第16話・我はできる限り、お前とフェアでいたいのだよ
こんなの、最初に占ってもらったときにはなかった。一体、何が起きてるんだ?
「おい、勇者よ」
ムギちゃんから放たれた言葉に、俺は背筋が凍った。
――その声は、魔王の声そのものだったからだ。
「……な、なんで」
ハッとなり周りを見渡すと、目の前のムギちゃん――否、魔王と俺以外、みんな硬直していた。
――いや、違う。
俺は空を見上げた。雲の流れも止まっている。
これは、俺ら以外の時間が止まっている?
「はぁ。お前らがあまりにも回り道な行動をするものだから、思わず出てきてしまった」
魔王は言う。
「ああ。言っておくが、この娘には何もせんよ。お前と話すためにちょっと身体を借りるだけさ」
……なんで、このタイミングで魔王なんかが。
「〈拳銃使い〉も困ったものだな……ああ、今はケンという名を授かったのか。中途半端な推理しかできんのだから」
魔王はぐーっと背伸びをした。
「はぁ。半獣人の身体は慣れんな。お前のぉ、我を出すようなことをしよって、面倒な奴だ。前の世界線ではすんなりと進んでいたというのに」
魔王はよくわからない文句を言った。
俺は警戒し、背の剣に手をかけた。
それを見た魔王はニヤリと口角を上げると、
「我を攻撃するつもりか? 怪我をするのはこの娘だぞ」
と、先制して警告した。
俺は舌打ちし、剣から手を離す。せめてもの反抗で、魔王を睨みつけることしかできない。
魔王は「それでよい」と言い、語り出す。
「いいか、勇者。ゲームには各所に『イベント』というものがあるのだよ。」
――イベント?
「わたしが楽しむためのイベントだよ。この娘が死ぬ原因ともなったイベントがな」
「……っ! じゃあ、ムギちゃん殺しの犯人はお前だってのか!」
「さあな……。それと、死んでしまったのはこの娘だけではなさそうだぞ?」
魔王は不敵に笑うと、俺に近づき耳元で囁く。
「なあ勇者よ。昨晩は、やけに静かだったと思わんか?」
「……ま、まさか」
魔王はまた後ろへ下がり、再び話を再開する。
「さて、三つヒントをやろう。ひとつは、お前らの話している〈STATUS〉だが、表示されないものもある――それは、プログラム上フォローされない部分だ。ふたつ、ゲームのイベントを起こすには、順序というものがある。そして最後に、魔女の子に制約などない。〈プレイヤー〉と同等の権利を有している」
ということは、今回のイベントを動かしているのも魔女の子が……?
「我は絶対にクリアできないようなゲームは作らぬ。隅々まで探索し、ゲームをクリアしてみせよ。ゆとりのお前にとっては、攻略本も攻略サイトもない世界で、クリアしろというのは厳しいかもだが」
魔王はクスクスと笑った。
「……俺は、元からそんなもの見ねぇよ」
「はっ。なら、さっさとクリアするんだな。まだ我が子に会えもしていない癖に」
俺は言い返せなかった。
「じゃあな、勇者。今回だけは特別に我が直々にヒントをやったが、今後はもうない。今回だけは特別だ。ま、『チュートリアル』というやつだな」
魔王がどこかへ行ってしまいそうな気がして、俺は「待て!」と、慌てて呼び止めた。
「なんだ? 答えを教えろと言うのか?」
「違う。ひとつ疑問があるんだ」
「ふむ、答えてやるか」
魔王は面倒くさそうな顔をしながらも、聞く姿勢になってくれた。
「お前は俺の何度もやり直せる力を知っている……よな。でも、どうして魔女の子……手下にはそれを教えないんだ? お前の肩を持つ気はねぇが、情報を共有しないのは、その……不利じゃないか?」
魔王の目的は未だに曖昧だ。俺は少しでも真相に近づけないかと、そう聞いた。
魔王は少し黙って、こう答える。
「ただでさえ、最終ボスである我がすべてを知っているのだ。我が子と情報を共有したら、それこそお前らが圧倒的不利になるだろう? それはゲームとしてつまらない。補足だが、お前の力の影響を受けないのは、プログラムに干渉でき、プログラムを鑑賞できる者だけと決まっているのだ。それ以上データを追加しようものならパンクしてしまうよ。何事にも限度があるのだ」
魔王は微笑し、
「我はできる限り、お前とフェアでいたいのだよ」
と言った。
「さて、もうよいか。我もそろそろ疲れてきた。こうして離れて会話をするのは、結構疲れるものなのだよ」
「……ああ。せいぜい魔王城でビビりながら待ってろ」
「ククク、相変わらず威勢だけはよい奴よ」
またな、勇者よ、と言い残し、魔王はいなくなってしまった。
すると、急に風が顔を撫でた。時間が動き出したんだ。
「……ニャ? あれ? ウチ、どうしてたんだっけ?」
同時に周りも意識が復活し、みんな揃って困惑した顔をしている。
「What? I fell asleep?」
「僕も眠ってしまっていたんだろうか……? すまない」
「……あれれ? なのですよ」
さっきまでの状況を説明したいところだったが……やはり、話そうとすると言葉が出なかった。
さて、どうしたものか……と考えていると、ソラちゃんが口を開いた。
「……お姉ちゃん。間違えて眠り魔法でもかけてたんじゃない? 前もやったことあるじゃない」
……ね、眠り魔法?
俺はムギちゃんを見た。ムギちゃんはポン、と手を合わせた。
「あ! そうかもー! 実は〈ミライヨチ〉と眠り魔法の〈ネムリウラナイ〉って、近くにあるんだよね。スキルの選択、間違えたのかもニャ」
えへへーとムギちゃんは頭をかいていた。
なんとかこの場は過ごせたようだ。今回は、過去のムギちゃんのドジに助けられたぜ。
「でも、ウチらラッキーだよ! これ、成功率30パーセントなんだ!」
ムギちゃんは右手で三の指、左手でゼロの形を作ってみせて、笑った。
そんな姿を見せられてしまっては、呆れるよりも先に、みんなの笑顔がこぼれていた。
――絶対に、ムギちゃんを守りきらないと。
俺は、心の中で強く誓った。




