第2話・よくここまでやってきた
「よくここまでやってきた」
背後から、突然そんな声がした。
振り向けば――赤い眼をした、ひとりの少女が立っていた。
肩まで伸ばしたセミロングの黒髪、柔らかな丸い目した少女。だが、どこか気の強そうな部分を感じる。
なんとなく、俺がソイツが誰なのかわかった。
「……魔王」
「正解だ。今更、説明するまでもなかったか」
「意外と小さいんだな」
「あほう。そんなわけないだろう。これはあくまで仮の姿だ――いや、正確には魔女だったときの姿、か」
魔王は俺の横を通り過ぎ、スタスタと歩き出した。一体、どこへ行こうというのだろう。
魔王は振り返りもせず、「ついてこい」とだけ言った。
俺はただ魔王の後ろをついていく。
「初めてだ。勇者とこうして歩くのは」
「……そりゃあそうだろうよ。魔王と勇者がこんな草原をのんびり歩くなんて、普通のゲームじゃありえないぜ」
「ふふふ。悪態をつきつつも我を襲おうともせず、〈リセット〉もせずに逃げないというのは、初めてだという意味だよ」
俺は言われて、剣を握ろうともしていなかった自分に気づいた。
「それもこれも、やっとすべてに気づいたからだらう。まったく、鈍感過ぎるんだよ」
「……それより、ここはどこなんだ?」
「ここは我のデータベースだ。今までのお前らの行動がすべて記録されている。例えば――」
魔王が指を鳴らすと、風景が瞬時に切り替わり、見覚えのある森に立っていた。
ここは――スライムの森だ。西エリアで、初めてケンと戦ったときの……!
遠くから、金属がぶつかり合うような甲高い音が聞こえる。音の鳴るほうへ視線を動かせば、小さく人影が見えた。
魔王とともにそこへ近づく。
「……っ!?」
人影は、俺とマキ――そしてケンだった。
ケンと敵対し、戦っているところだった。
「な、なんでケンと戦って……! いや、このときはそうか……」
まだこの時の俺らとケンの関係は 〈プレイヤー〉 と『魔女の子』という関係だった。
――でも、ひとり足りない。
「リアムは……リアムはなんでいないんだ!?」
「これは、あの筋肉野郎とは仲間にならなかった記憶だな」
魔王が答えた瞬間、ダン、と決定的な音が響いた。
マキが頭を撃たれ、力尽きたところだった。一方記憶側の俺はというと、仲間を失ったショックで呆然とし、
『なんで……なんで、ゲームオーバーになっても、マキはここで寝てるんだ?』
と、そんなことを繰り返し呟いていた。
「これはな、魔女の子が初めて生まれたときの世界線だ。まだこのときのハンドレディは、わざわざ西エリアまで出てきて、邪魔するような女じゃなかったからなぁ。ここでお前らは、初めてのゲームオーバーに直面したんだよ」
ケンはそんな俺を冷たい目で見下ろして、なんの躊躇いもなく俺の足を撃ち抜いた。痛みで叫ぶ俺をまったく気にもせず、担いでどこかへ連れて行く。
「あれは……ケンは、どこへ連れて行くんだ?」
「魔王城だよ。我の元へ勇者を差し出すのだ。しかし、勇者はこのあと〈ロード〉してさっさと逃げよった。……あれが我の最初で最後のミスだ。逃げられる前にあそこで〈SKILL〉奪えばよかった」
「魔王城って……帰れるもんなのか? 前にケンは……」
「前も今も変わってないよ。我の命令を聞けば、魔王城へは入れる」
「………」
つまりこのときは、俺を捕らえることができれば、魔女の子は魔王城へ行けたのか。
現在の条件で言うと……俺を殺すこと、か。だが、俺が殺されれば、時間は俺がセーブした地点へ巻き戻される。
システム上、決して戻ることはできない。
「相変わらず、この時点の勇者は弱いな。メアナの人選は愚かだと言わざるを……」
魔王はそこで口を噤んだ。
「いや、すまない。今言った言葉は忘れてくれ。愚かなのは我のほうだ」
「…………」
会話に割り込むように、今度はまた別の方向から喧騒が聞こえた。
急いでその方向へ走ると、俺とマキとリアムが、ケンと戦っていた。
「リアムを仲間にしたようだな。ケンも追い詰められている。あの筋肉は、バカなところもあるが戦闘に関しては腕がいい。仲間にしたことで、戦力が大幅に上がった」
魔王が淡々と説明する中、俺は冷や汗をかきながら戦いから目を離せずにいた。
あのとき使ったスライム戦法で戦っているが、目の前で戦っている俺の目、ケンの目の色があのときとはまるで違う。
――本気で相手を憎み、敵対する目。
やがて、ケンはMP切れとなり、攻撃不能となった。その瞬間を見逃さず、記憶の中の俺は攻撃をしかける。
そのとき、俺は気づいた――今俺が所持している剣と、記憶の中の俺が所持する剣が違うことに。
向こうが持っていたのは、そのへんの武器屋で買ったような安っぽい物だった。
――メアナさんが、いつも見ていた剣はあれだったんだ。
だが、そんなことはもうどうでもいい。俺は、とっさに戦いのさなかに飛び込んでいた。
「っ! 勇者!!」
――記憶の俺は、完全にケンにトドメを刺す気でいる。そんなのダメだ! ケンは大切な仲間なんだから!
ケンの前に両手を広げて立ち、記憶の俺に向かって叫ぶ。
「やめろ! コイツはお前の大事な――」
そこまで言って、ダメだった。
俺は幽霊になっちまったんじゃないかと錯覚してしまうみたいに、記憶の俺の剣は、俺の身体をすり抜け、ケンの心臓を射抜いていた。
ケンのHPは尽き、そのまま形を崩し消えていく。
「……無駄だよ。ここは記憶の中だ。すでに起きたこと――過去には干渉できない」
魔王は指を鳴らす。また風景が切り替わり、次に俺らは活気のある村にいた。
――ここは……〈ノスティモ村〉だ。
西エリアの次は南エリアか、と追いつけない事態に戸惑いながらあたりを見渡すと、村の入口で目を輝かせる四人の集団がいた。
勇者一行だ。……また別の記憶に移動したのか。
「ケンを仲間にせずとも、お前は奮闘し、我のところまで辿りつくことこそあったが、我に勝てることはなかった。引き戻れなくなったお前はその度に〈リセット〉をして逃げていた。しかし、あるときだ、お前はケンを仲間にするようになってな」
魔王はいつの間にか骨付き肉を二本手にしていて、その内の一本に齧りついていた。
魔王から「一本いるか?」と、肉を渡されるが、そんなもの今は食べる気など起きない。俺はただ首を横に振り断った。
「ふん。我の好意を卑下しおって」
魔王は少々拗ねた様子だったが、しかしすぐにコロりと表情を戻し、またどこかへ歩き出した。俺は大人しく、ただ魔王についていく。
魔王はある場所で足を止めた――ノスティモ村のギルド前だ。
そこには、俺らとムギちゃん、ソラちゃん姉妹が初めて顔を合わせたところだった。
『うん! 実はウチ、〈占い師〉なんだよね〜。数歩先の未来なら占ってあげられるよ。ちょっとは、ユータたちの手助けになるんじゃないかニャ?』
『ありがとう、助かるぜムギちゃん。ぜひ頼む!』
そんな会話、確かにしたなと懐かしくなる。
ムギちゃんとソラちゃんは今頃何をしているだろうか。
ムギちゃんは占いをはじめると、途端に顔を青ざめた。
『……隠れた魔女に注意しろ。誤れば、そこにあるのは死だ』
ムギちゃんは、俺の知らない占い結果を語った。
「占いの結果は、毎回変わっていたのか?」
魔王は骨付き肉を食べ切ると、「いや」と答える。
「この頃はハンドレディの干渉もなかったからな。数歩先も占えずに、ただ一歩先を占ってしまったようだ。ま、でもこのあと何度か死んだが、無事ドンキーフールを倒して、めでたしめでたしだったぞ」
一歩先を占った……? まったく意味がわからないが、そんな俺を置いて記憶はまた別のものに切り替わっていく。
「……え」
〈バンゲッデトウ〉の夜の海岸で、ソラちゃんは|ゲームオーバーしていた《死んでいた》。ソラちゃんに顔を埋め泣き叫ぶムギちゃん、その横で、悔しさで何も言い出せないでいる俺たち。
「な、何が起きたんだ」
震える声で俺は聞いた。
魔王はすでにその記憶から目を逸らし、口を開く。
「彼女の占いはよく当たる。さすがはゲーム攻略に悩んだときに使う〈SKILL〉だな」
魔王はそう言って、次の記憶へと向かいはじめた。




