第18話・こんな女装癖のある、とんでもない男が勇者なんて……
遊郭へ侵入した俺らは、ここからさらに分かれて行動することにした。
ムギちゃんとソラちゃんはともに行動、マキと俺はさらに分かれての行動となる。
俺は十〜十二階を担当することになっている。ひとまず十階を目指して階段を駆け上がっていく。
エレベーターの手もあったが、なるべくすれ違う人は最低限にしたほうがリスクも少ない。体力的にはキツいが、それでも現実世界にいる時よりも疲れることはなく、身体を動かせる。ここは階段を使うことにした。
十階まで来て、ひとつひとつ部屋を見ていく。
ちょうど遊女が部屋から出てくるのが見え、俺はその人に向かって、
「〈断絶呪詛〉!」
と、呪文を唱えた。
遊女は一瞬身体を硬直させ、一本の黒紫色の糸が、胸から抜けて消えていくのが見えた。
力の抜けた遊女は、ゆっくりと胸に手を当てた。
「……嘘。こんなこと……!」
俺が前を通り過ぎようとすると、「待って!」と遊女に呼び止められる。
「何をしたの? あなた、呪いが解けるの?」
俺は遊女を向いて頷いた。
「あなた、見ない顔だけど……。でも、今は特に追及するのはやめましょう。お礼を言うわ。呪いが解けるというのなら、ひとつお願いを聞いてほしいの」
遊女は俺の両手を包み込むように握りながら、言う。
「鷹尾太夫の呪いを解いて! じゃないと、あの人が死んでしまう……! やはり……〈勇者〉を殺すなんて、到底許されるべきではないから」
俺は「もちろん、ここにいる全員の呪いを解いて助ける!」と答え、足早に次の遊女を探しに急いだ。
遊女の「ありがとう」という声を背に受けながら、俺は足を動かしつづけた。
――それにしても、呪いを実際に解いたからだろうか。部外者であるはずの俺を、結構あっさり見逃してくれたような……?
おそらくだが、これこそが魔王の想定するレールの上に違いない。
クリアできないゲームは作らないと、かつて魔王は言っていた。ならば今回のルートも、このまま間違いなくイベントを進めれば、ハンドレディの元まで辿りつけるはず。
今、ハンドレディはどこに潜んでるかわからねぇが、とにかく遊女たちの呪いを解くのが最優先だ。
階数が上がるほど位の高い遊女がいるとあって、その数は下層と比べて少なかった。俺は、次々と遊女の解呪をしていく。
幸い、紫さんと遭遇することもなく、順調に十階、十一階とすべての遊女の解呪は完了した。
残すは十二階――最上階にいる鷹尾太夫のみ。
このままこの〈SKILL〉で鷹尾太夫の呪いも解ければ一番いいのだが……。
最上階へ辿りつき、鷹尾太夫の部屋の扉の前まで来た時、何やら話し声が聞こえた。
俺は気づかれないように、そっと襖に耳を当て会話を聞く。
「……だから、この呪いは解けることはないなんし。万が一そうなった時は、容赦なく頼むなんし。子供たちを守ってほしい」
「そんな! どうして早く言ってくれなかったんだ!? 言ってくれればわたしだって……!」
「どんな呪術を用いても、この呪いは解けない。番人である紫が知ったところで、どうにもできなかった」
どうやら鷹尾太夫と紫さんが話しているようだ。緊迫した空気が襖越しに伝わってくる。
「わっちは、子供たちが魔女の子から解放されて、幸せに生きていけるならそれでいい。もちろん、それは紫も同じ」
「わたしは嫌だ、鷹尾太夫がいなくなるなんて……! ただ、あなたが死んでいくところを見たくない!」
「……わっちは愚かだったでありんす。こうも易々と魔女の子に踏み入られ、呪いをかけられてしまうなんて……」
「違う、番人であるわたしが気づけなかったから……守れなかったから……」
「紫、自分を責めないで。あなたはよく働いてくれているわ。…………あら」
最後、鷹尾太夫の声音が一瞬変わった。
「不届き者が、部屋の向こうにいるなんしなぁ」
――ヤバい、気づかれた! この匂いか!?
直後、襖が勢い良く開かれた。
紫さんが、俺を見下ろすように睨みつけている。
「――遊女の格好をしているが、貴様見ない顔だな」
「えっとぉ……今日からお世話になりま〜す、なんちっ……おわっ!?」
紫さんは俺を押し倒し、顔の横に十手を突き刺した。
「まっ、待て! 俺は魔女の子じゃない!」
「貴様! こんなに濃い匂いをさせておいて、ふざけたことを言うなっ!!」
紫さんの十手を持つ手に力が入る。
これはマズイ、殺される前に弁解しねぇと!
「見ろ! 俺は遊女でもない! 魔女の子でもない! 俺はテオドロス王女に任命された正真正銘の〈勇者〉だ!」
俺は鬘を取り、必死に説明した。
「なっ! 女装をする〈勇者〉がどこにいるか!」
「ホントなんだって! この格好にも理由があって……!」
「何を馬鹿なことをっ……!」
「――紫、一度下がりなさい」
鷹尾太夫に言われ、紫さんは十手を引き抜き渋々身を引いた。
「主さん、名を何と申す?」
鷹尾太夫に問われた俺は、身体を起こしてから答える。
「ユータ……神風勇太だ!」
鷹尾太夫は着物の裾で口元を隠して、しばらく思案していた。
「――テオドロス王女から聞いた勇者の名と同じなんし。すると、主さんがこの世界を救う〈勇者〉ということざんすか」
鷹尾太夫は少しばかり嫌悪感を示した。
「こんな女装癖のある、とんでもない男が勇者なんて……。それに、この匂い」
鷹尾太夫は今度は着物の裾で鼻を抑えた。そして、一度は見たあの顰め面を浮かべて言うのだ。
「魔女どころか……魔王と言っていいくらいに、臭うでありんす」
――と。




