第4話・チャンスは、あといくつ残っているのか、わからないのですから
俺は、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、美味しそうにマキがパフェを頬張る姿と、ケンとリアムが談笑している平和な光景があった。
よかった。とりあえず〈セーブ〉した茶屋まで戻ってきたらしい。
なら、次にやることは……そうだ。このあと起こるであろう、花魁の誘いを断って、鷹尾太夫に会って……。
「…………っ」
――あれ? みんなに伝えたいのに、言葉が出ない。力が、入らない。
ドサッと重い音が響いた。数秒後、右半身に鈍痛が広がる。
「勇者様!?」
マキ、それにリアムとケンが俺の顔を覗き込んでいるのが見えたが、視界も段々とボヤけ、次第に耳も遠くなっていった。
頭がボンヤリし、段々と眠りに落ちていった。
◇
「……んぁ」
俺の口から、間抜けな音が洩れた。
目を開けると、まず飛び込んできたのは、知らない真っ白な天井だった。
病院か……などと思いながら、少し視界を動かせば、シャンデリアなるものが見えた。その瞬間、俺の中で病院という可能性は消え去る。
あと、何かあるとしたら……なんだろうか。
「――勇者様!!」
うつらうつらしたまま、そんなことを考えていると、突如視界にマキの顔が入ってきた。
そこで、ようやく俺の意識はハッキリと覚醒する。
身体を起こし、あたりを見回した。
出口らしい大きな観音開きの木製の扉を背にして、規則正しく長椅子が並べられている。壁には、等間隔に壁かけキャンドルが飾られていた。
そういえば、と思い視線を下ろす。どうやら俺は、祭壇であろう上で寝ていたらしい。そんな俺を見守ってくれていたのか、涙目のマキ、目覚めた俺を見て喜ぶリアムに、安堵するケンがいた。
そして、少し離れた位置の窓辺に、ひとりの女性がいた。
女性は真っ白な修道服を着ていた。一見して、儚く美しい印象を受けた。
「目覚めましたか」
女性は俺が目覚めたことに気づき、こちらへと近づいた。それから、様子を伺うように、俺の顔を見つめてきた。
白い睫毛から覗かせる青い瞳は、透きとおるほどきれいで、深い慈愛に満ちていた。
「ああ、もう大丈夫そうですね。元気いっぱいに戻ったようです」
女性は言うや、今度は眉を釣りあげ、怒りの表情へと変わる。
「もう、ダメですよ! やり直し、全て元通りに戻し、生き返ることができても、あなたの精神までは戻ることはないんです。繰り返す度に、気づかずに精神のダメージは蓄積していくんですから。……無理をし過ぎては、今回のように、突然倒れることになりますよ」
女性は言い切ると、悲しそうに溜息をついた。
そうか。俺、茶屋で意識が遠のいて倒れたんだ。
俺自身、気づかないうちに、疲れを溜め込んでいたんだな。
……あれ? というより、この人、俺の〈SKILL〉を知っている?
「……勇者様。この人が、勇者様を治療してくれたのですよ」
困惑する俺に、マキはそう説明した。
「えっと……治療?」
俺は聞くと、次にリアムが「タイヘンだったんだ!」と話をする。
「Cafeいたら、ユータ、いきなり倒れて……!」
「そうなのです。声をかけても、目覚めなくて……」
「幸い、東の国の外れに教会があったからな。そこなら、ユータを診てもらえるんじゃないかと、ここまで連れてきたんだ」
リアム、マキ、ケンは順番に、今までの経緯を話してくれた。その口調から、かなり心配をかけてしまったことがわかる。
「ユータ運ぶの、重かった!」
リアムは、最後に俺を元気づけるかのように冗談っぽく言い、笑った。
――そうか。現状は理解した。
みんなは、俺の事を助けてくれたんだな。
「……みんな、ありがとう」
俺は言うと、三人は笑い返した。
「いえいえなのです。むしろ、わたしたちは、いつも勇者様に救われているのです」
マキの純粋な気持ちに、俺も思わず笑みがこぼれた。
――ああ、そうだ。礼を言う相手なら、もうひとり。
俺は、ようやく祭壇を下りて、修道服を着た女性に向いた。
「ありがとうございました。助けてくれたみたいで……えっと……」
――この方は、誰なんだろう?
女性は俺の内心を察したのか、言う。
「あなたにだけ紹介がまだでしたね。……と、言いましても、一度〈紫苑街〉で、わたしの声を聞いていると思いますけれど」
――〈紫苑街〉で?
なんのことだがピンと来ず、俺は彼女の言葉の続きを待った。
「初めまして、わたしはメアナといいます」
メアナさんは、口元に人差し指を当てながら、こう言う。
「――この挨拶も、何回目だか忘れてしまいましたけれど」
その言葉に、俺は緊張と驚きが隠せない。
彼女は――この世界が、繰り返していることを知っている?
「……あ、あなたは知っているんですか? この世界のことを」
しかし、彼女は首を横に振った。
「すべてのことは知りません。その答えは、魔王にしかわからない」
もしかすると、以前、魔王の言っていた『片割れ』とは、この人のことかもしれない、と思ったが、その返答を受け、そうとも限らないのか、と思った。
そうだ。さっき、一度〈紫苑街〉で声を聞いてるはず……とも言っていたよな。 あのときの声の正体は、この人だったのか。確かにあのときの声も、「すべては知らない」と、話していた。
やはり、すべての真実を知っているのは魔王なのか。
ふと三人を見れば、話を飲み込みきれていない顔をしていた。
そりゃあそうか……俺は、魔王から直接話を聞いてはいるが、みんなは知らないのだから。
「にしても、あなたは毎回毎回倒れてやって来るんですから。無理のし過ぎはダメだと、いつも伝えていますのに」
メアナさんは、頬を膨らませ、またまた怒った顔をして見せたが、怖いというよりかわいらしさのほうが上回る。
……って、俺はいつも倒れてここへやって来ていたのか……?
だが、これはこの世界をより知る大きなチャンスだ。
メアナさんなら、なぜ俺が〈勇者〉なのか、そして、魔王のことなども、詳しく知っているかもしれない。
「メアナさん。これも何度もしているかもしれないッスけど、教えてください。この世界のこと、俺のこの〈SKILL〉のことも」
メアナさんは「はい。もちろんです」と言って、祭壇の前に立った。
「さあさ、勇者様方はそちらの椅子にお座りください。立ちっぱなしもなんでしょう」
メアナさんに促され、俺たちは長椅子に腰かけた。
「では、語りましょう。存分に盛大に詳細に正直に、余すことなく知ることすべて、語らってみせましょう」
メアナさんは、胸の前で手を合わせた。
「チャンスは、あといくつ残っているのか、わからないのですから」
そう呟いて、メアナさんは語り始めた。




