第11話・この匂いは魔女の匂いであり、そして、そうではない匂いがするでありんすよ
「ユータ! オラが今助ける!!」
そんなリアムの必死な叫びが耳に飛び込み、俺は目を開けた。
ボーッとした頭を持ち直し、あたりを見回す……って嘘だろ!?
俺は、なぜかわからんが夜空の中だった。
真下には、光り輝く和風な街並みが広がっている。
ここは――〈ヨシワラトウゲンキョウ〉!
と、理解したはいいものの、それよりも大きな問題があった。
「……っ、落ちる!!」
俺の身体は物理法則に従って、落下を始めた。瓦の屋根との距離がどんどんと縮まっていく。あんなのにぶつかったら、ひとたまりもない!
直後、固くも柔らかい不思議な衝撃を受けた。
「You're alive !!」
次に見えたのが、歯を見せて笑うリアム。
「サンキューだぜ、リアム! ……ん? あれ、もしかしてこの状況……お姫様だっこってやつ?」
助かったはいいが、急に気恥しさを覚えた。
……どうして俺はいつもお姫様だっこされる側なんだ。
リアムは『お姫様だっこ』という単語を聞くや、複雑な表情を浮かべた。
「どうしたんだよ?」
「……初めてするお姫様だっこは、テオドロス王女がよかったなって……」
「……悪かったな、お前のバージン奪っちまって」
相当ショックだったのか、リアムの日本語が今までで一番流暢だった。
そんなことよりも、戦闘に集中だ。
屋根から見下ろした位置、建物の建ち並ぶ場所で、魔王と二人――マキとケンが対峙していた。
魔王は時折俺に視線をやるが、マキとケンの攻撃にやや手間取っている様子。
魔王も疲労を感じているのか、少しずつだが動きの精度が落ちているように思えた。
――だが。
「リアム! 後ろ!」
地面から突然飛び出したのは、ハンドレディがよく使役していたモンスター〈グランドスネイク〉。
自身の手が塞がろうとも、手下を足代わりに突撃させる余裕はあるようだ。
リアムは俺を抱えたまま走り抜けてくれたおかげで、グランドスネイクの下敷きにならずに済んだ。
グランドスネイクはそのまま何もない屋根に激突。屋根の上で、もそもそと動いている。
俺はいい加減リアムの腕から降り、再び剣を構えた。
「リアム、ここのモンスターは任せた。俺は魔王の首を取る!」
「OK!」
俺は屋根の上を走り、魔王の元へ急ぐ。グランドスネイクはそんな俺を追おうと身体を持ち上げたが、すぐさまリアムが牽制し、動きを止めた。
「いいのか! 我のモンスターはハンドレディのとはひと味違うぞ! 仲間をひとり残して平気なのか!」
「リアムはあんなのにやられやしねぇよ! お前こそ、そんなこと言って、本音はキツイんじゃねぇか!?」
屋根から飛び降り、魔王に向けて剣を振り下ろす。やはり一発で攻撃はとおるわけはなく、あっさりと魔王に防がれてしまう。
――だが、隙は生まれた。
「〈ロックダン〉!」
「〈フロージャ〉!」
ケンの魔法弾とマキの魔法呪文が同時に放たれ、どちらも氷属性であるそれは、魔王の足元を凍りつかせた。
「さすがに二人分の魔法攻撃となると、効果を受けちまうみたいだな!」
「ふん、こんなのすぐに――!」
魔王は言うが、やはり動きは取れないようだ。
俺は力いっぱい剣を押し込み、魔王の肩に傷を入れる。
魔王は一瞬顔を歪め、冷や汗を浮かべながらも口角を上げて見せた。
「……本当に、魔王というのは辛い役目だよ」
魔王の視線は二人へと移る。そして、
「〈ホムラマ〉!」
と、呪文を唱えた。
魔王の手から、炎が二人に向かって放たれる。
――ダメだ! あんなの食らったら、二人がゲームオーバーになっちまう!
俺は剣を引き抜き、二人を守ろうと炎の前に立った。
守り切れた――なんてわからない。
炎が晴れると、そこに二人の姿も、リアムも、魔王もおらず、〈ユウカクガイ〉唯一の遊郭――甪海豚楼の、その中でも選ばれた者しか入れない、最上階の一室に俺はいたからだ。
ここは記憶の中だ――どうやらまた、さっきの一撃でゲームオーバーしてしまったらしい、
開け放たれた襖の奥には、手に縄をかけられた勇者一行と、そのすぐ後ろで監視する紫さん、そして、勇太を敬遠して見つめる鷹尾太夫がいた。
『勇者御一行様。ようこそ我が国に足を運んでくれたなんし。……ただ、無銭でこの遊郭に忍び込まれるのは――』
『ごめんなさいなのです!』
鷹尾太夫の話を遮ったマキの謝罪を皮切りに、ほかの三人も次々と口を開いた。
『僕らもお金がなかった。だから、侵入がよいと思ったのだ』
『ユータ、ノリノリだった!』
『リアム! 余計なこと言うんじゃねぇ!』
『うるさい! 男ども! 鷹尾太夫の許可なく口を開くな!』
紫さんは、男三人にひとりずつ拳骨を落とした。
『……マキから言いはじめてたのに』
涙目になりながら、勇太はそんなことを呟いた。情けない。
マキはクスクスと笑っていた。
『……まあ、今回のことは許すでありんす。そんなことよりも、勇者にはこの国を救っていただきたいのでありんす』
鷹尾太夫は語りはじめようとしたとき、紫さんは『ひとつ、言わせてください』と、一歩前へ出た。
『……鷹尾太夫。今一度お考え直しくださいませんか。もしかしたら、コイツらは自分らのことを『勇者一行』などと偽っているだけかもしれません。だって、この男からは……』
紫さんは言って、勇太を見下ろした。
……魔女の匂い、か。
鷹尾太夫は微笑むと、紫さんを見て言う。
『……確かに、この勇者は、勇者らしからぬ匂いを発しているざんす。だけれど、この匂いは魔女の匂いであり、そして、そうではない匂いがするでありんすよ』
――そうではない匂い?
俺は、鷹尾太夫の言葉の続きを待つ。
『魔女の匂いはするでありんすが、これは悪いものではないでありんす。きっと、紫にもわかる日が来るでありんすよ』
『……?』
紫さんは首を傾げていた。俺だってわからない。
鷹尾太夫はなんだか楽しそうに笑っていた。
その笑顔を最後に、バチッと脳内で何かが弾けたような感覚が起き、視界は瞬時にブラックアウトした。
しかし、それも一瞬のことで、次に視界が広がったときは、一面雪原が広がっていた。
どうやら生き返ってきたらしい。次の舞台は〈シロケシキノチ〉 ……か。
「勇者様! 避けてなのです〜!」
マキの声がしたので横を見てみれば、もう目の前にまで、マキの顔が迫ってきていた。




