第8話・……ご武運を。わたしは、ここであなた方を応援しています
「……身勝手、なのです」
メアナさんの話を聞き終え、声を洩らしたのはマキだった。
「……身勝手極まりないのです。どうして、こんなことに……」
マキは俯いてしまって、その表情は見えなかった。
――マキだって、いつも明るく振舞ってくれているけど、実際は現実世界に帰りたいと思っているはずだ。悲しみや怒りを抱かないわけがない。
リアムだって同じだ。
それに、ケンもせっかく命を授けられたのに、魔王の勝手な判断で世界の崩壊に巻き込まれようとしているなんて、裏切り行為を感じているだろう。
「……大体の事情はわかりました。俺たちは冒険を始める以前からゲームのプレイはしたことがあって、魔王が誕生してからのある日、俺はメアナさんから〈SKILL〉を授かった。そのあと、恐らく一度魔王と戦い、俺は 〈リセット〉 を使い、俺らはリリース当初の記憶から、今までのような冒険を何度も繰り返している……そんなところですよね?」
メアナさんは「そうです」と答えた。
「一度目の〈リセット〉のあとの行動は、細かいところは違えど、大まかな流れは今までとほとんど変わらない……そう思います」
――あ、でもそういえば、それ、とメアナさんは言う。
「背中にかけている剣――そのデザインを見るのは、初めてですね。今回は、どこで買ったのですか?」
「……え?」
――今までは、この剣を手にしたことはなかったのか?
それはつまり、テオドロス王女から剣を授かるというイベントは、なかったということか?
「メアナさんがプログラムを弄った……とかじゃないんですか? その、〈勇者〉が王家の者から武器を授かるっていうイベントを作って、〈勇者〉として戦いやすくしたとか……?」
メアナさんは首を傾げた。
「いえ。わたしにはそこまでのことできません。わたしは、時間の権限を奪い、勇太に託しただけ」
――なら、ほかに誰かが?
魔王が、わざわざそんなことをするとは考えにくい。それ以外に、可能性があるのは……。
「……勇太、平気ですか?」
メアナさんは心配そうに、俺の顔を覗き込んだ。俺はすぐに大丈夫と答えて顔を上げた。
メアナさんは安心した様子で微笑んでから、真剣な顔つきへと変わる。
「勇太――それにみなさん、わたしのせいで、こんな事態に巻き込んで、使命を背負わせてしまって、本当に申し訳ないと思っています。……でも、どうか救ってほしい。わたしたちを……この世界を!」
俺は席を立ち、メアナさんと対峙した。
マキもリアムも、そしてケンも続いて立ち上がった。
「ああ、絶対に救ってやる! 今回限りで、必ずだ!」
メアナさんは大きく目を見開き、それから深く頭を下げた。
「ありがとう、ございます……!」
顔を上げたメアナさんは、再び俺を見た。
「勇太にこんな力を授けてごめんなさい。だけれど、わたし、あなたに力を授けて正解だったと、確信しています」
メアナさんの瞳が、うっすらと潤んだ。
「あなただけだった。こんな〈NPC〉の言葉に耳を傾けて、力になると言ってくれたのは。何度、世界を繰り返そうとも、あなただけは必ず親身になってくれて、わたしたちを助けようと立ち上がってくれた。あなたがいなければ、わたしは絶望したまま、魔王のされるまま、永遠に繰り返す時の中に閉じ込められたままだったかもしれません」
メアナさんは涙を堪え、笑顔を向ける。
「ありがとう、勇太。そして、どうかこの世界を頼みます」
メアナさんに見送られ、俺らは教会の外へ出た。
教会を出る手前のところで、メアナさんの足は止まる。
「すみません……。プログラムの都合上、わたしはここから出られないのです。ここで、見送らせて下さい」
メアナさんは悲しそうに眉を下げた。
――なるほどな。メアナさんは、そもそものところ、自由に行動できる〈プレイヤー〉 に頼るほかなかったってことだ。
「わたしも、本当はあなた方といっしょに冒険できることならしたいのですが。……あ! そうです、最後に何か聞きたいことはありますか? わたしの知っていることなら答えますよ!」
メアナさんは質問してほしそうにそう言った。なんだかんだ、別れが寂しいのだろう。
っていっても、質問……か。そうだ。
「メアナさん。その、一部の人から……俺を魔女の子だと言う人がいるんです。魔女の子というか……俺から、魔女の匂いがすると。そのせいでピンチになったりとかありまして。それって、どういうことかわかりますか? しかも、魔女の子であったはずのケンは、匂いを認識されないんです」
俺はそう問うと、メアナさんは「おそらくですが、十中八九そうでしょう」と言って、説明する。
「魔女の匂いというのは、プログラムの干渉者と直接的な関係あるか否かだと思います。つまり、魔女の子の匂いをまとうのは、魔王の生み出した『魔女の子』と、わたしに力を授けられた勇太」
メアナさんは言いながら、俺を視線で指した。
「だけど、魔女の子のひとりであるあなた……ケン、でしたね、からしないというのは、もう魔王の忠誠心をなくしたからではないでしょうか。あなたは、あなただけの意志を持ち、行動するようになった。だから、魔王の子――『魔王が創り出したキャラクターの証』である匂いは消えた」
メアナさんは顎に手を当て、考えるような仕草をする。
「……なぜ、そんなルールを作ったかは微妙なところですが、区別がつくように、そうしたんじゃないでしょうか? おそらく、魔女や魔王が存在することとなったこの世界において、わたしも同じ匂いがすると思いますよ。ま、そもそもここへ誰かが訪れるなんてこともうないので、確認のしようがないですが」
あなた方の中で、わかる方はいますか? とメアナさんに問われたので、俺らは揃って首を横に振った。
「……長くお話しましたが、結局のところ、すべての真実を知るのは魔王だけです。魔王がすべてを握っている。魔王を倒さなくては、この繰り返す世界に終止符を打つことはできません」
メアナさんはそう話した。
語り尽くしたメアナさんは俺らを見て、もう何も問われることはないだろうと把握したらしく、一度小さく頷いた。
「……あ! そうでした! 今の勇太はまだ知らないんでした。危うく忘れるところでしたよ」
何かを思い出したのか、メアナさんは一枚のメモを俺に渡してきた。
「〈リセット〉を使用するための、『秘密のコマンド』が書かれてたメモです。うっかり〈リセット〉を使ってしまわないように、通常は 〈SKILL〉 に表示されないようにしているんですよ」
わたしって気が利くでしょ? えっへん、とメアナさんは鼻を高くしていた。
メアナさん、なんだかんだお茶目な感じがしてかわいらしいのである。
「いざって時はそれどおり操作してくださいね! そしたら〈リセット〉使えるようになりますから!」
「はい、ありがとうございます」
俺はそのメモを大事にズボンのポケットにしまった。同時に、メニュー画面に〈だいじなもの〉が追加され、いつでもここからメモを確認できるようになった。ゲームの世界は非常に便利である。
……といっても、今後、俺がこれを使うことはないだろう。まあ、メアナさんからの『おまもり』だと思うことにしよう。
「それじゃあ、行ってきます」
「――行ってらっしゃい。……ご武運を。わたしは、ここであなた方を応援しています」
メアナさんは最後にそう言って、俺らを見送った。
教会エリアから出る直前、俺は再びメアナさんを見た。
メアナさんは最後まで、俺らに手を振りつづけていた。
俺もそっと手を振り返し、再び〈ユウカクガイ〉へと向かった。




