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第9話・……お前の意思はねぇのかよ!!

「余興は終わりだ。やっと、ここから本編が始まる」


 目の前にいるのは少女だが、その小さな身体からあふれ出るオーラは、俺たちを軽々と圧倒して見せた。


「こうやって勇者一行(お前ら)と対峙するのは何度目だろうな」


 剣を持つ手が震える。


「その度に我は勝ちつづけ、逃げられ(リセットされ)つづけてきた。だが、それも終わりだ。今回で、ハッキリ決着がつく」


 魔王は俺らを一瞥し、ケンに目を止めた。


「……最初の歪(ゆが)みはお前だったな」


 ケンはやや目を伏せ、俺らは耳を傾ける。


「まさか我の子の中から、自我を持つものが生まれるとは考えていなかった。いくら記憶を消され、一から始まろとも、お前は無意識に疑問を膨らませていっていたのだな。なぜ、我が世界を破壊しようとするのかを」

「…………」

「だから、お前はあるとき裏切ったんだ。勇者側に寝返ったんだ。何回目かのあのとき、勇者をわたしに差し出そうとしたときに思い留まって」


 魔王は右足を軸に回転し、着ている黒のワンピースを翻した。はためく布は魔王を包み隠し、次に姿を見せたときは、服装はワンピースから、黒のスレンダーラインのドレスに変わっており、腰まで流れる長髪に、その頭には、小さなツノをふたつ生やした成人女性へと移り変わっていた。まるで、早着替えでも見ているかのようだ。


 同時に、周りの景色も変わった。


 ――なんだここ。西エリアのスライムの森……。


 俺が状況を飲み込むよりも早く、魔王は動き出していた。

 魔王の右手には炎が錬成されていた。


「――〈ホムラ〉」


 魔王は炎を俺らに向かって投げつけた。

 炎系呪文の中でも最下位のはずだが、その威力は凄まじい。単体攻撃であるはずの〈ホムラ(それ)〉は、あっという間に俺らを炎に包み込もうとする。


「――ねっ、〈ネーロマ〉!」


 マキはすかさず水呪文を唱え、魔王の攻撃に対抗しようとしたが、一瞬で魔法は打ち消され、俺らはダメージを受けた。

 今の一撃だけで、HPは半分以上削られた。だが、まだ立っている。負けてなんかいない!


「大人しく倒れればよいものを。なぜそこまで生かそうとする。何もかもなくなってしまえば、すべて解決じゃないか」


 魔王は天井を見上げ言う――その言葉は、決して俺に投げかけている言葉ではなかった。


 しかし、それを気に留めている場合じゃない。


 俺は剣を構え、〈風切剣(カザキリケン)〉を発動した。

 空気の刃が、魔王に向かって一直線と飛んでいく。


 予想に反して、あっさりと魔王はその攻撃を受けた。


「……ああ、痛い。なあ勇者、現実世界でも、痛みはこんな感じなのか」


 魔王のよくわからない問いに、とりあえず素直に、「現実世界であったら、こんなのただ痛いどころじゃねぇ……だろ」と答えた。


「そうか。やはりこの世界は、別世界なのだな」


 魔王は腕を振り上げた。


「勇者様! 上なのです!」


 マキがいち早く感づき、叫んだ。

 ケンは銃を抜くのが見えた。次の瞬間、俺の視界は真っ白に切り替わった。


 攻撃を受けた……のは間違いない。

 ゲームオーバーしたのか? でも、まだ意識は続いて――。


 そのときだった。


『……お前の意思はねぇのかよ!!』


 俺の声が、場に響き渡った。自分は声を上げていない。しかし、間違いなく自分自身の声だった。


 気づけば、俺はただひとり森の中に立っていた。数メートル離れた先には、ケンに銃を突きつけられる勇太(俺)がいた。


 これは記憶だ――魔王が見てきた、記憶の一部だ。


 今起こっている感覚から、俺はすぐにそう理解した。

 その場の当事者ではない、舞台の観客のような気持ちになっていた。


『魔王のやり方が、本当に正しいと思ってるのかよ! 関係のないマキもリアムも傷つけて、俺から〈SKILL〉を奪って、〈プレイヤー〉をゲームの世界に閉じ込めて!!』


 魔王城内は、いわばゲームの全記録(ログ)を記録しているデータベース……なんだっけ。

 俺は魔王から攻撃を受けた衝撃で、どうやら、いつの日かのセーブデータを覗き込んでしまっているようだ。


『帰る家があるのに、帰れない気持ちがわからねぇのかよ! 家族に会いたい子供の気持ちは、置いてけぼりかよ!』


 記憶の中の俺は叫び切ると、ガクッと項垂れた。


『……言ってもムダか。コンピュータ野郎には通じるはずねぇよな。……はは』


 ケンは銃口をさらに俺の頭に押し当てた。引き金に手をかける。思わず目を瞑った俺だが、銃声が鳴ることはなかった。

 おそるおそる目を開けると、ケンは銃を投げ捨て、地面に膝をついていた。


『……僕だって、こんなことしたくないさ』


 ケンは自分の手を見つめる。


『間違ってると思う……すべてを無に還す、魔王様の目的は。なぜ理由もなく……いや、理由を教えてくれないだけかもしれないが、あんなに躍起になるのかわからない。だが、だからこそ、納得して命令に従うなんてことはできない』


 ケンは両手を上げ、勇太(ゆうた)を見た。


『だけど、僕は魔女の子だ。命令に従うか、勇者に倒されるかの2択しかない。だから勇者――僕を斬れ』


 勇太は顔を上げ、剣を握り振り上げた。

 俺は無駄なことだとわかっていながらも、「やめてくれ!!」と叫んだ。


 その叫びが届いた――というわけでは決してないのだろうが。


 勇太は剣を鞘に戻し、ケンの肩を掴んでこう言う。


『――俺らとパーティーを組め! いいな!』


 ケンは目を丸くし、それから『ありがとう』と感謝を洩らした。


 ――ああ。きっとここからなんだ。

 ここから、俺らとケンは仲間になったんだ。


 その瞬間(とき)、急に身体が引っ張られるような感覚に襲われた。

 周りを見渡す余裕もなく、反射的に目を瞑る。


 ドシン、と尻に衝撃を受けた。


「ユータ! 大丈夫か!?」


 離れた位置からケンはそう声をかけた。


 目を開ければ、三人は今もなお、魔王に悪戦苦闘しているようだ。俺の意識が記憶に行っている間も、戦闘は続いていた……ということだろう。


 さっきとは、戦いの舞台すっかり変わっていた。


 魔王とその背後には巨大な大木があった。

 あの大木は見覚えがある。〈バンゲッデトウ〉の森の奥深くにある、〈セラピアの実〉が成る大木だ。

 ドンキーフールとハンドレディと戦った、あの場所。


「どうした、勇者。まるで、さっきまで夢を見ていたような顔をしているな」


 魔王は言った。


「あと数回と言ったところか。徹底的に叩き潰してやろうぞ」


 魔王はそう言って、ほくそ笑んだ。

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