第2話・俺は託された
マキは腰を低くし、一気に地面を蹴りあげた。
瞬間、草花が舞い上がり、空気に緊張が走る。
マキは容赦なく、急所である頭に向かって、杖を振り下ろす。
「……クソっ!」
剣で防ぐが……重い! 木製の杖を振り下ろしただけとは思えないほどだ!
本当は、マキはこんなにすごい力を持っていたのか。
「やっぱり勇者様なのです。これまでの戦いを経て、強くなりましたね」
すべてを見てきたであろうマキは、赤い瞳を細めながら言う。
「でもね、それでもわたしには敵わないのですよ。だって、いくら抵抗しようとも……」
マキは一歩後ろに下がると、親指を地面に向けて指した。
「……ッ!?」
――同時に、俺は地面に膝をついた。俺の意思に関係なく、マキの指の動きと連動するように。
「勇者様の持っている〈時間〉以外の権限は、すべてわたしの手の中。絶対に、わたしに逆らうことなんてできないのですよ」
マキはクスクスと笑い声をあげる。
「わたしはね、勇者様自ら、勇者様の言葉で言ってほしかっただけなのです。このゲームに、ずっといっしょにいようって」
立ち上がろうとするが、足が動かない。
剣をそっと握る――力は伝わった。足以外はなんとか動かせるが、しかし、足が動かなければ、どうすることもできない。
「離れたくなかった。初めてだったのです。誰かといっしょにいること、広い大地を駆け巡って、笑い合うこと。いっときでも、この時間を失いたくなかった。なのに、勇者様はいつもいつも、聞き入れてくれなくて」
マキは杖先を、俺の額に押し当てた。
「……っ、そんなのしょうがねぇだろ! 永遠にゲームの世界にはいられない! だって〈プレイヤー〉には、ここ以外にも帰る場所があるんだから!」
「そんなに帰らなくちゃ……〈出張〉というのが大事なのですか!!」
「出張……? ……ああ、マジかよ。俺ってば、出張が控えていたのに、ゲームに閉じ込められてたんだな……」
ったく、これは怒られるどころじゃすまねぇぞ。
下手したら、クビにだってされちまう……だが、今はそんなのどうでもいい。
「……マキ、頼む。こんなのやめてくれ。マキは間違ってる。こんなの、みんなを巻き込んでやるようなことじゃない」
「勇者様にはわからないのです。そのへんの、ただ見過ごされつづける〈NPC〉のことなんて」
マキは杖を、さらに押し付けてくる。
「今なら、まだ間に合うのです。『ゲームの世界でずっと過ごす』と言ってくれれば、動きも解除してやるのです。それと――また、ケンちゃんを作り上げてあげるのですよ。データは、まだ残っていますから」
「…………っ!」
ケンに会える……のか?
……そうか。元を辿れば、ケンはマキの支配下のキャラクターだったんだもんな。
今ここで、「ゲームの世界残る」と言えば、ケンにまた会える。あんなアッサリした別れ方だったんだ。もう一度会って、ちゃんと……。
「……ダメだ。そんなんでケンと会ったら、俺はケンに怒られちまう」
「いっしょに、いてくれないのですか?」
「ああ。俺らは、いっしょにいられない」
マキの顔から、スっと笑みが消えた。
「なら、聞き入れてもらうだけなのです。二度と、断るなんて言わせない。わたしの望みに、従ってもらうのです」
赤い瞳が、俺を捉えた。
だんだんと、頭がぼーっとする。さっきまで抱いていた失望も悲しみも、何もかも消えていくような感覚が広がって……。
……っ、ダメだ! このままじゃ、誰ひとり、現実世界に戻れないまま結末を迎えてしまう! 何か策を考えなくちゃ、この場を打開する、何かを……。
俺はまだ、マキにちゃんと伝えられていないのに!
「――ふざけんじゃねぇ!!」
俺は剣を振り、マキの杖を弾いた。そのまま、俺は――。
「い…………ッ!!」
――俺は、自分の足を斬った。
スボンは裂け、太ももには傷口が開き痛みが走ったが、現実世界よりも治癒の早い、このゲームでは関係ない。すぐに痛みは収まり、傷口は癒えていく。
「なっ、何をしているのです!?」
マキは一連の俺の行動を見て、目を丸くした。
俺はニヤリと笑い、ゆっくりと立ちあがってみせる。
「……なんで」
――立ち上がれたのか……そう言いたそうな顔をしていた。
「王家の剣のおかげだよ」
俺は言いながら、剣をチラつかせた。
魔王は言っていたからな――『この世界と我々を断ち切る剣』って。
杖を失い、よろめくマキと対峙する。
――『選ばれし者、剣を振れ』。
テオドロス王女の言葉が、脳裏に蘇る。
――『どうか救ってほしい。わたしたちを……このゲームを!』。
メアナさんの想いが、鮮明に思い起こされる。
俺は託された。テオドロス王女に、メアナさんに――そして、みんなに!
――今度は、俺の攻撃だ!
剣を握り、狙いを定め、力いっぱい叫ぶ。
「…… 〈風切剣〉!!!」
マキは防御壁を張るが、剣から放たれた波動は壁を破り、マキの身体を貫く。
「……ガ……ッ…………!」
マキは、そのまま仰向けに倒れた。




