体育祭~男子、頑張る~
午後になり、俺達男子が主に頑張る番となった。
「さって!気合い入れて頑張るよー、みんな!」
「やけに気合いが入っているな」
「そりゃ当然だよ、轟くん」
フッフッフと気味の悪い笑みを浮かべた後、啓は恍惚の表情をしてのたまった。
「ここで活躍したら女の子達が、キャーッ、カッコイイー、付き合ってーってくるでしょ?」
「初っ端から妄想のハードルが高いな」
「それで結婚するでしょ?」
「大分飛んでったなハードル!」
「最終的には百人くらいがいいなぁ」
「何の話だ!?」
「轟。そこのバカの話に付き合う程無益なことはないぞ」
「……そうだな。我ながらどうかしていた」
「と、いう訳でハーレム目指して頑張ってくるよ!」
手をシュタッと上げて去っていく啓。……。
「そろそろ武田の番だな」
「んじゃ行くか」
「うむ」
BK(バカ啓)のことなんて知らない。
「武田は何の競技だったっけか?」
「長距離走だな。1500m」
「時間かかりそうだな。……轟は時間、大丈夫か?」
「武田の応援の途中で抜けることになりそうだ。走り幅跳びがあるからな。鳴神はプログラムのラスト、100m走だったな。キミは最後まで応援できそうで何よりだ」
「おう。ま、五島の応援もあるから時々抜けるかもだが、ゴール前までには戻ってくるさ」
それからほどなくして、校庭を殆ど使った1500m走が開始された。
序盤はまさかのトップスピードで走り出した武田。ペースを心配していたら半周した辺りでペースをかなり落とした。
「……なんて盤外戦術だ、武田」
「え?」
「見ろ、武田の表情を。まだ余裕がある。……序盤で飛ばして他者を焦らせた後、ペースを弛めることによって他者の油断を誘い、ペースを乱している。……恐らく後半、再びスパートをかけるぞ」
「マジか」
見れば確かに武田の表情には余裕がある。……なんと恐ろしい。
「敵じゃなくてよかったな、我ら」
「だな」
明るく何にも考えてないように見せかけて……なんて狡猾な。
しばらく大きく動きのないレースを見学していると、轟が立ち上がりもう向かうと言って去っていく。……。
「……暇、だな」
珍しく周りに見知った奴が誰もいない。どのくらいぷりだろうか、この感覚。
「…………はっ」
ボケーとしているうちに轟の競技の時間になりかけていたので、慌てて向かった。
「雅文くん、どこに行っていたのだ?」
「武田の応援にな」
「そういえば武田は1500m走だったか。後で向かうとしよう」
「武田の調子どうだった、鳴神くん?」
「絶好調だも思うぞ。狡猾な手を使ってた」
「そう、なら良いのだけど」
「……ところで、なんで小更浜はそんなに縮こまってるんだ?」
「聞かないで、鳴神くん……」
からかわれたんだろうなー、轟とのこと。……本当に両想いか。
「由衣、始まるわよ。轟くんの活躍が」
「もー!!怒るよー!!」
「はは、ごめんごめん」
美穂が俺に目配せする。……分かってるさ。野暮なマネはしない。
「うぅー……あれ?」
「どうしたの、由衣?」
「轟くんだけど……なんか緊張してない?」
「バリバリしてるな、アレ」
手と足が一緒に出て前に進んでる。これ、まずいな。
「轟ー、リラックスー!!」
「落ち着くのだー!!」
「…………」
ニ、ニコォッ……。
「駄目だ、全然緊張解れてないぞ!!」
「……轟くーん!!」
小更浜の声にぎこちなく向く轟。そんな轟をリラックスさせる為、小更浜は元気に、
「……楽しんでこー!!」
スマイルいっぱいの表情でエールを送った。
「…………」
暫くボーッと見ていた轟だが、やがて小さく笑い、
「……!」
親指を上げた。その表情に、もう緊張の色はなかった。
「……四位、か。微妙だったな、我」
「ううん!全然そんなことないよ、轟くん!カッコよかったよ!!」
「……そ、そうか」
「……あっ」
互いにモジモジする二人。何してんだ。
「次は……五島の競技が始まるな。……そういえば彼の姿を午前午後と見てないな」
「五島は実行委員に頼まれて補佐に回っているようだぞ」
「だからか。人の良いものだ」
「五島は面倒ごとをよく引き受ける傾向にあるからな。我もすごいと思う」
「確かこの辺だったよな?五島の競――」
「ばざぶみーー!!」
「はっ!!」
「びでぶっ!!」
何かが迫って来たかと思えば吹っ飛んだ。が、すぐにそれは起き上がり、
「ばざぶ」
「はっ!!」
「びでぶっ!!」
惨劇がリピートされた。
「美穂、ストップ」
「だって、あの害虫が……」
「美穂には近づけないから。……で、なんだよ啓」
「雅文!なんでボクの応援に来なかったのさ!?」
「興味ないから」
「ひどい!酷いよ!!ボクのことは遊びだったの!?」
「五島、頑張れよー!!」
「遂に完全スルー!?男に無視されても何にも嬉しくないんだけど!?ねぇ雅文!雅ぶっ!?」
「……美穂。害虫だな、これ」
「だろう?」
「共通認識が随分とひどいな……」
啓が騒ぐなか、スタートが切られた。五島の競技は借り物競争。何が当てられるか……。
「……はっ、はっ……!ふぅ」
皆が応援してくれてる。緊張するけど……頑張って期待に応えなきゃ!
お題が置かれてる台に着いて一枚引いて確認する。……え?
「綺麗な人……か」
……うーん。最初、美穂さんが浮かんだんだけど……最近は綺麗っていう印象がないんだよなあ。どっちかっていうと……、
「……うん。探そう」
きっと誰かいるはず……と思ったら、丁度目の前に綺麗な人がいた。
「あ、あのっ、すみません!」
勇気を出して声をかける。
「はい。なんでしょうか?」
「あの、一緒に来て貰えませんかっ?」
「……借り物ですか。わかりました」
「ありがとうございます!!」
その女の人を連れて、無事にゴールした。
「おめでとうございます。お題を確認しても?」
「は……っ、はい……っ!」
肩で息をしながら、役員の人に紙を渡す。着いてきてもらった人は呼吸が全然乱れてない。……すごい。
「お題ってなんでしたの?」
「え……っとですね」
息が落ち着いてきた。答えようと口を開く。
「――キレイな人です」
「……はっ?」
ポカンと、目の前のキレイな人は口を小さく開けたままになった。そんな中、さっきの役員の人が判定を下した。
「はいっ、オッケーです。二位通過ですね」
「ありが――」
「ちょっ、ちょっとお待ちくださいませ!!」
ちょっと変わった口調のキレイな人が慌てた様子で異論を唱えた。
「キレイな人、との話ですわよね!?」
「はい。そうですが……」
「なら!私ではなく美穂様でしょう!この学校において、いやこの世界において!」
……凄い誇大に表現するなぁ。気持ちは分かるけど。
「……その意見も分からなくはないんですが」
「むっ。何か反対意見でも?」
ズイッと近寄る女の人。……やっぱりキレイだ。
「え、えっとですね。ボク、美穂さんと同じクラスなんですけど……最近の美穂さんはキレイよりもその……可愛らしくて。キレイってなると違うのかなぁって」
「……は?」
「で、ですからキレイというよりは可愛いと思えて、その……キレイな人とはちょっと違うかな、って」
「…………。一理ありますわね。でも、それで何故私を?」
「だってとってもキレイだったので」
「なっ……!」
赤面する女の人。……今は可愛いかも。
「なっ、何を仰るんですの、この殿方は!!じょ、女性をからかうものではありませんよ!!」
「でもホラ、係員の方もOKしてくれましたし、キレイって認められたんですよ」
「……ぐっ」
更に赤面していく女の人。もっと可愛くなったなんて思ってると、
「っっ!!」
一目散に駆け出した。
「あっ……名前、聞きそびれたなぁ」
「只今戻りまし」
「おうおう兄ちゃん、何したんでい?」
「えっ、あの……?」
「桐生の事は気にするな。ひとまず、お疲れ」
「あ、ありがとうございますっ」
「なにやら女子を連れて一悶着あったみたいだが、何があったんだ?」
「えっと……」
事情を説明する五島。ふむ、私も気になるところなのだ。連れていかれたのは俊華だったが、アイツが赤面するなど、一体なにが。
「お題がキレイな人だったので連れていったところ、係員の人は認めてくれたんですが、女の人は違うと謙遜されて……」
「なるほど、そういうことか」
「待て!キレイと言うならば美穂ちゅわんだろ!?なんで美穂ちゅわんにしなかった!?」
……全身を痒みと怒りが襲ったが、堪えて続きを聞く。確かに周り曰く、私はキレイな方に入るらしく、よくその手の話題にあがるが……。
「え、えっとですね。美穂さんは最近、キレイというよりも可愛らしさの方が増してるように思えて」
「……確かにな。紫紅美は最近そんな感じがする」
「五島」
汚物が五島の肩に手を置いて何かを言おうとしてるが、もう用は済んだので後ろから手刀を見舞い、意識を刈り取る。
「すまない。コレはゴミに捨てておこう」
「え、あ……」
「にしても、俊華も可愛らしい所があるものだ」
「俊華さんっていうんですか、あの方。お知り合いなんですか?」
「……まあな」
「……可愛い、か。確かにそれはわかるぞ、五島」
「うむ?雅文くんもそう思うのか?」
「言われてみればって感じだけどな」
……。
「ま、雅文くんはその……可愛い私とキレイな私、どちらが好みなのだ?」
「どっちって言うより、俺はありのままの美穂が好きだな」
「……えっ?」
顔が急激に熱くなっていくのを感じた。
「美穂、どうし……って、ち、違うぞ!!今のはライクの意味でだな……!!」
「ヒューヒュー!!」
「埋めんぞ、啓!!」
「ヒューヒュー♪」
「怒るぞ、小更浜!」
「……アレェ?ボクに対してだけ当たり強くない、雅文?」
「ああ、その通りだぞ」
「上辺だけでもいいから否定して!!」
「バカな話は置いといて、そろそろ武田の応援に行きましょ」
「う、うむ。そうだな、行こう!」
まだ少し紅潮してる頬をさすりながら、キビキビと武田の会場に向かった。
私達が武田の会場に着くと、もうだいぷ終盤だった。
「……どうやらラスト1周らしい」
「ラスト1周……」
轟の情報を反芻しながら武田の様子を見る。顔は大分キツそう。けれど、今のところハイペースで走れてる。
話に聞いた武田の戦術のせいか、何人かはかなり足がバテてるみたい。この分だと最下位はない。けれど……。
「……まだ予断は許さないわね」
武田のすぐ後ろ。付かず離れずの位置で二人走ってる。
「あれは、どちらも陸上競技の部活生だな。長距離走の選手ではなかったはずだが……流石、といったところか」
「武田ー、頑張るのだー!!」
美穂が懸命に声を出したのに続いて、皆も声を張り上げた。
「頑張れー!!」
「ファイトです!!」
「序盤のペースを思い出せー!!」
「……が、がんばれ」
「寒菜ちゃーん!!好きだー!!」
「!?!?」
「応援せんかぁっ!!」
「あふぅんっ!!」
キツい一撃をもろに喰らう桐生。……本当になんか力抜けるわね。
「……少しずつ遅くなってないか?」
「疲労が蓄積してきたか……!このままでは……!」
「貴様がッ!無関係なことをッ!言うからッ!」
「あっあっあっ」
「……どーどー……!」
三人のコントは聞き流して。私は腹の底から力を振り絞って、声を出す。
「スピード落とさないで上げて!!追い付かれるわよ!!」
これが私なりの応援。届くといいのだけど。
「スピード落とさないで上げて!!追い付かれるわよ!!」
体力も限界。気力なんてとうの昔に使い果たしてる。そんな時、皆の応援の中から一際強く響いた応援に、心の中で苦笑した。
――スピード落とさないで上げろ?無茶言うぜ。
――追い付かれる?……そっか。もうそんな迫ってんのか。なら……あげなきゃな。無茶でも。
にしてもやけに具体的な応援だな。……ま、そっちの方が気合い入るんだけどさっ。
足が俺のやる気に応えんと動く。振る手もそれに合わせる。
最後の直線に入った。ここが正念場。後ろにいるっていう奴も正真正銘のラストスパートをかけてくる。……なら俺は、それ以上の速度を出すまで。
ここで思考をやめ、その分のエネルギーを足に、手に込める。体のすべての機能を集中させ、目一杯動かす。
視界の情報量も、聴覚の情報量も今は遮り、ただただ駆け抜けた――。
「おめでとうなのだ、武田!!」
毘釈天達の所に戻ると、皆が往々に労いの言葉をかけてきた。
「凄い走りだったぞ!」
「ふっ。やはりキミはこのくらいできなくてはな」
「おめでとう~!」
「……お、おめ」
「寒菜ちゃん。ハネムーンはどこに行きた――」
「労わんか貴様はぁぁ!!」
「あっふぅん!!」
「はは……みんな、サンキュ。特に毘釈天。助かった。正直、お前の応援が一番気合い入った」
「そ、そう?」
「…………」
ジーッとニヤニヤしながら毘釈天の様子を見るのは小更浜。
「な~に~?」
「ひゃっ、ひゃ、ひひふんひひははほ」(※い、いや、いい雰囲気だなと)
「ニヤニヤしながら言っても何の効き目もないわよ」
「ひゃひぃ~!!」
毘釈天をからかうからだぞー、小更浜。……気持ちは分かるけどな。
「じゃ最後は鳴神だな!頑張れよ!!」
武田がドンドンと背中を叩く。……意識させないでほしかったな。
「プレッシャーかかるなぁ」
「大丈夫だ、雅文くんならば!」
「それ、何の根拠にもなってないからな?」
「いや、なっているのだ。……雅文くんならば、きっと」
「……その期待、裏切らないように頑張ってくるよ」
準備を終え、レーンにつく。俺のレーンの位置は真ん中。客席となる場所からは見づらい位置。
初日最後の競技。自分の競技や役目を終えた先公生徒が注目している。
緊張はもちろんしてる。けれどそれより、自信があった。
(――雅文くんならば、きっと)
「……ふっ」
思わず笑みが溢れる。自信が漲る。クラウチングスタートの姿勢に入り、号砲を待つ。……そして、
パンッ……。
乾いた全力疾走の合図が鳴り響いた。
「雅文くん、見事だったのだ!」
「……お、おめ」
「陸上選手もいたのに、振り切ってのゴールは圧巻だった」
「……お、おめ」
「あんなに速いなんて思わなかったよ!」
「鷹は爪を隠す、というやつか」
「おめ、おめで……」
「とにかくお疲れ様です!」
「足は止めずに動かしてた方が後々楽よ」
「おめでと……」
「さっすが雅文、僕の親ゆ――」
「寒菜の発言の邪魔をするなぁ!!」
「あっふぅん!!」
「……」
寒菜の声、結構前から遮られてたと思うんだが……黙ってよう。啓、喜んでるし。
「今日はこれにて終わりか」
「さすがに疲れたねー」
「明日終わったら打ち上げやろうぜー」
「気が早すぎでしょ、まったく」
「はは。でもモチベーション上がります」
「……」
「雅文くん、どうかしたか?」
「いや……なんかいいなと思ってさ」
「むぅ?」
美穂が返り血のついた顔で首をかしげる。けどそれには触れず、俺は声をあげた。
「みんな!」
『?』
「明日、勝とうな!」
キョトンとした皆だったが、少しして顔を見合って。
『おぉー!!』
疲れを知らない声で元気に返してくれた。




