第4話・ありがとう、勇者様
無機質な音が聞こえる。
これは……ああ、エンジン音だ。きっと、近くでトラックでも走ってるんだろう。
柔らかい風が全身を撫でていくが、皮膚にまとうジメジメとした感覚は拭ってくれなかった。
ここは……どこだろうか?
俺はゆっくりと目を開けた。
つけっぱなしのパソコンが、俺の顔を照らしていた。
洒落っ気のない薄暗い部屋。カーテンの隙間から差し込む、わずかな光でしか照らされていなかった。
ゲーミングチェアに深く腰かけていた自身の身体を起こし、俺は一度立ち上がる。
「……どこだろうかって、俺の部屋か」
俺は再びパソコンの画面を見た。
画面には、〈Inside Alive Quest〉のゲーム画面が立ち上がっており、そこにはメンテナンス終了のお知らせと表示されていた。
――そうだ、俺は今までゲームの中に……!
ようやく、ボーッとしていた頭が覚醒した。
今日は……日曜日、か。スケジュールを立ちあげてみれば、来週から、北海道へ出張の予定が入っていた。
「……そうだ。出張前にゲームをプレイしようとして……そしたら、あんなことが起きて」
メンテナンスの内容を見れば、一時間ほど行われていたようだ。
今までの冒険が、この一時間ということになっているってことか……。
「! そうだ、みんなはどうしているんだ!?」
俺はゲーミングチェアに座り、ゲームの世界へと飛び込んだ。
◇
「ユータ……〈JOB〉は〈剣士〉……か。レベルは32。〈SKILL〉は……」
ゲームの世界へ入り、まずは自分の〈STATUS〉を確認した。今なら理解できる、これは、俺が勇者になる前のデータで間違いないと。
〈SKILL〉の中には、〈セーブ〉と〈ロード〉なんてものは存在していなかった。その代わりに、ほかの攻撃SKILLなどがズラリと並んでいた。
また 〈ログアウト〉できなくなっているなんてことは……と思い、念のため確認するが、〈ログアウト〉の項目はキチンとあった。帰れないという心配も、もうなさそうだ。
俺は、今度はみんなを探しにいくことにした。
幸い、移動手段は近くにあるようだし。
〈シロケシキノチ〉では、ツリィ、ヨイ、ホースの三人と出会った。
「えっと、ごめん。誰かな?」
「気持ち悪い男だ。叩き潰してやろうか」
「ぼ、僕、運営に通報しようか……?」
みんな、俺を不審がっている。どうやら、俺のことを覚えていないらしい。ヨイがモーニングスターを取り出したので、俺はそそくさと、その場をあとにした。
〈ヨシワラトウゲンキョウ〉へ行くと、鷹尾太夫の花魁道中が見れた。鷹尾太夫は誰とも目を合わせることなく、周りに笑みを振りまいていた。
「いやぁぁ! スマンって! ちゃんと払うさかい、許したって!」
そんな花魁道中が過ぎ去ると、今度は男の悲鳴が。見に行けば、紫さんに耳を引っ張られているセイバーがいた。お金を払わず遊郭に入ろうとすると、ああいったイベントが起こるらしい。紫さんのおしおきを目当てに、無銭豪遊しようとする人も出てきそうだ。
教会へも訪れたが、メアナさんも俺のことはすでに覚えていないようだった。祭壇の前でじっとお祈りをしていたところを何度か話しかけたが、「よい天気ですね」、「神の御加護があらんことを」、「回復のことならおまかせください」……など、同じセリフをグルグルと繰り返すばかりだった。
俺は、静かに教会を出た。
〈バンゲッデトウ〉は、人々の熱気で溢れていた。屋台には、おいしそうな料理がズラリと並んでいる。
「ね、ソラ! 次はあそこの骨つき肉、食べようよ! あっちの屋台にも行きたいニャ〜」
「お姉ちゃん、ここへきても食べてばっかりなんだから……。語尾の『ニャ』もやめたほうがいいわよ。お姉ちゃん、現実でも友達の前でやってたじゃない……」
ふと、そんな聞き覚えのある姉妹の会話が聞こえた。
ムギちゃんとソラちゃんだ。前方から歩いてくるが、しかし、二人は俺に目を止めることなく、楽しそうに会話をしながら通りすぎていった。俺はその二人の背中をそっと見送り、次の地へと向かうことにした。
〈アンノウンダイチ〉――の前に、俺は、〈ニードル王国〉へ訪れた。テオドロス王女にも、会っておきたいと思ったのだ。
相変わらず、衛兵は門を通してくれなかったが、タイミングよく、馬車で帰還したテオドロス王女と鉢合わせできた。
「……あの!」
「あら、旅のお方ですか。素敵な一日を」
テオドロス王女は、にこやかに答えて、王宮へと行ってしまった。
「……かなり猫被りしてんな」
俺は呟いて、西エリアへと向かった。
いよいよ、最終地点の〈アンノウンダイチ〉――その地にある、〈紫苑街〉まで来てしまった。
俺は、街にひとつだけあるギルドの扉を開いた。そこには――。
「……リアム!」
――リアムの姿が! 俺は駆け寄るが、リアムは怪訝そうに眉を顰めた。
「Who are you?」
次に言われたリアムの言葉に……胸が痛くなる。
そうか。やっぱり、みんな誰も覚えていないんだ。
まあ……そりゃそうか、世界は〈リセット〉して、今までの出来事はすべて消えてしまったんだから。
元々〈勇者〉だった俺だけが、たまたま今までの出来事を記憶しているだけで。
「なんで、ナマエ知ってる?」
「あー……えっと、その……」
リアムはさらに問いただしてきた。答えに悩むが……うーん。
「えーっと……まあほら! 以前どこかで会ってましたってやつだよ」
そう説明すると、ちょっと首を傾げたリアムだったが、すぐに納得したようで、
「そうか! よろしくってやつだ!」
と笑顔をみせ、右手を差し出した。
俺はリアムの手を取る。〈FRIEND〉一覧には、リアムが追加された。
「ナニカのエンってやつだ。また、誘ってほしい」
そう言い残し、リアムはギルドを出ていった。しばらくしてから、俺もギルドをあとにした。
◇
あてもなく、ただ道を歩いていた。
世界は元に戻った。
本来のゲームの世界を取り戻したのだ。
喜ぶべきことなのに、どうしても、違う感情が上回る。
「いいじゃん、少し遊んでこうよ」
「乱暴はしないからさ〜」
歩いていると、そんな男たちの声が聞こえた。声のしたほうへ走ると、三人の男たちが一人の少女を取り囲み、無理矢理どこかへ連れていこうとしていた。少女は声を上げて、必死に抵抗している。
「嫌なのです! 行きたくないのです!」
「楽しいことするだけだからさ!」
「嫌っ……、誰か! 助けて!」
「声を上げるな!」
一人の男は少女の顔を殴った。
少女はすっかり怯んでしまって、小刻みに震えている。
――許せない。女の子の顔を殴るなんて、特に!
ここは、俺が助けないと。
大丈夫。現実世界じゃケンカは弱いが、今の俺はレベル32もある〈剣士〉なんだから。
「おい、やめろ!」
――あんな奴ら、ひとひねりさ。
俺は剣を抜き、男たちを追い払った。
男たちが完全に見えなくなると、少女は俺の元へ駆け寄り、鞄から小さな瓶をひとつ取り出した。
「助けてくれてどうもありがとうございますなのです! お礼に、ウチの回復薬をどうぞなのです!」
肩まで伸ばしたセミロングの黒髪に、柔らかな丸い目した少女は、礼を言って微笑んだ。
俺は瓶を受け取り、少女を見つめる。
「その姿も新鮮で、かわいいな」
照れくさいセリフが、思わず口からこぼれた。
少女は困ったように微笑んで、
「ただの〈村娘〉に、サラッとそんなことを言うなんて、やっぱり、勇者様は変態なのです」
少女は――マキは言って、手を握った。
「ありがとう、勇者様」
マキは笑って…………。
……………………。
……マキ? ……あれ? マキってなんだ? 目の前にいる少女の名前か?
……ん? そもそも俺って、さっきまでどうしてたんだっけ?
――って、なんで俺、この子の手なんか握っちゃってんだよ!?
「……ごめん! 変なことするつもりはなかったんだ。……えっと……そうだ! ただ助けに来ただけでさ! ま、気をつけろよ。また変なのに絡まれたりしたら、いつでも呼んでくれよな!」
俺はそう言って、少女に手を振って別れた。少女も笑顔を浮かべ、手を振り返してくれた。〈NPC〉 といえども、こんなふうに手を振り返してくれるなんて、うれしいものである。
さて、せっかくリアムってやつとも、フレンドになったわけだし、たまには、ソロプレイ以外もしてみるかな。
まだアイツがいるといいなーと思いながら、俺は〈紫苑街〉を目指した。
『神風勇太はたった一人の勇者となる』──完結。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ノベルアッププラス版では作者作の挿絵や、あとがきを掲載しています。物語の内容は同じですので、気になる方のみ、そちらもご覧いただければ幸いです。
改めまして、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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