第3話・わたしは、あなたをここから逃がさない
「あの、すみません! わ、わたしと、パーティーを組みませんか?」
〈紫苑街〉を出た森の中――そこで彼を見つけ、わたしはそうお誘いをしました。
今になって思えば、わたしはなんて突拍子もないお誘いの仕方だったのでしょうと思うのですけれど。
彼は戸惑いながらも、優しくこう言いました。
「えっと……俺と組んでも、あんまり得しないと思うけど……いいのか?」
わたしは、大きく首を左右に振って、迷惑じゃなければいっしょに組んでほしいと伝えたのです。それだけ、わたしは彼のことが気になっていました。彼のことを――もっと知りたかった。
あまりに懇願するわたしに、彼は笑って承諾してくれました。うれしくて、胸が高鳴ったのをよく覚えているのです。
「……そんなに言うなら。パーティーを組んでみるのも悪くないかもしれねぇし。俺はユータ。アンタは?」
「わたしはっ――」
そこまで言って、言葉に詰まりました。
わたしの名前……名前なんてないのです。わたしはただの、〈アーロン村〉の村娘なのです。
焦ったわたしはあることを思い出しましたのです。自身のプログラムを弄ったときに知った、ある名前を。
わたしは、その名前を名乗ることにしたのです。
「……わたしは、鳳来舞伎といいます」
――鳳来舞伎。それは、村娘というキャラクターの声を当てている人物だった。
わたしのほかにも、いくつかの声を当てているらしいのです。どうやら、わたしの声を作り上げているのは、また別の世界に存在する人がやっているらしいのですよ。
不思議なのです。わたしはわたしで、できていないのですから。
「鳳来さんか。……って、一応なんスけど、それまさか本名言っていたりしないですよね?」
本名? わたしに本名なんてないのです。でも、これからこれが、わたしの名前になるのなら。
わたしは頷くと、彼は少し厳しい顔つきになったのです。
「ダメですよ。迂闊に本名なんて喋っちゃ。もしかしたら、こういうネットゲーム初めてかもしれないけどさ。……普通は本名を隠すか、表記を変えるかするもんだぜ? 俺もそうしているし」
そう叱る彼。わたしはそんな〈プレイヤー〉の常識を知らず、ただ不安になりながら聞いていたのです。これがきっかけで、わたしの正体はバレたりしないですよね……と。
彼はわたしのそんな表情を見たのでしょう。彼は笑顔を浮かべて、わたしにこう教えてくれました。
「――俺は、神風勇太ってんだ」
いきなり教わった〈本名〉に、わたしはたじろぎました。
「……これでおあいこだな」
わたしはそこで、改めて気づいたのです。
彼は、本当に優しい人なのだと。
「早く名前、変えたほうがいいぜ。世の中悪い奴はいっぱいいるからな」
彼のアドバイスを受けて、わたしは名前を変えることにした――変えるといっても、〈鳳来舞伎〉から〈マキ〉へ変えただけなのですけれど。
「ユータさん、でいいですかね……? これから、よろしくお願いしますなのです」
恐る恐る彼の名前を口にしながら言ったのです。すごくドキドキしたのです。
「ああ! よろしくな、マキ!」
――マキ。
わたしは初めて誰かに名前を呼ばれて、気恥しさとうれしさが混じったものが、胸いっぱいに広がったのです。
――ああ。わたし、もうひとりじゃない。
それから、わたしとユータさんとの交流が始まりました。
ユータさんはよく『縛りゲー』というのをするそうで、いつも 〈剣士〉 の初期装備でいるのも、それが理由だそうなのです。
よくわからないのですが、ユータさんが楽しそうならそれでいいのです。
ユータさんはゲームが上手で、動き慣れないわたしによく教えてくれました。色んな場所へも行きました。ギルドのクエストを受けて、レアアイテム入手を目指したり、時には、いっしょに食事を楽しんだりもしたのです。
そんな日々は、すごく楽しかった。
いつまでもこの日々がつづけばいいと思っていたのです。
そんなある日のことでした。
いつものように彼と遊んだあと、青空の広がる草原にふたり座り、遠くの〈ニードル王宮〉を眺めながら休憩をとっていたときなのです。
「俺さ、来週から出張なんだよね」
ふと、ユータさんはそんなことを言いました。
「しゅっ……ちょう?」
それが、何かわかりませんでした。
「ああ。北海道までだってよ。なーんでわざわざ東京から寒いところいかなくちゃなんねぇんだって感じだぜ」
――北海道? 東京……?
知らない言葉に、わたしは何も答えることができないのです。
それは場所……なのですかね? ……そうだ、〈プレイヤー〉さんは、外部世界からここへくるんでした。きっと外部世界の国のことを指しているに違いないのです。
ユータさんは 〈東京〉 からこの世界に来ているようですが……もし〈北海道〉へ行ってしまったら?
「それって……もう、ここへ来れなくなるのですか?」
どうか否定してほしい……そう思いながら、わたしは聞いたのです。
だけど、彼の答えは。
「パソコン持っていくわけにはいかないからなぁ。ま、出張は1カ月くらいだからさ。また戻ってきたらバリバリプレイしてやるぜ」
彼はそう言うと、ふと思い改まった表情を浮かべたのです。
「……でもさ、俺らって、いつまでゲームやってるんだろうな」
「それはずっとなのですよ! もっとたくさんの世界を回って、ユータさんとも、もっと遊びたいのです!」
わたしがそう答えると、彼は優しく微笑んでくれました。
「だけどさ、マキだってそのうち彼氏ができて……もしかしたら家庭を持つかもしれない。そうなったら、この世界からは離れていくだろう」
「か、家庭を持つだなんて……。わたしなんて、彼氏すらいないのですよ」
――それ以前に、わたしは歳をとることだってない。自分の家庭を持つだなんて、永遠に来ない未来の話だ。わたしは、ずっと子供のままなのですから。
……なんて、口に出して彼には伝えませんけれど。
「俺もさ、そうなる日が来んのかな〜……なんて。……っていっても、彼女すらいないんだけどさ」
彼は乾いた笑いをし、「北海道へ行ったら奥さん候補と出会えちゃうかなー」なんて話していました。
わたしは、その言葉をどうしても聞き流せなくて。
「……くない」
「……どうした?」
「〈北海道〉なんかに、行ってほしくないのです……」
ワガママを、言ってしまった。
彼はそんなわたしを面倒だと思わずに、「……一カ月したら、また帰ってくるからさ」と、頭を撫でてくれました。
でも、わたしはどうしても行ってほしくなくて。
行ってしまったら、この時間は二度と訪れてくれなさそうで。
――だから、わたしは。
彼と別れ、急いで〈裏教会〉へと侵入した。
彼が現実世界へ帰ってしまう前に。
彼と、ずっとここにいられるように。
プログラムを支配したわたしは、今度は〈時間〉という概念を書き換えはじめた。
時間が進まなければ、彼は〈北海道〉へ行くことはない。
しかし、時を完全に制止することはできなかった。いくらやろうとしても、緩やかに時は刻まれていく。
悩んだ末、わたしはひとつ名案を思いついたのです――時間を巻き戻せば、彼とまた楽しく遊んでいられる、と。
そうなのです。そして、彼にもう一度伝えよう、〈北海道〉へなんか行かないで、と。
ずっとわたしといっしょにいてほしい、と。
その選択をするまで――わたしは、あなたをここから逃がさない。
今になって振り返れば、この瞬間こそが、魔女と呼ばれる者の誕生だったのです。




