第16話・……ボロ、出しちまったな
――はじまりは、ここだったな。
俺は川辺で腰を下ろした。
自然に囲まれた、静かで穏やかな場所。
俺は最初、ここで目を覚まし、自身が勇者だと気づいたんだ。
そして、この先にいる男三人組にボコボコにされて、戻ってきたりもしたっけな。
「…………」
川の水面に映る自分の顔を見る。冴えない男の顔がそこには映っていた。
まったく、これのどこがいいんだか。
そのとき、背後からカサカサと葉の揺れる音がした。
「勇者様、ここにいたのですね」
振り向けば、マキがいた。
俺は立ち上がり、マキと向かい合う。
「ああ。なんか、ここへひとり来てみたくなってさ」
「そう……だったのですね」
風が、俺らの間を流れていく。
「勇者様。その、残念でしたね。魔王を倒したのに、こんな結果になってしまって」
「ああ。一体、AIはどこにいるんだろうな」
「……勇者様。もう、犯人探しはやめませんか? きっと見つからないのです。またAIさんを倒しに行っても、勇者様が傷つくだけなのです。だったら、わたしたちといっしょに……いっそのこと、この世界で暮らしつづけるのはどうですか? わたしは……帰れなくたって、いいですから……」
マキはそう言ってくれた。
だけど、やっぱり〈プレイヤー〉は、永遠にここにいるべきじゃない。
『ゲームオーバー=死』という現実もなくなった今、もしかしたら、半永久的に、老いも知らずに現実離れしたこの世界で暮らしていけるかもしれない。でも、それは不確かな未来で。
何よりも、現実世界へ帰りたいと望む〈プレイヤー〉は多くいる。
「悪いな、マキ。……俺は帰るよ。必ず、みんなと戻るんだ。絶対に、戻る方法を探すんだ――振り出しに、戻ってでも」
俺はそう言って、〈メニュー画面〉を立ち上げた。
メアナさんが教えてくれた秘密のコマンド。〈SKILL〉 の項目を、連続五回タップする、簡単な手順だ。
俺は、早速それを始める。
1……2……。
「勇者様、それは……」
3……4……。
「――あと一回」
……5。
そして現れた――〈リセット〉という〈SKILL〉。
俺はそれを――。
「――押しちゃダメぇ!!」
マキは俺の手を握り、引き止めた。
マキの手は、震えていた。
「……なあ、マキ。なんで止めたんだ?」
「だって、それは〈リセット〉なのです。せったくここまで来たのに……今リセットしたら、世界は……」
マキはそこまで言って、口を噤む。緊張か、それとも焦燥からか――マキはその汗ばんだ手を離した。
「世界は……なんだ? 言ってくれよ」
「…………」
マキはヨロヨロと、数歩後ろへ下がった。
「……マキ。なんで今の行動が、〈リセット〉の手順だってわかったんだ?」
俺はさらに問うた。
「それは……ほ、ほら、メアナさんから聞いたじゃないですか」
マキは目を泳がせながら話している。
「俺はメアナさんからメモを受け取っただけだ。話を聞いたわけじゃない、メモの中身を知っているのは、俺だけのはずなんだ」
「……渡されてるとき……メモがちらっと見えたのです」
マキは目を合わせてくれない。ただ、その場しのぎの理由を並べているようにしか見えなかった。
「……マキ」
俺は、突きつけるひと言を放つ。
「――そもそも、教会での出来事は覚えているわけないんだよ。だって、あの日教会を出たあと、俺はゲームオーバーして、教会へ行く前の茶屋へ戻って来ているんだから」
言っておくけど、俺は教会へ行った話は、みんなにしていない、と最後にそう付け加えた。
マキはずっと俯いまま、不安げに胸の前で指をクルクルと動かしていた――だが、突然スっと腕を下ろし、ゆっくりとその顔を上げた。
マキの両目は――赤く、赤く光っていた。
「……ボロ、出しちまったな」
ずっと思っていた。
この騒動の原因は魔王なんかじゃなくて――マキなんじゃないかって。
同じ〈プレイヤー〉なのに、そんなことはないと思い直したりしたけど。
でも、今のやり取りで、疑惑は確信となった。
「……今から、エンディングへ向かわせてもらうぞ、魔王――いや、魔女」
魔女は、ニッと口角を吊り上げた。




