第17話・この世界が狂いだしたのは、ひとりの魔女が始まりだった
「んにゃ……。I slept well……」
そんな寝ぼけ声とともに、ガサガサと草の擦れる音がした。
リアムが目を覚ましたようだ。
「よっ、リアム。身体の調子はどうだ?」
リアムはそれぞれ関節の動きを確かめるように腕を動かすと、
「I'm fine!」
と、元気に笑った。
「オラ、撃たれてキゼツしてたのか?」
「んー……気絶ってのはちょっと違うな。お前は魔法弾で眠らされていただけだ。コイツは、お前を殺すようなことはしなかった」
俺はそう話して――今、目の前でマキの治療を受けている狼男を見下ろした。
マキは〈ヒール〉をかけて、回復に専念してくれている。
「Hey……ユータ、どうして……?」
俺はどうしてだろうな、と言い、狼男を見つめる。
「……なんか、そのまま倒しちゃダメだって思ったんだ。そりゃあ、一回は俺を殺した奴だけどさ。……でも、コイツは最後までリアムを……マキを殺すようなことは絶対にしなかった。俺を撃つ時、俺に斬られた時――すごく、悲しそうな表情をしててさ」
何より、どうも上手く言葉にできない感情を抱くんだ、狼男を見てると。
「――俺の心が、ソイツは殺しちゃダメだ! ……って、訴えかけてきてるような、そんな感じがすんだよ」
リアムは座りながら足を組み直すと、
「……I think so too.」
と、ひとこと呟いた。
ふと、狼男の指先がピクリと動いた。
俺らは一斉に、顔を覗き込む。
狼男はスーッと息を吐いて、ゆっくりと目を開いた。
「……よかった。回復魔法がちゃんと効いたみたいなのです」
狼男は俺たちを認識するや目を見開き、勢いよく身体を起こした。
「……っ!」
狼男は胸を抑える。
「おいおい、傷が塞がったばっかりなんだぜ。安静にしろって!」
狼男は聞く耳を持たず、そのまま立ち上がろうとする――しかし、力が入らず尻餅をついた。
「ごめんなさいなのです。わたしのレベルじゃ、完治まで回復させられなくて……」
マキは言った。
狼男はマキを一瞥してから、俺を見た。
「……なぜ、そのまま殺さず助けた?」
ソイツの第一声に、俺はため息をついた。
「おいおい。まずはありがとうじゃねぇの?」
狼男は目を逸らし、しばらく悩むようにしながら、
「……ありがとう」
と、小声で答えた。
意外と素直なんだな。
「……言ったぞ。で、なぜ僕を助けたんだ?」
素直だけど、かわいげのない態度だぜ――なんて思いつつ、理由を話す前に、こちらからも聞きたいことがある。
「その前に、俺から聞かせてくれ。どうしてお前は、マキとリアムを倒そうとは――殺そうとはしなかったんだ?」
狼男は目を伏せた。
「別に。スライムの大群に手間取って、撃ち損ねただけだ」
「いいや違うね。お前はあの大群がいなくても、マキとリアムは撃たなかった。撃ったとしても、絶対に殺さないようにしていた」
「…………」
隣で、マキとリアムは息を飲んで、俺と狼男男のやり取りを見守っている。
「……その二人は、魔王様の命令には入ってなかったから、殺さないようにしていただけだ。消すべき人物は、勇者だけだったから」
「そうか」と相槌を打ち、別の切り口から攻めてみることにした。
「俺はさ、なんとなくなんだけど、お前が誰も殺したくないように思えたんだ」
驚きからか、それとも図星だったのか――狼男の耳が一瞬だけピンと立った。
「あんときの……森の中で俺を追い詰めた時も、俺を撃つのを、お前は躊躇わなかったか?」
話しながら、俺を撃ち抜く直前の狼男の表情が脳裏をよぎる。
「……違う。あのときは、単純に魔力切れだったんだ。そんなことにも気づかないなんて、魔王様が知ったら笑うだろうな」
狼男はそう答えた。
――ま、そんな返答になるか。俺が聞いたのは、一周目のときの話だったんだけど……覚えているわけないか。本当に魔女の子も記憶がリセットされているのか、改めて今の流れで探りを入れてみたが、魔女の子も例外なく、俺がセーブ地点に戻る前の記憶は消えているみたいだな。
「……でも」
と、狼男はさらに口を開いた。
「殺したくなかった……という気持ちは、あったかもしれない」
狼男は、疲れきったように小さな笑い声を洩らす。
「……いや、あった。ずっと前から、その思いはあった」
――ずっと前から、か。
〈プレイヤー〉からしたら、この世界は始まったばかりなんだけどな。
だけど、その設定には、どこまでも歴史が続いている。
元々は――本来のゲーム世界はどんなものだったのだろう。
ゲーム世界の権限を握ったAIは、一体どこまで作り上げたのだろう。
どこまで、何を書き換えたのだろう。
世界を変えてしまった理由は、どこにあるのだろうか。
「なあ、話を聞かせてくれ」
少しでも情報を集めないと。魔王の元へ辿り着くためにも。
「魔女の子が〈勇者〉狙う理由を。お前が、そう疑問に感じていることを。わかること、全部」
――現実世界へ戻るための道が、見えてくるかもしれないから
「俺らは、まだこの世界に来たばかりで何もわからないんだ」
「……わかった。敗者は勝者に従うのが常だ。僕の知ることすべてを話そう」
狼男は木の幹に背を預け、語り始める。
「――この世界が狂いだしたのは、ひとりの魔女が始まりだった」




