第3話・……何もねぇよ。もう、ここから先は何も残らねぇ
「――その御命、頂戴させていただきます」
刹那、遊女たちは、それぞれ俺らの首に向かってクナイを振り下ろしてきた。
「〈ネーロマ〉!」
即座にマキは呪文を唱え、遊女たちを水の渦に飲み込んだ。水の渦はそのまま襖を突き破り、隣の部屋の床へ遊女たちを吐き捨てるようにして解放した。
遊女たちは床に這いつくばりながらむせている。
「やっぱり、何かの罠だったのです。全然、魔女の子の話をしてこないですし」
マキは言いながら、遊女たちに近づく。俺ら男三人も、今のですっかり酔いが醒めた。
確かにマキの言うとおり、魔女の子の話なんて全然出てこなかった。……完全に、遊女たちとの時間に現を抜かしてたぜ。
俺らは、遊女たちを取り囲むようにして立つ。
宣戦布告の声を上げた遊女は、悔しそうに俺らを睨みつけていた。
ほかの遊女は怯え切った顔をしながらも、近くに落ちていたクナイを握り締め、また立ち上がろうとするが、
「そんなクナイひとつでは、勇者様は倒せないのです。諦めるのです」
と、マキは冷静に告げ、遊女の動きを制した。遊女は途端にガタガタと身体を震わしはじめる。
その様子は、さっきから何かに脅えているようだった。
「……ああ、完全に焦ってしまったわ。判断が、早かった……」
ひとりの遊女は疲れきった声音で呟いた。
俺は膝をつき、遊女たちに問いかける。
「なあ、なぜ俺らを殺そうとしたんだ? 魔女の子を知っているというのは、嘘なのか?」
遊女は答えず、固く目を瞑り、こう言う。
「――申し訳ありません。鷹尾太夫」
直後、遊女たちは目を見開き「うっ」と苦しそうに、息の詰まった声を上げると、次の瞬間には、床の上に脱力し、倒れた。
俺は慌てて、遊女を抱え様子を確認する。
「……!」
元々街にいる〈NPC〉だからか、〈STATUS〉上では確認できなかったが、そんなもの、見なくてもわかる。……遊女は絶命していた。ほかの三人も同様だ。
「……どうして」
声が震えているのは、自分でもわかった。
――最後に遊女は、「鷹尾太夫」と言い残していたよな。
「キャァァァア!!」
突如、背後から悲鳴が聞こえた。
振り向くと、部屋の扉の前でこちらの状況を見つめる、二人の禿が恐怖の形相を浮かべ、座り込んでいた。
「……な、さ、殺人……!?」
「誰か……誰か、呼ばないと」
この子たちは、すっかり俺らが殺人犯だと思ってしまっている――この状況だけを見れば、しょうがないかもしれないが、早く誤解を解かないと!
「……違う! 俺らが殺したんじゃない! 突然、彼女たちは……!」
俺が弁解しようとしたときだった。
「――何があった!?」
狐のような風貌をした、獣人の女性がやってきた。
「紫様! こ、この者たちがっ……!」
ひとりの禿が、指を震わせながら俺らを差した。
獣人の女性――紫と呼ばれた彼女は、目の前の惨状を見て目を見開き、腰に携えていた十手を取り出しながら、俺らを睨みつけた。
「……貴様ら、遊女らに手をかけたか」
彼女は凄みを利かせながら、慎重にこちらへ近づき、ある程度の位置で立ち止まると、十手を構える。
「――遊女を手にかけた者は全員死罪だ。貴様ら、覚悟はいいな?」
刹那、彼女は目にも止まらぬ速さで急接近してきた。
「〈スパーチダン〉!」
ケンは瞬時に彼女の動きに反応し、弾丸を発射した。しかし、彼女は十手で弾丸を防ぎ、足を止めることなく、まずは、俺に向かって攻撃を仕かけた。
「どわっ!?」
情けない声を上げながら、俺はギリギリのところで十手を躱す。
「待て! まず冷静になって聞いてくれ!!」
「罪人の言葉など聞かぬ!」
彼女は手を止めようとしない。
「オラたちは、ザイニンじゃ、ない!!」
リアムが間に入り、彼女の手を掴んだ。
彼女は舌打ちし、リアムの手首へ膝蹴りを入れる。
「――ッ!!」
リアムは痛みで、反射的に手を離し引っ込めた。再び動きが自由になった彼女は、高く跳躍し、俺らから一度距離を取り、再び対峙する。
「……なっ」
そのとき、彼女は何かに気づいたのか、額に汗を滲ませ、一瞬、恐れを見せた。
「……待て。貴様、なんだその魔女の匂いは……」
彼女は十手を胸の前にかざす。
「……鷹尾太夫の言っていた、街に侵入した魔女の子とは、貴様のことだったか」
――また、俺を見て、「魔女の匂い」がすると言っている。
やはり、この〈SKILL〉のせいなのか?
「――魔女は、真っ先に始末する」
彼女は言うや、十手は紫色の光のオーラをまといはじめた。
「勇者様、これは嫌な予感がするのです」
「……ああ、俺も同じこと考えてたぜ」
今は戦闘中……だがここは、一か八かに賭けるしかねぇ。
この一瞬しか、おそらくチャンスはない。
――どうか、コイツがボス戦じゃないことを祈るぜ。
「みんな! とりま、ここから逃げんぞ!!」
彼女は十手を縦に斬るや、紫色の波動が俺らに向かって飛んできた。
全員、それをなんとか躱し、部屋の外へと逃げ出す。
「ど、どうしましょうなのです〜!」
「なんとか逃げ出せたが、厄介な事態になったな」
「なんでケンはそんなに冷静でいられるんだよ!」
「We're doomed……!!」
このまま逃げていても、いずれは追いつかれてしまうだろう。
そうなったら勝ち目は……いや、勝ち目以前に、彼女は倒したくない。冷静になって話し合えば、俺らのことをわかってくれる相手のはずなんだ。
俺は、逃げながらみんなにこう伝える。
「悪い。ここから、俺とお前らは別行動だ。こうなった以上、またセーブした地点まで戻ってやり直す」
「……ゆ、勇者様」
「あの言い草だ。アイツは魔女の匂いがする俺を追ってくるだろう。俺が囮になるから、お前らは安全な場所まで逃げろ!」
「ユータは!?」
リアムは怒った顔をしながら言った。
「そうだぞ、ユータだけまた死ぬつもりか!」
ケンも、こればかりは声を荒らげた。
みんなの不安が少しでも残らないように、無理矢理笑顔を作って、答える。
「大丈夫。戦闘からは逃げられたんだ。ある程度逃げ切ったら、すぐに〈ロード〉してやり直すよ」
三人は渋々納得し、俺と三人は二手にわかれた。
必死に遊郭内を駆け巡り、人気のない静かな場所まで来たところで、足を止めた。
あたりを見回すが……よし、まだ誰も追ってきてなさそうだ。
一箇所だけ奥まったスペースに隠れるように入り、壁に背を預けた。
「よし、とりあえずこの状況なら……!」
今のうちに〈ロード〉をして、茶屋のところからやり直そうとしたのだが。
「……なっ!?」
――〈戦闘中・操作不可〉。
想定外のエラー表示が出てしまい、〈ロード〉ができない。
「まだ、戦闘中だってのかよ……!」
てっきり逃げ出せたものかと思ったが、もしかすると、この遊郭全体が……いや、街全体が戦闘フィールドなのか?
瞬間、鋭い気配を感じ、俺は恐る恐る左横を向いた。
――彼女だ。
「魔女の残り香が濃かった故、追うのは容易かったぞ」
彼女は、十手をこちらに突きつけた。
「何か、言い残すことはあるか?」
俺は彼女を見上げ、こう答えた。
「……何もねぇよ。もう、ここから先は何も残らねぇ」
彼女は薄ら笑みを浮かべた。
喉元に、冷たく嫌な感触が伝わる。
「鷹尾太夫。今すぐ、この外道の首を持って参ります」
彼女は呟くと、十手を持つ手を、大きく横に斬った。
あとのことは、知らない。
言い難い激痛とともに、俺の意識は消えていった。




