第17話・……ああ! もう後ろに戻るなんてこと、してやるもんか!
俺たちは、村の一番奥にある、大きな藁の屋根の建物の前まで来ていた――どうやら、ここが村長の家らしい。
魔王からヒントをもらった俺は、みんなに魔王との会話を話せない代わりに、ひとつ提案をしたのだ。「村長の元へ行ってみないか」と。
最初にムギちゃん占ってもらった時に言われた、『絡み合った運命』……これは、何かゲームのイベントを指していて、村の長と接触することにより、イベントが起き、この状況を打開できるかもしれない、と話したのだ。
……ま、なんて言ってみたのは、偶然にも、おやつを食べている時に、村長の銅像の話を仲間としたからなのだが。
今思えば、村長なら魔女の子について何か知っていてもおかしくはない。
テオドロス王女の話を聞いていた時、あの人は魔女の子について報告を受けていると話していた。各国からの報告者といえば、まず思い当たるのは各国の代表者だろう。
この国の代表者と言えば、〈バンゲッデトウ〉唯一の村を治める村長、〈ノスティモ村長)だろう。
初めからここに来てみればよかったかもしれないが、まあゲームに寄り道は付き物だろ。
……本音を言うと、銅像を見かけるまで思いつかなかっただけだが。
村長の家の前は、テオドロス王女の時のように警備が立っているわけでもなかった。ほかの家より少しサイズが大きいだけで、あとは変わりない。そのまま入れそうだ。……いや、テオドロス王女と比較するのが間違っているか。あの人は、この世界の王女だもんな……。
いざ村長と対面するため、木製のドアを二回ノックした。
「はーい」
玄関の向こうから女性の声がし、中腰で現れたのはひとりの女性だった。白髪のよく似合う、物腰の柔らかい印象を受ける老婆だ。村長の奥さんなのだろうか?
女性に案内され、中へ入る。村長の家は全体的にアジアンチックな感じで、観葉植物もたくさん飾られていた。
いくつか部屋を通った先に、見覚えのある顔が現れた。それは痩せ型の白熊で、体毛のボリュームが多く、目にまで毛がかかっている。銅像の凛々しい姿とは少しばかりイメージが違うが、紛れもない、この村の村長だった。
ケンと同じように、『獣人』という種族に当たるのだろう。
俺たちは、奥さんに言われ、村長の座っている向かいのソファに腰かけた。
「ニャンか、銅像よりも実物のほうがヒョロいニャ」
「ムギちゃん、しっ!」
ムギちゃんが失礼なことを呟いたので、俺はすぐさまその口を押えた。
村長は毛の隙間から、ノロリと目を覗かせた。
「……何か言ったかね? 最近耳が遠くてのぉ……悪いがもういっぺん――」
「いえっ! 何も言ってません!」
俺はハッキリと大きな声で答えた。
村長は「そうかそうか」としわがれた声で笑った。
「それで、あなたたちは……?」
村長に問われ、俺から答える。
「俺は〈勇者〉、ユータです。……で、こっちから――」
「ああ、よいよい。ゆうだいくん。わたしは一気に聞いても覚えられんからのぉ」
「……あの、ユータです」
「ゆうあくんじゃな。わかっておる」
…………。
まあいい。気にしていたら、いつまで経っても先へ進めなさそうだ。
「いやはや、まさか勇者御一行様がこんな島にまで訪れていたとは。 テオドロス王女からは聞いております。そうですか、あなたが」
「……テオドロス王女から?」
「――ええ。テオドロス王女から、この世界に勇者が誕生したと、必ずや魔王を倒してくださると、通達がありました」
ちょうどそのとき、奥さんが部屋に入ってきてそう答えた。
お茶を用意してくれたらしく、手馴れた動きで、ローテーブルの上に丁寧に配膳している。
「おっと、自己紹介が遅れましたな。こちらがわたしの妻、ヘリオス。そして、わたしがこの村の村長、ノスティモでございます」
村長とその奥さん─――ヘリオスさんは深々と頭を下げた。
「……で、勇者様。あなたがここへ来てくれたということは」
村長――ノスティモさんは、もう理由を見越しているのだろう。
俺は事情を話し始めた。
「俺らは、この国にいるという魔女の子を倒しに、ここへ来ました。しかし、未だ魔女の子を見つけることができず……村長さんは、何か知ってるんじゃないかと思いまして」
村長は「ふむぅ……」と唸り、お茶をひとくち啜ると語り始めた。
「……数日前のことでした。突然、見慣れない顔が現れたのです」
村長は顎髭を擦りながら、話をつづける。
「最初は旅の方かと思ったが違かった。……魔女の匂いがする、とヘリオスはすぐに気づきました。わたしはすぐにテオドロス王女に報告し、警戒をしていたのです。しかし、魔女の子は、その後姿をくらまし、この島もいつもどおりの日常が流れておる。平穏すぎるのが、逆に不安でして……」
隣で、ヘリオスさんもうんうんと頷いていた。
「……あの、ヘリオスさんは、魔女の匂いがわかるんですか?」
ヘリオスさんは頷いた。
だったら、今も俺から魔女の匂いがしているはずだ。なぜ、何も言ってこなかったのだろう。
俺は気になり、恐る恐る問う。
「なら、俺から……」
「――します。けれど、魔女の子ではない……何か違うものを感じるのです。わたしにもわかりませんが、あなたを疑うようなことはしなくてもよいことだけは、わかります。何より、あなたはテオドロス王女も認めた〈勇者〉 。訝しむなんてことは、決していたしません」
違うものとは、なんなのだろうか?
やはりそれは、この〈SKILL〉によるもの?
とにかく、今は疑われないだけよかったと思おう。
「村の人には、何も伝えていないのですか?」
マキがそう質問すると、村長は「ええ」と答える。
「変に不安を煽っても、みな、パニックになるだけです。だから、わたしは何も言わずに……」
村長がそこまで話したときだった。
「ノスティモ村長!!」
突然、一人の青年が息を切らしながら駆け込んできた。見るに、この村の人だろうか。
「ど、どうしたんですか。いきなり……」
ヘリオスさんが聞くと、青年は答える。
「大変です! 僕の妹がっ……それに、村のみんなも!」
青年は酷く焦っている様子だった。村で何か大きな事件が起きていることは確実だ。
村長はそれを聞き、杖をつきながらゆっくりと立ち上がった。
「すぐ向かおう。……勇者様も、いっしょに来てくれますかな」
俺は「もちろんです」と答え、村長とともに青年についていく。
「ユータ。前にもこんなのことがあったのか?」
道中、リアムにそう聞かれた俺は、首を横に振った。
「いや、今までは、日が沈むまで実に平和な村そのものだったぜ。こんなイベントはなかった……」
そう言って、俺は気づく。
魔王の教えてくれたヒント――イベントを起こすには、順序があるということ。
今回のこの行動が、イベントを起こすきっかけだったんだ。
「――起きなかったんだ。俺たちが、誤った行動をしていたから。だからこの重要なイベントを見逃し、やり直すことになった」
……初めから、俺がここへ来ていたら。
俺たちが野宿をして死ぬ運命も避けられたし、ムギちゃんが死に、ソラちゃんが手を汚すこともなかった。
「――勇者様。今は、過去の反省会をしている場合じゃないのです」
俺の表情から察したのか、マキはそう声をかけた。
「こうして今、全員生きて立っている。だったら前だけ見て、ゲームを進めるだけなのです」
そうでしょ、勇者様、とマキは笑いかけた。
――マキには、いつも励まされてばっかりだ。
「……ああ! もう後ろに戻るなんてこと、してやるもんか!」
俺の周りには三人の仲間がいる。それに、今回はムギちゃんにソラちゃんもいる。
俺は強く地面を蹴りあげ、先へ進んだ。




