第1話・ユータ、オーエンしてるぞ。Break a leg!
「まあ、名前を聞いて、なんとなく想像していましたが……」
俺はそう呟いて、あたりを見回した。
東の国、〈ヨシワラトウゲンキョウ〉。
そこは、一日中月に照らされ、太陽が登ることのない、永遠に宴の夜がつづく国。
俺らはその中央に位置する巨大な街、〈ユウカクガイ〉に訪れていた。
絢爛な着物に身を包んだ遊女たちが、男たちの視線を浴びながら、そこへかしこへ歩いている。
遊女といっても、ここはゲーム世界。それ故に様々な種族がいた――しかも、どれもこれも美人揃い。
点々と並ぶ屋敷の障子には、人影がチラホラと映し出されており、楽しそうにお酒を酌み交わす姿が見え、また別の場所には格子のある建物もあり、その中から時折手招きしてみせる子もいた。
現実世界でさえ、クラブやキャバクラ――俗にいう夜の街に出たことのない俺にとって、ここは新鮮な世界だった。
「Heyユータ」
ふいに、リアムが腕を回してきた。どっしりと肩に重みがかかる。
「ここは少しくらい……」
リアムは悪い顔をしながら、ウインクをして見せた。
俺もゴクリと唾を飲み込む。
――ここまで敵と戦い冒険をしてきたんだ。たまには遊んでリフレッシュするイベントも挟むのもアリだろう。
俺とリアムはそっと近くの屋敷へ入ろうとすると、「……勇者様たち?」とドスの効いた声で引き止められた。
後ろを振り向けば、マキが眉間に皺を寄せ、無言の圧を向けていた。「遊ぼうとするな」と、言わんばかりだ。
「ソ、ソンナ顔シナイデヨー」
リアムに続いて、俺も言う。
「そ、そうだぜ……。ほら、ハンドレディを見つけて倒さなきゃだし、もしかしたらここにいるかなー? ってさ……」
マキは渋々言い訳を聞き入れ、「それならいいのです」と腕を組んだ。
「魔女の子探しをしようとしているのなら、文句は言わないのです。まったく、ハンドレディさんはどこへ行ったのでしょうか。待っていると言っていたくせに、どこにもいないのです。魔女の子はかくれんぼが好きなのです」
マキは言って、頬を膨らませた。ここへ来てからのマキは、なんだか不機嫌だ。
「ハンドレディのことだから、隠れて不意打ちを狙っているのかもな。アイツは勝つためなら手段を問わない。面倒な女だ」
ケンはそう話した。
「……となりゃ、また探索モードに入るしかねぇな」
――ゲームをやっている時は、なんとなく進め方はわかるものだが、いざ、自分自身がゲームの世界に立ってみると、意外とわからないものである。
さて、どこから探していくか……と、思った時だった。遠くのほうから、大勢の色めき立つ声が聞こえた。
俺らはその方向を見やる。人々は真ん中の道を開けるようにして整列しはじめ、その通りには、遊女と思われる美女が歩いてきた。
その遊女は、ほかの遊女たちと格が違うことは一目見て理解した。顔の美しさもさることながら、凛とした雰囲気から気位の高さが伺い知れる。彼女は誰にも視線を送ることもなく、ただまっすぐ前を向いて歩いていた。
その後ろには、下人であろう男がひとりと、禿と呼ばれる子だろうか、幼い少女が三人、後ろに立って歩いていた。
――花魁道中。
まさに、そのような光景だった。
「…She’s a fox」
リアムは彼女を見つめたまま、俺に耳打ちした。
その言葉の意味はわからなかったが、まあ雰囲気的に、めっちゃ美人だよな、と同意を求めているのだろう。俺は頷いて答えた。
俺とリアムは、彼女が歩く姿を目も離せずに見蕩れていた。
――ん?
彼女が俺らの前を通り過ぎる時、一瞬、こちらを見たような気がした。
……気のせい、か。
そのまま彼女を見送り、姿が見えなくなると、周りの人々は各々好きなように動き出した。
「花魁、鷹尾太夫だな。まさかこんなところでお目にかかれるとは。普段、僕らのような庶民は姿を見ることだってできない。ユータ、リアム、ラッキーだったな」
あまりにも俺ら二人が見蕩れていたからなのか、ケンはそんなことを言った。
「へぇ〜なのです。確かに、本当にきれいな人だったのです。女のわたしでも、見蕩れてしまうくらい」
マキは言って、俺とリアムの耳を引っ張った。俺らは痛みで声を上げる。
「……さ、花魁さんも見れたことなのです。わたしたちはこの街を探索していくのですよ」
パチンとマキは俺らの耳を離した。マキは先頭に立ち、街を歩いていく。
「Isn't she in a mood?」
「マキも女の子だ。気になる男子が鼻の下を伸ばすところを見ていたって、面白くないだろう」
ケンは言って、俺を見た。
「……? なんだよ?」
「……いや。ユータも、あんまり美人にばかり現を抜かしてはダメだぞ。僕たちは、魔女の子を倒すために来ているのだから」
ケンは小さく笑って、マキについていく。
「なるほど! ユータ、オーエンしてるぞ。Break a leg!」
リアムは何か理解したようで、俺の肩を軽く叩いて、先を歩き出した。
よくわからんが、まあいいか。
俺も、みんなに続いて歩き出す。
――ってか、リアムはなんで最後に「足を折れ」、なんて言ったんだよ。
理由を聞こうと思ったが、ふと目に入る遊女たちに視線を奪われ、俺はすっかりそのことを忘れてしまった。




