第9話・わたしは、それでも勇者様を信じてついていくのです
「It's great!!」
リアムは目を輝かせながら、テーブルに並べられた料理を頬張っている。
本格的に冒険の始まりだ! ――という感じで意気込んでいた俺たちであったが、今の今まで食事も摂っていないことを思い出し、城下町にあるレストランで、食事がてら休憩を取っていた。
ゲームの世界だから食事は不要という声も聞こえそうだが、まあそこは気分だ。
それに、今までバトルの連続だったんだ。少しくらい、こうして息抜きするのも悪くないだろう。
五感がフルで働くため、料理の味も風味もしっかり感じられた。痛いのは勘弁だけど、やっぱりこういうときってのは、この最新技術に感謝感激雨あられだぜ。
「はうあ〜。幸せなのですよ。勇者様、わたしの食べてる『タマゴカシ』 ってものも絶品なのですよ。食べてみるのですか?」
マキは言いながら、スプーンでそれをひとくち分掬って俺に向けた。
『タマゴカシ』か……ちょっとおかしな名前をしているが、見た目は完全にプリンと同じだな。ここでのプリンの味も気になるし、俺もひとくちもらうとするかな。
――……って、待てよ。マキが今渡そうとしてるスプーンって、マキが今まさに使っていたやつだよな……!? そ、それってつまり間接キス……!?
さらにあわよくばこの流れ、マキにアーンしてもらえるやつじゃないか!?
……いや、別に下心なんてないですよ?
女の子がせっかくこうして厚意を持って、好意を向けてくれているんだ。それに応えないってのは、男が廃るってもんだ。
俺は大きく口を開けて、マキさんにアーンしてもらおうとした。
「そんな美味いのか!? オラにもくれ!!」
――もらおうとしたのに。
リアムが割り込んできて、タマゴカシを横取りされてしまった。
「……! これメッチャGood!!」
そのまま、リアムはタマゴカシも全部平らげてしまった。
「あわわ……食いしん坊さんなのです。でも、いっぱい食べることはいいことなのです」
心の優しいマキはそう言って笑った――だが、俺は許せん!!
「リアム! せっかくのアーンのチャンスを奪うんじゃねぇ! なんでプリン全部食ってんだよ!!」
「ユータ、これはプリンじゃなくてタマゴカシだ」
「ほとんど同じだ、そんなもん!!」
くっ……次こそはマキにアーンしてもらうんだからな。
「あ、そういえばなのです。勇者様。なんやかんやで今まで聞けていなかったのですが……森の中でモンスターと戦う前、どうして、敵のことがわかったのですか?」
マキに聞かれて俺もその話をまだしていなかったことを思い出した。
椅子に腰かけ、俺は自分の持つスキルについて話し始めた。
「……実は、俺には特別なスキルがあるみたいなんだ」
俺は、このスキルのことをわかっている限りすべて話した。
スキルの内容や発動条件のこと、これはどうやら〈勇者〉特有の物であること、俺自身の〈JOB〉も〈SKILL〉も、元々ゲームにはなかったはずのものであること――わかる限り、すべてを。
「んぐんぐ……。I think……その〈ロード〉ってやつは、バトル中も使えないなら、あんまり意味ないな」
リアムは大きなステーキを食べながら言った。
確かにそうなんだよな。
実際、この世界に来てからお試しで 〈ロード〉を使ってみたくらいで、あとは全然使っていない。あまり使いどころのないスキルなのかもしれない。
「でも、不思議なのです。すべてが〈セーブ〉したところまでリセットされるなんて……」
「記憶も行動も、全部きれいにリセットされる……みたいだ。リセットされたあと、俺以外のみんなは基本的にリセット前と同じ行動や発言をしているんだ」
「Resetされたとしても、サーバーにはAction historyが残っていて、オラたちはForciblyに動くようにプログラムされてる……とか?」
リアムが珍しく賢そうなことを言っているが、残念ながら俺の頭に全く入ってこなかった。
「勇者様がリセットした地点までの行動履歴が残っていて、特に何かしらの干渉がない限りは無意識に、無自覚に行動履歴どおりに動く――という推論なのですね」
「なるほど! ありがとう、マキ! 半分くらいは理解したぜ!」
日本語すら100パーセント理解できない俺であった。
しかし結局、今話しているのは全部机上の空論だ。
何が真実かなんてわからない。
「Anyway……ユータがそんなSKILLを……? それに〈勇者〉ってのもそうだ! オラのほうが〈勇者〉にフサワシイってやつだ!」
「リアムさんは、今の〈格闘家〉がすごく似合っているのですよ」
「Thank you〜」
リアムは頭をかいて照れていた。単純な奴である。
しかし、なぜ俺がそんな〈勇者〉なんてモン背負わられることになっちまったんだ。
偶然選ばれたのが俺ってだけなのか、それとも別に何か理由があるのか……。
「森の中で襲ってきたあの女の人のことも気になるのです。あんなキャラクター、このゲームにはいないはずなのです。それと、勇者を狙っているように感じたのです……」
そうだ。理由は不明だが、〈勇者〉である俺な執着していた。最後に現れた、あの狼男もそうだ。
「とにかく進まないことには何もわからない……よな」
二人は頷いた。
「Heyユータ。ダイタイのことはわかった。話がズレるかもだけど、ひとつシツモンしたい」
リアムはジュースを飲み切ると、こう聞く。
「ユータが『Game over』なったら〈セーブ〉した場所まで戻る。なら、オラたちがユータより先に『Game over』したら?」
言われて、森の中のことが脳裏をよぎった。戦った末に、動かなくなったマキとリアムの姿が。
だけど、二人はそんな記憶すらもない。
二人は、不安そうに俺を見つめていた。
ごまかすなんてことをしても意味ないだろう。俺は、正直に伝えることにした。
「――二回目の森の中で、俺は二人がアイツらにやられるのを見た。……そのあとも、ただじっと地面の上で動かないままだった。生気が失われて……魂が消えていくのが、見て感じ取れた」
二人の表情が曇り出す。
「あのタコ足の女が……ハンドレディっていう奴が、言っていた。『この世は死んだら終わり』だって」
マキの震える息の音が言葉のすきまに入り込む。
「……勇者様。それは、ゲームオーバーになったら……この世界で死んでしまったら、ゲームのように、簡単に生き返ったりしない、ということなのですね――勇者様以外は」
マキは、念を押すように言った。
リアムの表情には、怒りと困惑の色が滲み出ている。
「生き返れない……ってことは、Realのオラたちはどうなるんだ?」
リアムの声には焦りと恐怖がこもっていた。
「……ゲームオーバーになったら、現実世界の俺たちの意識は覚醒して問題なし……だったらよかったが……」
しかし、二人は今もなお、ゲームの世界から抜け出せず、目の前にいる。
「今、こうしてリアムもマキもここにいるだろ。……つまり、ゲームオーバーしたら、二度と目覚めないんだと、思う」
「――Are you freaking kidding me!?」
リアムはテーブルを強く叩いて立ち上がった。
「おい、一応ほかにも人がいるんだからさ、静かにしろって……!」
「ユータは死んだら生き返れる! オラたちは、死んだら、死んだままか!?」
リアムは物凄い剣幕で見下ろし、睨みつける。
「もしユータが、オラが死んだあと〈セーブ〉したらそのあとはどうなる? オラは死体のままで、時間だけススムのか!?」
そう言われて胸が詰まった――俺は、そこまで考えたことなかった。
「 ――でも! 俺はお前を死んだまま残したりなんて絶対しない!」
「会ったばかりのYouを信じろって!?」
「そうだよ!!」
俺の声が木霊し、辺りがしん……と静まり返った。
「現実世界の俺らが今死んでるなんてこと、ないと思う……だって、一度ゲームオーバーしたマキも、リアムも今こうして俺と話してるじゃないか。現実世界で死んでいたら、ここでも意識があるわけがないんだから。だからこそ、今は魔王を倒すことを目標に進もう。魔王を倒せば、みんな生きて現実世界へ戻れるんだ」
「……ゼッタイ、じゃない」
リアムの言葉に対し、俺は何も言い返せなかった。
リアムが戸惑い、怒るのも当然だ。
ただゲームを楽しみに、この世界に入ってきただけなのに、まさか本当に自分の命と現実の命がリンクしているかもしれない状況に陥るなんて。
だからと言って、この世界で永遠にのんびりとしているわけにもいかない。現実世界の俺らも、ただ寝転がっているだけでは、いつか死んでしまう。
現実世界の様子が見れない以上、ゲーム世界にいる俺らはやれることをやるしかない。
何もしないでここにいるわけにはいかないんだ。
「お前の気持ちはわかる。簡単にやり直せる俺に言われても腹立つかもしれないけど……。俺だって、死ぬ瞬間を味わってきた。苦しくて、痛くて、泣きたくて堪らなかった。こんな短い間だけでも、それを何度も経験したんだ。死ぬのが怖いって気持ちは、痛いほどわかる」
リアムは黙ったまま、ただ俺を見下ろしている。
「俺はさ、リアムも……マキも仲間だと本気で思ってるよ。そんな仲間を死んだまま放置して進むなんてこと、絶対にしない。できるわけねぇよ。だからさ、信じてくれ」
――これだけは言いたくなかったが、こうなってしまった以上は、しかたない。
「……もし、それでも俺といっしょにいるのが無理ってんなら、ここでさよならだ。仲間は解消。お前は、俺が魔王を倒すまで、安全な場所で待ってろ」
そう言うと、リアムの瞳は揺れた。
歯を食いしばり、目を伏せてしまう。
「――リアムさん。わたしは、それでも勇者様を信じてついていくのです」
俺たちのやり取りを見てたマキは、俺の隣に立って言った。
「勇者様は何度でも助けてくれたのです。わたしのことも、リアムさんのことだって。……わたしたちが全員生き残るまで、生きて森の中を抜けるまで、勇者様は何度でも繰り返してくれたはずなのです!」
――マキ。
「わたしは勇者様を信じるのです。ともに冒険へ出るのです。リアムさんは、死ぬくらいでビビるような、そのくらいの気持ちで仲間になりたいと言ってきたのですか!?」
リアムは顔を上げた。
「……それに、勇者様のほうがよっぽど辛い立場なのです。〈勇者〉に選ばれて、みんなの命を背負うことになって」
マキは懸命に訴えつづける。
「勇者様だって、不安なのです、怖いのです、痛いのです。勇者様だけ、ずっと記憶があるのですから。痛みの記憶も、辛い記憶も――毎回リセットされるわたしたちより、よっぽど大変な思いをしているのです! それでも、わたしたちを置いていきはしなかったのです。だって今、ここに、わたしたちがいるのですから!」
マキの言葉に、胸を打たれっぱなしだった。
どうしてマキはそんなに俺のことをそんなに信じてくれるんだろう。こうして信頼を向けてくれるのが、何よりもうれしいし、心強い。
「わたしは、魔王を倒すのです。そのために、勇者様と――」
「All right!!」
リアムはマキの言葉を制した。
「……All right……オラが悪かったよ。そーだよな、ユータは、そんなことしないな」
リアムはふーっと息を吐き、右手を差し出した。
「こんなオラだけど、よろしくおねがいします」
俺はしばらくリアムを見つめてしまっていた。
「……Good grief! オラはもう嫌か?」
俺は首を横に振り、リアムの手を握り返した。
「――ああ。こっちこそ、よろしく頼むぜ、リアム!」
横から、マキも笑って俺らの手を握った。
「これからも、何度だって冒険に出てやるのです!」
そうだ。マキの言うとおりだ。
俺は何度だって繰り返す。元のゲームの世界を取り戻すまで、何回も、何度でも抗いつづける。
――待ってろよ、魔王!
「よし、改めて、冒険の旅に出発だ!」
「はいなのです!」
「OK!」
俺たちは息を合わせ、
「「エイ、エイ……」」
オー! ……と言おうとしたら、リアムだけポカンとした顔をしていた。突然何が起きたと言わんばかりの、ついていけていない表情だ。
――あ、そっか。アメリカには、こういうのないのかな?
「えっとな。なんか気合い入れるぞ! って時は、昔から『エイエイオー!』って言うもんなんだよ。オーの時はこうやって腕を上げてな」
俺が説明すると、リアムは「I see……面白いな!」と理解してくれたようだ。
「じゃ、もう一度」
俺はそう言い、右手の甲を上にして見せた。続いて、マキもその手の上に右手を重ね、リアムも見よう見まねで手を重ねた。
「――ここからまた、冒険の出発だぜ!」
三人の笑顔が重なった。
「「「エイ、エイ、オー!!!」」」




