第1話・わたしは名前のない、ただの〈村娘〉だった
――わたしは名前のない、ただの〈村娘〉だった。
日本初の超巨大没入型ゲーム――〈Inside Alive Quest〉。
そのゲームは人気を博し、少しずつ〈プレイヤー〉さんは増えていったのでした。
そんなゲームの舞台のひとつ、西の国・〈アンノウンダイチ〉。
その中の中心地といえる〈紫苑街〉の少し外れに、とある村があったのです。
村の名前は、〈アーロン村〉。わたしは、村の中にあるいくつかの家の中のひとつに住んでいるのです。
とある日、わたしは〈紫苑街〉までおつかいへ行ったのです。しかし、その道中でわたしは悪い人三人組に襲われてしまうのでした。
――そう、ここまでが、決められたわたしの設定なのです。
わたしはそんな名前のない村娘…… 〈N P C〉 なのでした。
セミロングの黒髪、弱々しそうな丸い茶色の瞳、その上紺色のワンピースを着た、目立たず、冴えない少女がそこにいたのでした。
そんなわたしは、毎回三人組に襲われて、〈プレイヤー〉さんに助けてもらって、お礼としてひとつ回復アイテムを渡してあげるのです。
ですが、そのお礼の品はどこのお店にも安く売られているような価値のないアイテム。ゲームリリース直後こそ、初心者プレイヤーさんはわたしのことを助けてくれたのですが、もう一度助けてくれることはありませんでた。
次第に、ゲームの効率的な攻略法が出回るようになったらしく、初心者プレイヤーさんでさえ、わたしのことを見過ごすようになったのです。
別に、辛くも悲しくもないのです。だって、そういう役だから。それに、そのときはまだ〈心〉なんて知らないのです。ただ機械的に役をこなすだけなのですよ。
そんなときだったのです。たった一人だけ、わたしのことを毎回助けてくれる人がいたのです。
赤いマントに、腰に携えられた木の剣。小さな穴が空いているボロボロな靴。
そんな〈剣士〉の初期装備を身にまとった青年は、何度もわたしのことを救ってくれました。
「助けてくれてどうもありがとうございますなのです! お礼に、ウチの回復薬をどうぞなのです!」
何度も助けてくれる青年に、わたしは何度も決められた同じセリフを伝えていたのです。
いつからか、突然思うようになったのです。
こんなこと、今までなかったのに。わたしが何かを感じるなんてこと、なかったのに。
ふと、「この人は、なんでいつもこんなわたしのことを助けてくれるんだろう?」って、思ってしまったのです。
そう疑問を持ってしまったら、止められなかった。
今思えば、この瞬間がゲームのエラーが起きたときなのでしょう。
わたしは、そんな青年に疑問を打ち明けてしまった。
〈NPC〉が、〈プレイヤー〉に例外なセリフを語りかけるという、禁断を犯してしまったのです。
「……あの」
いつもどおり助けてもらって、同じお礼を述べたあと、立ち去ろうとする青年の背中に問いかけたのです。
「……どうして、わたしのこと、いつも助けてくれるのです?」
青年は振り向いて、笑顔で答えるのです。
「女の子が傷つけられているのは、放っておけないだろ?」
その瞬間、全身に電流が流れたみたいに震えたのです。
胸の奥がジンジンと熱くなって、とめどない言語化のしようのないモノがあふれ出て……。
ずいぶんとあとから、ソラちゃんという小学生の少女から教えてもらいましたが、これは〈恋〉と呼ぶものらしいのです。
「……あの。あなたの名前を聞いてもよいですか」
一介の 〈NPC〉 が名前を聞くなんて、気味悪がられるでしょうか……と思いましたが、青年は嫌な顔ひとつせず、教えてくれました。
「ユータだ。よろしくな!」
青年は――ユータは答えると、またどこかへ行ってしまったのです。
「……ユータ、か」
これが、わたしと勇者様との出会いでした。
わたしはこのとき、あることを決意したのです。
それが、このあと様々な歯車を狂わせていくものだとは知らずに。




