純情少年と純情少女
「まずは基礎練習をしよう。パス、ドリブル、シュート。この3つだな。一連でやるのもいいが、最初は一つ一つ丁寧にやっていこう。まずは二人一組でパスを」
「紫紅美、それなら男女ペアでやらないか?」
「男女?」
武田がそう提案すると、美穂が首をかしげた。
「ああ。せっかく一緒にやるんだし」
「ふむ。みんなはどうだ?」
「私はいいよっ。面白そうだし!」
「断る理由はないわね」
「ボクも賛成です」
「俺もいいぞ」
「ではグーパーで別れるか」
直後、武田からアイコンタクトが送られた。……お前、どうしてもそういう展開に持っていきたいのか。
「美穂、一緒にやらないか?」
「うむ?……なら各々で組もうか」
「錦田さん、一緒にやりませんか?」
「……」
空気を読むのが異様に上手いのか、五島がサッと寒菜を誘う。
「じゃ毘釈天、一緒にやろうぜ」
「ええ、いいわよ」
「じゃ、私と轟くんだねっ。よろしく!」
「え、う、あ、う、うむ。よろしく頼む……」
キョドった後、よく分からん色んな思いが込められてそうな視線でこっちを見る轟。さしずめ恨みと感謝か。
――雅文&美穂ペア――
「では行くぞ、雅文くん。はいっ!」
「っと。ほい」
「むっ。……手にすんなり来た。呼吸を合わせるのが上手いな、雅文くん」
「ま、元バスケ部だからな、一応。美穂も上手いな」
「ふふ、そうか?……雅文くんとの相性がいいのかもな」
「……小っ恥ずかしいことを。ほいっ」
「っと。ふふっ」
――五島&寒菜ペア――
「で、ではお願いします!」
「……」
コクン。
「さっ、先にどうぞ」
「……」
シュッ。
「わっ!と……すみません!」
「……」
フルフル。
「寒菜さん、運動神経いいんですね。ボク、スポーツはからっきしで」
「……」
フルフル。
「じゃあ次、ボク投げますね」
ヒュッ。
「……」
ポスッ。
「ナイスキャッチです!」
「……ふふ」
――武田&毘釈天ペア――
「ありがとな、毘釈天」
シュッ、パシッ。
「なにがよ」
黙々とパス練習を行う両者。始めて十数秒、武田が声をかけた。
「この組み合わせの意図に気づいてくれてさ。おかげで助かった」
「別にいいわよ。友達の恋愛を応援したい思いは当然だし、気にしないで」
「そう言ってくれると助かる」
毘釈天からパスを受け取った武田はおもむろにドリブルを始め、ダンクシュートを決めた。
「ほい。次、お前の番」
「……ダンクは出来ないわよ」
武田からパスを受け取った毘釈天は、そのまま離れた位置からシュートを決める。
「ヒュー」
「なにその反応。……ま、いいわ。武田、勝負しない?1 ON 1で」
「お、いいけど。……手加減しないぞ?」
「したら怪我するかもよ。私、女子バスケ部だからね」
和やかに始まった二人の練習は、気づけば火花飛び散る熱い戦いとなっていた。
――轟&小更浜ペア――
「よーし!じゃいくよ、轟くん!」
「よよよよし来い!」
全然来いの姿勢ではない轟に、
「ほっ!」
「ぐがっ!?」
パスとは縁遠い、鋭い一球が轟の腹部を強打した。
「わっ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄る小更浜に、轟は気丈に振る舞いながら答える。
「だ、大丈夫大丈夫……」
「ごめん、ちょっと強かったね。次は弱めにいくから」
「よ、よろしく頼む……」
痛む腹を押さえたい気持ちを懸命に堪え、脂汗を滲ませながら轟はちゃんと受けの体勢に入り、
「よし、来い!」
自分に言い聞かせるようにそう言った。
「じゃあ……はいっ」
先程と打って変わって優しいパス。これなら取れる、と思ったのが浅はかだった。
ボールが到着するよりも早く、ボールを捕まえんとした指先が、ボールの固い外殻に衝突した。すなわち、
「~~っ!!」
突き指である。
「え!?だ、大丈夫!?」
「だ、だい……じょうぶ……だ」
「すっごい痛そうにしてるじゃん!ほら、保健室行こっ?美穂ちゃん、ちょっと行ってくるね!」
「だ、だいじょうぶだ小更浜……。このくらい」
「無理しないの!」
ずずいっと轟の顔を覗き込む小更浜。轟は驚き、少し後ろに飛び退く。
「さっきのお腹もまだ痛いでしょ?ほら、肩貸すから行くよ」
問いかける前に既に肩に手を貸し、轟を立ち上がらせる小更浜。当然のことながら、そういった事に免疫のない男子がそんな事をされて平穏な心でいられる訳もなく、
「なっ、なっ……!」
瞬間湯沸かし器のように顔を朱に染めた。
「……言っとくけれど、私も恥ずかしいんだからね。だから轟くんまで恥ずかしがらないでよ。……余計に恥ずかしくなるじゃん」
今の殺し文句に純情奥手な轟の心がますます持っていかれたことは言うまでもない。
――保健室――
「保健室の先生いないなんてねー。湿布とか分かりやすい場所にあってよかったよ」
「す、すまん……」
ベッドの上で横になる轟。お腹の部分は自分で、指先は小更浜にやってもらった。負傷は両手の人差し指。自分でやることは叶わなかったのだ。
「よいしょ、と」
「……?こ、小更浜?」
「先生戻ってくるまではいてあげるよー。ケガさせちゃったの、私のせいだし」
横になる轟の側で、小更浜が座り込む。少し冗談めかした口調で、自責の念を口にしながら。
「……。違うんだ」
「ん?」
「今まで隠してたが、その……運動音痴なんだ、我」
「……」
「ケガしたのも我の落ち度だ。だから小更浜が気にすることは」
「ていっ」
「ぐぉっ!!」
轟の腹部に小更浜が腕を軽く振り下ろす。痛みに悶える轟に、小更浜は短い溜め息をついて口を開いた。
「轟くんの運動音痴は知ってるよ。いや、というかさっき知ったんだけどさ。あんなパスの受け方する人が運動神経抜群なワケないじゃん」
「…………」
「だから一回目はともかく……いや、一回目もフツーに強すぎたから30%は私の責任かもだけど。二回目は完全に私のせいにしていいから。総合して私のせいにしていいから。だから轟くんが自分のせいって思い詰めなくていいんだよ。で、私も自分のせいって思うけど、一時間もしたら忘れちゃうから気にしないで」
「……くっ」
「く?」
「くっはっはっは!……そっか、そうか」
「え、な、何が?」
「あーいや……自分の気持ちの理由がようやく分かっただけだ」
「気持ちの理由?」
「なら気にしないでいよう。ただ一言言わせてくれ。……ありがとう」
「……。どういたしまして」
何かが吹っ切れたように笑い、不自然な挙動に陥ることなく話す轟。その変わり身に特に反応なく、普通に話す小更浜。
しばらくして安心したのか、それとも気を張って疲れていたのか寝入る轟。
そんな轟の側で轟の髪を、小更浜がそっと撫でる。
「……普段はクールなのに、私の前であんなにキョドったら勘違いしちゃうよー?いいのかなー?」
悪戯な笑みを浮かべた小更浜は、不意に普段は滅多に見せない真面目な顔つきを見せ、立ち上がり、轟の顔の前に自分の顔を寄せた。
「……こんなに轟くんが近いの、初めて」
「…………」
「轟くん……もし、私が――」
ガラガラと保健室の扉が開かれた。タイミング悪く来た来訪者――毘釈天は、二人の体勢を見て、バツの悪い顔になり、
「……邪魔、したわね」
そっと閉め、立ち去った。一瞬の出来事。だが、事態の深刻さに気づいた小更浜は瞬時に顔を赤く染めながら、
「ちょ、待って。違う。違うの。違うんだったらー!!」
毘釈天が立ち去ったであろう方角に、全力で駆け出していった。
一人残された轟は、そのまま静かに脈動を続け眠っている……ような状態ではなかった。
「な……なんだったのだ。今のは……」
小更浜が顔を近づけた時、運悪くか運良くか、眼を覚ましていたのだ。早鐘のように鳴る心の鼓動を落ち着かせ、小更浜の行動と言葉の真意を探ろうと思考を巡らせるも、明確な答えが導き出せる訳もなく。
その解答は、いつかの機会に持ち越される事になった。




