第14話・最後までアラガエ! Don't give up!!
「……なっ」
扉を潜り抜け外へ出ると、目の前には何人かの遊女が倒れていた。
いや、倒れていた……という表現じゃ生温い。
みんな、血を流し絶命していた。
四肢がちぎれている者もいれば、折れた骨が皮膚から飛び出している者もいた。
顔が潰れている者も。
ひどい惨状だった。そこには、小さな血の海が広がっていたのだ。
「…………ッ!!」
どさり、と崩れ落ちる音。鷹尾太夫は、絶望した顔を浮かべながら、その場で座り込んでしまった。
「人間って、ホント脆いわねぇ。使い捨ての駒にすらならないじゃない」
その声と同時に、血の海の前に黒い煙が立ち上がった。煙が晴れた向こうには、ハンドレディの姿が現れた。
「あーあ。先回りさせようと最上階の窓から落としたんだけど。使えなくなっちゃった」
――最上階から落としただって?
じゃあ、今目の前のそれは、全部ハンドレディが……。
――『魔女の子の操り人形になってしまったのでありんす』。
……そうか。そういうことか。
だけどコイツは、乱雑に、乱暴に物としてすら扱っていない。
コイツの身勝手な行動のせいで、目の前の遊女たちは……。
「……テメェ」
剣を引き抜き、奴に向かって構えた。
「はっ。そんな剣一本でアタシに敵うかしら?」
ハンドレディは指を鳴らす。呼び出されるように、奴の背後の地面から、2体の〈グランドスネイク〉が飛び出した。
続けて、俺らの背後から多くの足で踏み鳴らす振動を感じ、振り向けば、麻痺から回復したであろう遊女らが追いついていた。遊女らは武器を構え、俺らを取り囲むように立ち阻んだ。
遊女らは肩で息をしながら、苦しげに俺らを見据えている。
「アタシは今このモンスター にここにいる全員の遊女も持ってる。数じゃ圧倒的にアタシが上よ?」
――クソ野郎が。遊女を人質に取りやがって。
「さ? どうするの? …アンタ〈ノスティモ村〉でも村人全員死なせないように頑張ってたみたいだけれど……。この遊女たちはどうするのかしら? 自分を殺そうとしてくる遊女は殺すのかしら……ねぇ?!」
ハンドレディは言うや、右腕を大きく横に振った。それに呼応するように、遊女たちは一斉に動き出した。
「〈スパーチダン〉!」
ケンは銃を抜いて、何人かの遊女を撃ち抜いた。撃たれた遊女はその場に倒れていく。
「安心しろ、ユータ。眠らせただけだ」
「そりゃ、助かるぜ!」
ひとりの遊女が俺目がけて包丁を振り下ろす。俺はとっさに剣で攻撃を防ぐ。
ギリギリと、力のせめぎ合いが続く中、俺は言う。
「なあ! 頼むからこんなこと止めてくれ! 俺を殺したところで、鷹尾太夫の呪いは解けない!」
「もうそんなの理解してます! でも、わたしたちじゃどうにも……!」
そこまで言うと、目の前の遊女は突然咳込み、口から血を流した。
「……なっ」
「…………無理矢理、操られてる、から……身体も限界なの」
遊女の手から包丁が落ちた。その瞳からは段々と光が消えていき、やがてピタリと動かなくなってしまった。
「……おい、おい!!」
遊女は糸が切れたかのように、膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。
「あら、またひとり使えなくなっちゃった」
ハンドレディは言った。
「人間って長くも使えないのねー。めんどうくさがらずに、もっと手頃なモンスターでも探せばよかったかしら」
周りの遊女たちはすっかり顔が青ざめてしまっている。当然だ。目の前で仲間が次々と死んでいって、次は自分かもしれないのだから。
それに、今もほかの遊女も苦しみながら操られて……。
「〈ライデンマ〉!」
マキが呪文を唱えた。遊女たちに電撃が落ちるが、しかし、それでも立ち上がり動きつづけている。
「……っ!」
「残念。今回は麻痺にはならなかったみたい」
遊女が振り下ろすクナイを、マキは杖で防ぎ、そのまま振り払う。マキは顔に疲れが見えはじめていた。
「勇者様、このままじゃ数で押されてしまうのです……!」
そんなことはわかっている。
……でも。
「みんな! 強く意志を持て!! こんな女にされるがままになるな!!」
紫さんは遊女の攻撃を受け流しながら、必死で叫んでいたが、遊女たちはそれでも止まらない――否、止められない。
「ああ、みんなが……わっちの、子供たち……」
鷹尾太夫は倒れていく遊女を見つめながら、すっかり気力を失っている。
ハンドレディは勝機と取ったか、背後に従えていたモンスターで攻撃を仕かけた。
グランドスネイクは大きな口を開けて、襲いかかってくる。
――ここはもう地獄絵図だ。どう足掻いても救われない。このまま、喰われてセーブ地点に戻ろう。
そんな諦めの気持ちで、俺はゆっくりと目を閉じた。
「気合連撃!!」
刹那、何か破裂したような衝撃音が俺の耳に飛び込んだ。
「――ユータッ!!」
名前を呼ばれ、俺は目を開ける。
グランドスネイクは、リアムの攻撃によって、地面の上で怯んでいた。
リアムは俺の肩を掴み、ハンドレディを睨み付けながら叫ぶ。
「最後までアラガエ! Don't give up!!」
リアムの言葉に、俺は我に返り顔を上げた。
――そうだ、何終わらせようとしてるんだ。どうせ戻れるとしても、何もせずに戻るなんてありえない。
俺は再び剣を握り締め、ハンドレディに向けた。
「辛い役目、ごめんな、ユータ」
「……そんなことねぇよ。ありがとな、リアム」
この惨劇は、もう変えられない。だけど、二度と起こさないためにも、俺は最後まで見続けなきゃならねぇ。
――これは、俺にしかできないことだから!
俺はハンドレディに向かって一直線に走り出した。
「バカね。相変わらずつまらない攻撃しかして来ないんだから」
ハンドレディは待ち構えるように、その足の触手を大きく広げた。
真っ黒の触手は気色悪くうねり、今か今かと俺を待っている。
――ハンドレディは、モンスターを操る時は必ず腕や手を動かしている。もしかすると、手を攻撃したらその操りは一時的にでも解除されたりしないか?
考えを巡らせながら、ハンドレディの手を攻撃する。
しかし、それは触手で防がれてしまった。
「……ッ!」
「バカなアンタにひとつだけ教えてあげる」
ハンドレディは別の触手で俺の足首を掴み取り、俺を宙吊りした。
逆さまの状態で、俺は奴と目が合う。
「アタシは手で操っているわけじゃない。触手で操っているわけでもない。全部、頭で考えて動かしているの」
ハンドレディは俺を回転させ、遊女たちのほうへ向けると、指を鳴らした。
遊女たちは悲鳴を上げ、それぞれ持っていた武器で、自らの首を掻っ切った。
辺りがどんどん赤く染まる。遊女たちは、ただ声にならない叫びを上げて倒れていく。
俺も、みんなもただその光景を眺めていることしかできなかった。
「指を鳴らしたり、手を動かしたり……それは、ただパフォーマンスとしてやっているだけ」
鷹尾太夫は、遊女たちの血を浴びても、声も上げられず、そのまま座り込んでいた。すっかりと絶望に飲まれてしまっている。
それは鷹尾太夫だけではない。
「……保険をかけておいたけど、必要なかったみたいね」
ハンドレディはそんなことを呟いた。
――保険って……。 《呪療解放》のことか? いや、それともまた新たな……。
「楽勝だったわね。初めから、ここで待ち伏せして、遊女を使えばよかった」
ずっと地面の上で伸びていたグランドスネイクがのそりと動き出した。一体はみんなの前に立ちはだかり、もう一体は俺の頭の下で、大きな口を開けている。
「知った顔が死んだくらいで、そんなに呆然としちゃって。こっちとしては張り合いがなかったわ」
足首を締めつけていた力が、ふっと緩んだ。
「勇者様!!」
マキの声が聞こえた。だけど、それに答える力は、もう俺にはない。
ハンドレディは口角を上げ、俺を睨み下ろしている。
フツフツと、腹の中にコイツへの恨みが募っていく。
……許さない。絶対に、コイツは許さない。
「――絶対に、次こそお前を倒してやる!!」
ハンドレディの顔が小さくなっていき、俺は暗い闇の中へと吸い込まれていく。
完全な暗闇に包まれ、暖かい液体の中へと落ちた。
やがて、ゆっくりと意識が遠のいていった。




