第16話・奴の表情は
俺たちは森の奥深くに移動した。一周目の時、狼男と出会ったあの場所まで。
「――どうやら、完全に回復したようだな。勇者」
現れた。狼男だ。
俺らは武器を構えた。
「威勢がいいな。さすが勇者御一行様といったところか」
狼男も銃口をこちらに向けた。
「……勇者よ。痛い思いをしたくないというのなら、このまま大人しく立っていろ。拒否するというのなら――」
「拒否する!!」
俺の即答に、目を見張る狼男。
「……ふん、そうか。なら、悪いが三人とも――」
「悪いが、今回は三人だけじゃないぜ!」
俺のおかしな返答の連続に、狼男はさすがに困惑の色を浮かべた。
「勇者。貴様、何を考えている」
「……すぐにわかるさ」
俺はマキに視線を送り、合図を送った。
マキは杖を胸の前に構え、「〈ミラーネ〉」と小声で呪文を唱える。
マキは大きく息を吸った。
そして、
「ウグァガァァァッ!!」
と、天に向かって咆哮した。
それはそれは、かわいらしい顔に似つかない、獰猛な叫びだった。
ザワザワと葉が揺れ出し、遠くから地面を叩く音が近づいてくる。
「貴様、一体なんのまね――」
狼男が口を開いた、そのときだった。
森の木々の間から、一斉に何匹ものスライムが現れたのだ!
「なんのまねってか。そりゃ、スライムの鳴きまねだよ」
続けて、俺は二人に向かって叫んだ。
「よし! お前ら作戦どおり二手に散れ!!」
マキとリアムはスライムの大群に紛れるように走っていった。
俺も、狼男の視界から隠れるようにして移動を始める。
あたりを飛び回り襲いかかるスライム。狼男も例外じゃないようだ――よかった、魔女の子だろうと関係なく、モンスターは外敵だと見なす者に襲いかかるらしい。
狼男はまとわりつくスライムを振り払いながら、必死で俺らの姿を目で追っている。俺の睨んだとおり、狼男はな闇に銃を使おうとしない。
――否、使おうとしないのではなく、使えない。
狼男は、マキとリアムを殺すことを徹底的に避けていた。
最終的に銃を使った時も、トドメを刺さず魔法弾で眠らせただけ。
殺すべき目標以外は、決して手を出さなかった。
こんなスライムの大群、奴はすぐ片づけられそうなのに、それをしないのが何よりの証拠。
スライムの大群で俺らの姿がハッキリしない中、な闇に発砲すれば、俺以外に命中する確率はかなり高いだろう。
だから、奴は動けない。
「――〈ホムミ〉!」
スライムの間から、狼男に向かって火の玉が飛んだ。
しかし、狼男には当たらず、スライムに命中しただけに終わってしまった。
攻撃を受けたスライムは、光の粒子となって消えていく。
狼男は攻撃が飛んできたほうへ向けて、すぐさま発砲した。
だがこのスライムの数だ。マキには当たらず、手前のスライムを撃っただけだった。
スライムは消えることなく、地面の上で寝息を立て始めた――マキに当たる可能性を配慮して、攻撃系の魔法弾は避けたんだ。
おそらく、狼男はしばらくの間攻撃はしてこない。止むを得ずで、今みたいな発砲をするだけだろう。
常にスライムも襲いかかってくるこの状況、銃に頼るしかない場面も増えてくるはず。
な駄な魔法弾を使わせ続けて、MPが尽きたところを俺が叩く。
俺たちがやることは、MPが尽きるまで銃弾を受けないように注意することだけだ。
これが、今の俺が思いついた精いっぱいの、奴に打ち勝つための作戦――だが、ひとつ欠点がある。
「Gosh! Stop bugging me!」
前方のスライムの群れの奥から、リアムの叫び声が聞こえた。
――そう、スライムたちは俺たちを狼男の攻撃から防いでくれる存在であると同時に、邪魔してくる存在でもあるのだ。
バカな勇者だと思っただろう――舐めてもらっちゃ困る。そんなこと、もちろん想定していた。
「ウグァァァガァァァ!!」
また、スライムの鳴き声が響いた――狼男の背後に回り込んでいたマキが〈ミラーネ〉を使い、叫んだのだ。
スライムは鳴き声に反応し、一斉には叫び主の方角に向かって飛びかかり始めた。
マキは素早くその場から離れる。
――前回、俺が狼男に撃たれる直前、俺は少しでも抗おうと、スライムに攻撃し大群を呼び寄せた。
そのとき。スライムたちは狼男には襲いかからず、真っ直ぐ攻撃者である俺に向かって襲いかかった。
スライムは、仲間の声に集まる。
コイツらの習性は、仲間の鳴き声に反応し集まり、かつ、自分たちの攻撃する外敵が明確な順に飛びかるんじゃないかと、考えたのだ。
その考えはどうやら合っていたらしい。
狼男は自分の周りに集中し始めたスライムたちに射撃を始めた。
狼男はその状況でも、スライムたちを眠らせていくだけで、攻撃弾を撃つことはなかった。
万が一、マキとリアムを攻撃してしまわないように気を遣っているのかもしれない。
――どうして、敵である俺たちにそこまで……。
「ウガァァァアアッ!!」
マキの叫び声を聞き、俺は思考を停止する。そうだ。今はバトルに集中しよう。
叫びに釣られてスライムがまた顔を出した。
狼男がさらに現れたスライムに気を取られた瞬間だった。
「リアムパンチ……〈気合拳〉!!」
リアムは、魔力をまとわせたその拳でスライムの大群ごと突き破り、狼男の顔面に見事決めてみせた。
狼男はよろけ、体勢を崩した――しかし、すぐに受身を取り、リアムの次に繰り出した攻撃を受け止め、跳ね返す。
――奴は疲れを感じているようには見えない。まだか……まだ、粘らなくちゃならないのか。
「……ゆヴじゃざま」
そのガラガラ声に驚いて振り向けば、マキが肩で息をしながら俺の元へ走ってきていた。
「も、もヴ声がでないのでぅ……」
マキも限界がきているようだ。
奴のMPにも限界があるように、俺たちの体力だって限界がある。このスライムたちばかりを相手にしつづけるわけにはいかない。
……一気に、蹴りをつけるしかない。
俺は剣を握り締め、大きく横に振り切った。
目の前のスライムは一気に消えていき、途端に視界が開けた。
俺と狼男の視線が、一直線に合う。
狼男はその一瞬を逃すまいと、すぐに銃口を俺に向けた。さすが魔女の子って奴か、反応速度がめちゃくちゃ早ぇ。
――だけど。
「リアム、キーック!」
「……ッ!!」
――今は、余所見厳禁だぜ!
リアムは狼男の右手首にかかと落としを食らわせた。
狼男の手から拳銃が離れる。
その隙に、俺は狼男に向かって突進する。
狼男はリアムを見ることなく、元々左手に持っていた拳銃を抜き、そのままリアムの肩を撃ち抜いた。
「リアムっ!!」
「Focus on him!!」
奴は動きを止めることなく、そのまま俺に銃口を向けた。
――奴はもう目の前だ。剣を振り下ろせば、決まる!
俺はがむしゃらに剣を振り上げ、地面を蹴った。
「一か八かだ!」
狼男は引き金を引いた。
カチ。……という空打ちの音。
――MP切れだ。
「……ッ!!」
狼男は憎らしげに目を細めた。
「これでも、くらいやがれぇぇぇぇ!!」
俺は思い切り剣を振り下ろし、奴の胸を斬り裂いた。
そのときの奴の表情は、前回と同じく、悲嘆に満ちた表情をしていた。




