第3話・改めて言おう。これが最後のゲームだ、勇者よ
『まあ、名前を聞いてなんとなく想像していましたが……』
俺の声だ。だが、俺は声を出していない。
声を出していたのは、過去の記憶の中の俺だった。
遅れていた意識を呼び起こしながら、次に訪れた記憶の中を歩きはじめた。
――東エリア……〈ユウカクガイ〉か。
このまま群衆に紛れて待っていれば、鷹尾太夫の姿も見れるかもしれない、と思ったが、魔王はそれを許さなかった。俺の腕を引っ張り、足早にどこかへと向かっていく。
「我はあまりここは好きでない。次へ行くぞ」
「じゃあ、この記憶を通らなきゃよかっただろ」
「うるさい。間違えたのだ」
話をしながら群衆の間を通り抜けると、いきなり違う土地に変わっていた。
ここは〈ユウカクガイ〉ではない。この静かで厳かな場所は、教会だ。
『……でも、どうか救ってほしい。わたしたちを……この世界を!』
メアナさんの凛とした声が教会内に響いた。
「……我はコイツが嫌いだ。正義面して、勇者なんて者を生み出したコイツが」
魔王は恨めしそうに呟いた反面、目は穏やかだった。
「でも、今ならコイツのしたことは正しいとわかる。コイツがいなければ、どうなってただろうな……」
俺は、ようやくそこで聞いてみることにした。
「なあ魔王。どうしてお前は俺の元へ出向いて、こうして過去を巡っているんだ?」
「我がそうしたいからだ……いいじゃないか、最後くらい」
魔王は俺に背を向け、教会を出ていく。
続いて、俺も外へ出ると、そこは一面雪景色だった。
「最初こそ、グリムリーパーは魔女の子一の、優秀な子だった」
吹雪が吹き出し、同時に、どさりと何かが倒れる音がした。
音のしたほうを見れば、俺ら四人は雪原の上に倒れ、グリムリーパーだけが不気味に微笑み立っていた。
「彼女は強い。〈死神〉と名乗るくらいにな。だが、少々強過ぎた……。だから、ゲームを調整した」
「……調整?」
「グリムリーパーの強さを、魔女の子の中で一番弱くした」
魔王はある方向を指差した。暗く、青白い光だけで照らされた見知らぬ部屋で、グリムリーパーが片膝をついていた。
『申し訳ございません。わたしの力が弱いばかりに……』
『構わん。それに、決してお前は弱くなどない。お前はお前だけの、可能性を持っている』
記憶の中の魔王の声も聞こえるが、姿は見えなかった。
グリムリーパーは、可能性という言葉を聞いて顔を上げる。
『お前にはほかの誰にも持っていない、特別な力を授けた』
『……っ! ありがとうございます!』
『それを使って仲間を作れ。仲間とともに勇者を倒すのだ』
『……仲間、ですか』
『我は見てみたい。仲間を引き連れたお前に、勇者はどんな選択を下すのか──』
記憶はそこで終わり、また最初にいた草原に立っていた。
「グリムリーパーは仲間を作った。しかし、最初こそ本当にあの〈プレイヤー〉のことを駒としてか見てなかったよ」
「……まさか」
「本当さ。繰り返す時の中で、彼女の心の奥に何かが芽生えたんだろうね」
魔王は遠く高い青空を見上げた。
「〈プレイヤー〉を駒としか見ない悪者だったグリムリーパーは、お前の手によって倒されてきたよ。最初こそ、グリムリーパーを殺してしまったら、〈プレイヤー〉も死ぬことに戸惑っては〈リセット〉していたがね……まあでも、穴を見つけたら、行動は早かった」
穴――というのは、グリムリーパーが死んでも、ツリィたちは生きつづける、という事実だろう。
「だから途中から『鍵』を作った。お前はまた選択を拒み、逃げつづけた。何度も〈リセット〉に託して、世界が変わることを望んだ――無駄なのにな」
今回はよく選択したよ、と魔王は言って、草原に寝転んだ。
「……あ、しかし。逃げなかった時もあったか」
「逃げなかった時?」
そのとき、足元の草は枯れ果て、空は暗雲に包まれた。強く風が吹き、思わず目を瞑る。次に目を開けると、さっきまでの、のどかな風景は吹き飛ばされていて、あたりは惨劇の舞台に変わり果てていた。
「…………な、なんだ、これ」
辺り一体が血生臭い。
足元は真っ黒な血の海だった。
苦しみで歪んだ顔のまま息絶えた者。
最後の希望も踏み躙られ息絶えた者。
屈辱の果てに息絶えた者。
ここは誰が見ても明らかな、最も最低で最悪な最凶の世界線だった。
「……この記憶はなんだ!?」
「自暴自棄になった、勇者の最後だ」
魔王は身体を起こし、立ち上がる。
「みんな死んだ。我の手によって」
何か大きくて黒い物体が何かを振り上げている。
ハッキリは見えないが、あれが魔王の真の姿だということは、直感でわかった。
「魔王が勇者を殺せば、勇者は決して目覚めない。我が自ら手を下し、この鳥籠の世界を破壊しようと目論んだのだが」
魔王は顎である方向を示した。
『ひ…つ……の………マン…が……』
胸が締めつけられる。だって、あのボロボロの人物は、間違いなくマキなんだから。
『つぎ……で、また……あ“ァッ』
魔王にトドメを刺され、マキは二度と起き上がることはなかった。
隣でただじっとそれを見つめる少女に、フツフツと憎しみや殺意が沸いてくる。
「あとでいくらでも殺意は受けてやる。今はまだじっとしていろ、死ぬのはお前だ」
最悪の記憶は焼け落ちるように消えると同時に、新しい景色が見えてきた。
――ここも来たことがある……そうだ、〈ニードル王宮〉だ。
あまりの景色の移り変わりに、目が回りそうだ。
「――あのとき、〈見習い魔法使い〉のおかげで、お前は〈リセット〉 を思い出し、我の元から逃げていった。そして、最初に戻ってきたお前が、今ここにいる」
魔王は、真っ直ぐと俺を見据えた。
「また最悪の世界線を辿るか、未知の世界線を辿るかは、お前次第だ」
――まあ最悪の世界線を辿れば、それこそ我の思う壷だがなぁ、と魔王は言った。
魔王は誰もいない城内を歩いていく。やがて、王室の前まで来た魔王はその扉を開けた――本来なら玉座にいるはずのテオドロス王女はいなかった。
代わりに、魔王がそこに座る。
「ふむ、悪くない」
呟いて、魔王は手招きをした。俺は大人しく従い、彼女の真正面に立った。
「改めて言おう。これが最後のゲームだ、勇者よ。我は、我の望みのために全力を尽くす。お前は、お前の決めたエンディングのために戦え」
魔王は右手を差し出した。なんのつもりかわからず警戒する俺に、「いいから、出された手は取るのがマナーだろ」と急かした。
俺は恐る恐る、その右手を握り返す。
「お前はメアナに無理矢理〈勇者〉にされ、その特別な〈SKILL〉のせいで、レベルは上がる癖に、ほとんど新しい技を覚えられなかっただろう」
「……あ。そういえば、確かに俺、みんなよりも技が少なかったかも」
「今更気づいたのか、馬鹿め」
次の瞬間、繋いだ手の中の隙間から火花が弾け、全身に震えが走った。
「――もうこの〈SKILL〉も必要あるまい」
俺は 〈SKILL〉 を確認する――〈セーブ〉と〈ロード〉がなくなっていた。
表示されているのは、唯一の攻撃スキル、〈風切剣〉のみ。
「……っ! 魔王、お前……!」
「どうせここまで来たら、逃げることもできんのだ。まあ、安心しろ」
魔王は腰を上げ、俺の目の前まで移動し、向かい合う。俺よりも背の低い魔王は、顔を上げて目を合わせた。
「試してみたが――やはり、時間はすべて奪えなかった」
「そりゃ、どういう……」
魔王は答えず、右手をピストルに見立てて、その人差し指をこちらに向けた。
「ばーん」
俺の視界は、一瞬でブラックアウトした。




