第2話・わたくしらが取るのは、ただひとつでございます
「おいしーのです!」
俺らは今、街の大通りにある茶屋に訪れていた。
マキは美味しそうに和風パフェを頬張っている。
さっきまでやや不機嫌だったマキだが、スイーツを食べてすっかり機嫌も直ったようだ。よかったよかった。1000ゴールドを払った甲斐があったものである。
そんな中、俺はこっそりと〈セーブ〉をした。また万が一のことがあって、不機嫌マキの時間まで戻ってくるのもおっかないからな。
マキがパフェも綺麗に食べ終わったところで、俺らは茶屋を出た。
「あら、素敵な方」
茶屋を出て、しばらく歩いていると、着物を着たひとりの女性から声をかけられた。
「よろしければ、わたくしといっしょに遊びません?」
女性は目を細め、微笑みかける。
――まさにこれは、遊女からのお誘いだった。
でも、なんで遊女から誘いなんて……はっ、もしや、この勇者オーラに惹かれて……!?
「……勇者様、また顔がだらしなくなっているのです」
隣で、マキは口をすぼめながら言った。
「Heyどうするんだ、ユータ。こりゃ、乗らないわけにはいかないってやつだ」
リアムは耳元で囁いてくる。
「いいのだろうか……。遊女からの誘いなんて、あまりよい感じがしないのだが……」
一方、ケンは警戒しているようだ。
正直、下心という面では誘われるがままに行きたい気持ちもあるが……さっき、マキの機嫌も直ったばかりなのだ。また、魔女の子探しを放棄して遊女と遊ぼうとするものなら、マキは不機嫌を通り越して、杖で制裁攻撃をカマしてくるだろう。
でも、遊女からのお誘いだしな〜と、俺が決断を決めかねていると、先にマキが前に出て言う。
「悪いですけれど、わたしたちは魔女の子探しで忙しいのです。お姉さんと遊んでいる暇はないのです!」
さすがと言うべきか、男どもが優柔不断なのに対し、マキはバッサリと返答してみせた。
「……魔女の子、ですか」
女性は、その言葉に敏感に反応した。
「やはり、あなた方様は、噂の勇者御一行様なのでしょうか」
女性に問われ、俺は頷いた。
この人も、俺らのことを知っているみたいだ。
答えを聞いた女性は一度目を伏せると、再び俺らを見つめた。
「――それなら。なおさら、わたくしと遊びましょう」
女性は言う。
「甪海豚楼で、魔女の子について、お話いたしますわ」
◇
――甪海豚楼。
街にただひとつだけある、巨大な遊郭の名称だ。
「現実世界の吉原といったら、いくつか屋号があったと聞きますが、この世界にはひとつだけみたいなのですよ」
マキは遊郭内をグルグルと見回しながら話した。
「ヨシワラはオラも聞いたことあるぞ! たまにJapanの漫画やアニメで出てくるからな!」
アメリカ育ちのリアムだが、メディアをとおして、吉原については知っているようだった。
「僕はこの世界しか知らないからな。ユータたちのいる世界も同じようなものがあるとは。中々似た世界に生きているのだな」
ケンはそう言った。
似た世界に住んでいる……というより、現実世界にいるクリエイターたちが似た世界を作り上げた、というのが正確といえば正確なのだが……まあ、そのへんはいいか。
ちなみに、俺は学がないので吉原に関することはあんまり詳しくは知らない。そもそも、歴史は苦手だ。
俺らは案内された部屋へと入る。
そこには、すでに人数分のお膳が用意されてあった。
「それでは、お飲み物を用意してきますので、少々お待ちください」
女性は座礼し、そっと襖を閉めた。
俺らは、適当にそれぞれお膳の手前にあるフカフカの座布団に座る。高級旅館にでも来た気分だ。
「なんだか、みんなで旅行にでも来たみたいだぜ。……ま、この和室に俺らの格好は、かなり浮いてるけどな」
和室に洋風ファンタジーな衣装を身にまとった一行がいる状態だ。これぞ、まさに異世界ファンタジー感があるというものだろう。
ウキウキな俺とは裏腹に、マキは部屋に入ってから、何やら難しい顔をしていた。
「どうしたんだ、マキ」
「いや、なんか変な感じがして……」
「変?」
マキは頷く。
「どうして、すでにお膳が人数分揃っていたのかなって思ったのです。……まるで、始めから、わたしたちをもてなそうとしていたかのようじゃないですか?」
そういうマキに、リアムは、「I think…ゲームだからじゃないのか?」と言った。
マキはそれでも不安げで、怪しむような顔は晴れなかった。
「失礼します」
さっきの女性の声だ。
襖が開いた先には、さっきの女性のほかに、三人の遊女も連れてきていた。
「さあさ、今夜は楽しみましょう」
遊女らはにこやかに笑い、それぞれの近くに寄ると、酒を汲みはじめた。
「えっ!? な、なんかいいンスか!? ただ魔女の子の話を聞きに来ただけなのに……!」
「構いません。あなた方様は、勇者御一行様でありましょう。だったら、まずわたくしら遊女のすることは、手厚くもてなすというものです」
遊女の言葉についつい甘えてしまい、酒をひとくち飲んでしまう――うまい。ゲームの世界に来てから、初めての酒だ。
リアムも目をハートにしながら酒を飲んでいる。テオドロス王女だけに首ったけかと思っていたが、そもそも美人には弱いらしい。ケンも遊女に勧められるがまま、渋々酒を口にしだした。
マキの元にも遊女が付き、酒を注ごうとした――しかし、マキはそれを止める。
「わたしはまだ未成年なのです。お酒はいらないのです」
「あら、そうなんですか……。なら、こちらのジュースにしましょう」
「……いらないのです」
マキは警戒心が強いのか、それでも首を横に振って断っていた。遊女は少しばかり悲しそうな表情を浮かべる。
……って、そうか。マキはまだ未成年だったんだな。特に年齢を聞いたこともなかったから、知らなかった。
――え……つまり俺、今まで未成年と冒険してきたのか……!?
だ、大丈夫だよな? 俺、特に手を出したりはしていないし。現実世界に戻ってから、事案とかにならないですよね?
一瞬燻った不安を流すように、俺はまたひとくち酒を飲んだ。
しばらく遊女たちと話しをしながら、お酒(マキは何も手をつけず、警戒心だけを剥き出しにしていたが)を酌み交わしていた。
酔いもそろそろ回った頃で――どうやら、『酔う』という状態も、ちゃんとゲーム世界で再現されるらしい――俺の中で、あるひとつの懸念が生まれた。
――こんなことしていて、あとから多額の請求なんてされないよな……?
「ふふ。勇者様、今、お金のことを考えませんでした?」
そんな懸念をタイミングよく見透かされ、ドキッとする。
「お金のことは気にせず。なにせ、勇者様なのですから。お金なんて取りません。……その代わり、わたくしらが取るのは、ただひとつでございます」
その言葉を皮切りに、遊女たちは一斉に立ち上がった。
全員が帯からそっと取り出したのは、鋭く尖った――クナイだった。
「――その御命、頂戴させていただきます」




