのを止めなかったんだ? 遊女を奪われちゃ――人質を解放されちゃ、ハンドレディとしては不利だろう。
「どうして、解呪を止めなかったか……? そう聞きたそうな顔をしてるから答えてあげる。それはね、解呪されて遊女を操れなくなろうが、アタシに何のデメリットもないから。数が多いほうが、捨て駒としてはちょうどいいくらいにしか考えてないの。むしろ、解呪に奔走して、アンタらがバラバラに行動してくれたことのほうがありがたいわ」
ハンドレディの触手が俺の首に絡んでくる。俺は、初めてコイツと出会った、西エリアの森でのことを思い出していた。
「お、おいやめっ――ッ!」
紫さんがクナイを取り出したと同時に、ハンドレディは別の触手を使って、紫さんを壁に押し当てた。そのまま、紫さんが身動きを取れないように、触手で押し当てつづける。
「……かはっ」
紫さんはクナイを落とし、苦しそうに息を吐いた。
「紫! ……紫を、勇者を離しな――!」
ハンドレディは、続けて鷹尾太夫の口も触手で塞いだ。
八本のうねる触手はエレベーター内を這いずり、俺らの身体に巻きつき、動きを封じ込めていく。
「あんまり、狭い空間で騒ぐんじゃないわよ。うるさいったらありゃしない」
ハンドレディは二人の首に触手を絡めると、そのまま首をへし折った。
命の消える音が響く。
「…………そんな」
さっきまで生きていた二人は、青白い顔を浮かべ息絶えた。
それは、本当に呆気なく、一瞬の出来事だった。
耳元で、ハンドレディの嫌な笑い声を立てている。
「仲間が居なくちゃ非力なものよね、〈勇者〉ってやつも」
ハンドレディは、解呪に動き出した俺らに気づいてはいたが、あえて放っておいて、ずっとこの機会を狙っていたのか。
確実に、〈勇者〉を殺せる機会を作り出すために。
解呪ができなくても、遊女を人質に使って〈勇者〉を殺そうとし、解呪ができたとしても、今回のような機会を狙っていた。
どっちにしろ、遊女はハンドレディにとっての策の駒として利用されてたってことになる。
――気に食わねぇ。本当に、コイツだけは許せねぇ。
しかし、いつまで経ってもハンドレディはすぐにトドメを刺してこない。何事かと思い、俺は考えを巡らせていると、エレベーターは地上階へついた。
扉が開く。その先には、到着の遅い俺を気にしてなのか、一階ロビーのエレベーター前で待機していたであろう、みんながいた。
待っていたみんなは、エレベーターの中にいた俺らの様子を見て、一瞬で笑顔が消え去った。
「勇者、様……」
マキの震えた声。
「せっかくだから、最後くらい仲間の前で死なせてあげる。アタシなりの、優しさよ」
ハンドレディはそう言って、最大限に触手の力を込めた。
――そんなの、優しさじゃねぇ。ただ、見せつけて楽しんでるだけだ。
そう言ってやりたかったが声は出せなかった。
首の骨が折れる音がした。もう、痛いのかもわからない。死までの時間があまりにも早かったから。
次こそ倒すと決めた俺の決意は、ここで儚く散ることとなった。




