第3話・世界の終止符は、あなたに打ってほしい
一瞬の静寂。
倒れたマキは、すぐさま身体を起こし、俺を睨みつけた。
「……こんなので、わたしが負けるはずないのです。わたしが……」
地面に落ちた杖を再び拾い上げ、マキは俺を見据え、
「〈ザライゲイン〉!」
と、呪文を唱えた。
雷撃が俺目がけ落ちるが、とっさに剣でひと払いし、攻撃を無効化した。
「……っ!」
「いくらやっても効かねぇよ。今の俺には、マキの攻撃は全部届かない」
「……覚悟は決まった……だからなのですか」
「さあな。それはテオドロス王女に聞いてく……れ!」
俺は踏み込み、マキに剣を振るった。
マキはすかさず杖で防ぐが、小柄な体型は剣の勢いに圧され、後ろへとよろける。
この隙に、そのまま真っ直ぐ剣を――。
「……っ」
――ダメだ。そんなことしたら、マキは……!
「遅いッ!」
マキは、俺の迷いを見逃すわけなく、「〈フロージャ〉!」と呪文を唱えた。
足元は凍りつき、剣を握る手も氷に覆われ、動かせなくなってしまった。
これじゃ、攻撃を避けることも、防ぐこともできない!
「…………マキ」
「剣が使えなきゃ、何もできないのです」
マキはゆっくりと俺に近づき、目線を合わせた。
杖の先には炎が灯り、俺の息の根を止めようと、今か今かと燃え上がっている。
「……マキ。やめてくれ。こんなことをしても、マキの望む世界は訪れない。この世界の全員を言いなりにさせて、望む世界を作り上げられたとしても、それは全部ハリボテの虚像に過ぎねぇ」
「うるさい」
マキは言い、その炎を俺に向けた。
「俺を殺して、世界は崩れ落ちて、みんな仲よく瓦礫の下なんて、そんな誰も報われないバットエンドなんて……ここまでいっしょに冒険してきたのに、あんまりじゃないか。」
「黙れ」
ジリジリと、赤い炎は形を大きくしていく。
「本当に、これでいいのか?」
「勇者を洗脳し、望みを叶える道も使えなくなったのです。もう残すは――みんな仲よく闇の中へ葬られる道しかないのです」
俺は炎に屈せず、顔を上げ、マキを睨んだ。
「んなこと言ったって、マキは、本当はこんなの望んでねぇだろ!」
「――そんなの、当たり前なのです!!」
目の前の炎はパッと消え、杖は地面を転がった。
「……でも、もうこんなことしてしまった自分に耐えられないのです。みんなにもバレたくない。みんなに会えなくなるのも怖い。また、〈村娘〉に戻るくらいなら、世界ごと終わらせるほうが、ずっといいのです」
マキは両手で顔を覆い、ガクンと膝から崩れ落ちる。
「ごめんなさい……ごめんなさい。わたしが願わなければ、望まなければ……、あのとき、メアナさんに反抗しなければ……」
徐々に氷は解けていき、魔法効果から解放された俺は身動きが取れるようになった。
「わたしは、ずっと選択を間違えつづけてきたのです。勇者様のように、人を想う力が欠けていたから」
マキは顔を上げた。はらりと大きな三角帽子は落ちる。目元は、少し赤く腫れていた。
マキは胸を抑え、なるべくしゃっくりをあげまいと肩を震わせながら、意を決した表情を浮かべた。
「……勇者様。ずっとこの世界に、わたしと、いっしょにいてくれませんか」
俺は地面に膝をつき、マキの頭にそっと手を置いた。
――本当は、マキの気持ちに応えたい。俺だって、マキのこと、嫌いなんかじゃないんだ。
こんなに真っ直ぐに、俺のことを想ってくれる人は、初めてだから。
……だけど。
「ごめんな。俺とマキは、ずっといっしょにはいられない。……俺らは、住む世界が違うから」
「…………」
マキは、途端に緊張の抜けた顔をして、「最後にひとつ、お願いを聞いてください」と、言った。俺は頷き、マキの言葉を待つ。
「――その剣で、わたしを刺して。世界の終止符は、あなたに打ってほしい」
素直に了承した、と言えば嘘になる。
それでも、最後くらい、彼女の望みは叶えたいから。
剣を手に取り、彼女の胸に押し当てる。
「……本音はさ、俺――」
「言わなくていいのです。十分、伝わってるから」
マキは微笑んで、こちらを見つめた。
あとは俺が腹を決めるだけだ。
「マキのこと忘れない。この世界が元に戻っても、変わらず、マキに会いに行くよ」
「……うれしいですけれど、勇者様はさっさとわたしなんて忘れて、〈北海道〉へ行って、お嫁さん候補を見つけてくるのですよ」
マキは笑った。
俺は……笑い返せてるかな。そう思いながら、剣を握る手に力を込める。
「……!」
柔らかいものを押しつけられた感覚が、剣を伝わって伝わり、血の気が引いた。
最後に、剣を前に突き刺す、それだけだったが、先に彼女が、自ら身体を前に倒し、剣を受け入れてしまっていた。
「……嫌だ」
ここへきて、情けない男の声が口から出た。
直後、周りの景色は白く光り、俺たちを飲み込もうとしていた。
――マキの握っていた権限が解放された今、メアナさんが、世界を修正しはじめているんだ。
彼女はもう声を上げることなく、ぐったりと剣に寄りかかっていた。
光が強くなるごとに、薄れゆく意識。
俺は必死で彼女の手を握り、最後まで離れてしまわないように、身体に引き寄せ抱いた。
眠りについてしまうまで、彼女は最後まで、確かに、暖かかった。




