第9話・その計画でいくと心に決めていたのに
〈ヨシワラトウゲンキョウ〉へ訪れたわたしたちは、花魁道中をみんなと見ていたのです。
あんまりここは好きじゃないのです。だって……勇者様ったら、きれいな女の人をみて鼻を伸ばしてばかりなのです。
鷹尾太夫さんは、さすが恋情も扱う商売をしているだけあって、この時点で勇者様の匂いに勘づいているようでしたが……見過ごしてくれたのです。鷹尾太夫さんは大人なのです。一瞬で匂いを見分けてしまうのですから。
それに対して、紫さんったらお子ちゃまなのです。まあ、男勝りな感じがしますからね。
この地ではまず、勇者様の限界がきて倒れてしまうのです。また頼りにするのは癪なのですが、教会へ行ってメアナさんに治してもらうのですよ。
メアナさんがあの日、わたしから権限を奪い、勇者様に〈SKILL〉を授けた日。まさか本来持っていたもうひとつの設定を思い出したかと思いましたが……そうではなかった。
しかし、ひとつだけ学んだのは、いくら記憶を消そうとも、本能的に自分の使命は覚えているものだということ。
よりにもよって、わたしの持っていた〈時間〉という権限を奪われるとは、わたしも油断していたのです。
その上、メアナさんは『この世界を救って』だと言うなんて。
…………。
……でも、みんな、この世界から出ないといけないですもんね。
そのためには、まずは魔王を倒さないと。
魔王を倒すという目的は――わたしも同じなのです。
魔王を倒して、この世界を閉じ込める犯人が消えたことになれば、もう誰も探そうとしない。
しかたないねって、これからも、みんなとゲームの世界にいるのです。
――ああ。その計画でいくと心に決めていたのに。
真っ直ぐに語るメアナさんを見ていたら、どうしようもなく心が揺れ動く。
こんな人の言葉に、どうして、今更こんな……。
わたしはそんな自分に耐えられなくなり、ふと言葉を洩らすのです。
「……身勝手、なのです」
――と。
「……身勝手極まりないのです。どうして、こんなことに……」
一度口に出してしまったら、次の言葉も簡単に吐き出されてしまったのです。
わたしは、すぐに堅く唇を閉じました。
こんな言葉が出てしまったのは、初めてでした。
……やはり、最後の冒険というのが、無意識にわたしの心を締めつけているのかもしれません。
そんな重く苦しい教会を出て、そのあとはわたしの提案によりテオドロス王女におこづかいをもらいに行ったのです。
ふふ。前に、勇者様も使っていた方法なのです。
それにわたしはしっかりと確認したかった――テオドロス王女が、真に何を望んでいるのかを。
それは予想どおり、テオドロス王女は世界を元に戻すことを望んでいた。
わたしの邪魔をする敵……ですが、大した力もなさそうなのです。とりあえず言わせておくのですよ。
プログラムを介し、勇者様以外の意識を落としたみたいですが、甘いのです。わたしは、あなたの介入なんて許さない。不自然がられるので、寝たフリはしといてやるのですけれど。
わたしたちはニードル王宮をあとにし、再び〈ユウカクガイ〉へと訪れました。
そのあとは色々ありましたけれど、勇者様の着物姿を見れて楽しかったのです。
あとは山場を越えるだけ――だったのですが。
「本当の本当に、最終手段に取っておいてよかったわ。まさかここまで追い詰められるとは思わなかったもの」
鷹尾太夫さんの身体に乗り移り、死を回避したハンドレディ。
まさか、と思ったのです。
ハンドレディは、矢の一斉攻撃を受けてやられるはずだったのに。
ここへきて、隠し玉を用意していたなんて。
魔王の入れ知恵なのでしょうか……。本当に、めんどうなことをしてくれるのです。
わたしは考えていました。
ここから最善の道はないか。不幸にも、このままゲームオーバーして、またやり直すとするか。
「アタシを殺せばよいのに! それもできないなんて弱虫ね!」
――しかし、やり直したところで、この結果は変わらない。
「やった! これでアタシの勝ち――」
――ただわたしは、このまま勇者様がクナイで刺されるところを、見届けるしか……。
そう思い、静かに目を閉じたときでした。
「……させないなんし。自分の落とし前は、自分でつけるなんし」
ハンドレディではない、それは確かな、鷹尾太夫の意志を持った声だったのです。
わたしは目を開けると、鷹尾太夫は必死にクナイを振り下ろす手を止めていました。
鷹尾太夫はハンドレディと戦いながら、今までのことを話してくれました。
――あなたも、ただの〈NPC〉のはずなのに。
みんな、みんな戦いはじめている。
この狂った世界に、対抗しようと立ち上がっている。
みんな、みんな踊らされているだけなのに――わたしの望むエンディングへとつづく、レールの上を。
「わっちが死ねば、中にいる魔女の子もいっしょに死ぬ。ならば、わっちはここで素直に受け入れるざんすよ」
そう言って、鷹尾太夫はいよいよ自分の喉元に刃を立てたのです。
「――ありがとうござりいす、勇者。わっちの子供たちを救ってくれて。この国を守ってくれて」
鷹尾太夫は話し終えると、そのクナイを自分の喉に――。
「――ふざけんなっ!!」
気づけば、わたしは鷹尾太夫の手を握り締め、叫んでいました。
「勇者様は! みんなを救うために、誰も死なせないために、今まで何回も戦ってきたんだ!! それを、アンタが勝手に踏みにじるな!!」
何をやってしまっているのでしょう……と頭では理解していても、〈心〉が、わたしの口を塞いではくれない。むしろ、その上クナイを奪い取ろうと、手先に力が入る始末なのです。
「勇者様が今まで守ってきたものを、簡単に壊すな!! 終わらせるな!! わたしは、こんなの絶対認めない!!!」
世界を狂わせた元凶が何を偉そうに――と頭の中で冷静に吐き捨てながら、わたしは鷹尾太夫さんの手から、クナイを奪い取ったのです。
「返すなんし! わっちもいつまでも魔女の子を抑えられない! 早く、ここで決着をつけないと!」
鷹尾太夫さんはクナイに手を伸ばしますが、わたしはその手を振り払い、
「ダメなのです! だってまだ……まだ、諦めるわけにはいかないのですから!!!」
と、声を上げながら、わたしは夢中でクナイを投げ捨てたのです。それはそのまま、そばにあった庭園の池の中に落ちたのです。
――何やってるんだ、わたし。
そう思い、わたしは顔を上げました。
視線の先にいたのは、ハンドレディに召喚され、ひとり佇む――〈エキドナ〉。
――少々強引ですけれど、あんなセリフを言ってしまったのです。やるしか、ない。
わたしは瞬時に意識をエキドナさんへと入り込ませました。
わたしはエキドナを操作し、エキドナを通じて鷹尾太夫を掴みあげました。
『――彼女の魂からの叫び、実に楽しませてもらった。心が、動かされた』
自作自演で恥ずかしいですが、このくらいは言ってやらないとですね。
『不本意に支配下に置かれ、私も非常に不服だったところだ。これは、解放してくれたせめてもの礼だ』
あとはうまいこと、ハンドレディの魂と鷹尾太夫さん魂を分離させるだけなのです。
「なっ、何なのよ! 動いたと思ったら、アタシの言うこと聞かないし……!」
ハンドレディ、暴れないでほしいのです。すぐに楽にしてやるのですから。
果たして、わたしはエキドナを介して、魂の分離に成功しました。
初めての試みでしたが、上手くいってよかったのです。
こうして、ようやく戦いも終わり、この地でのやるべきことは終わったのでした。
次へ向かう地では――。
「勇者様を、どう説得させようか……」
戦闘によって破壊された甪海豚楼を掃除しながら、わたしは、ひとり呟いていました。




