雨降って地固まると言うが、雨すら降ってなかった
「……はぁ」
朝から落ち込み、ドンヨリとした気分を発生させる。……いや、厳密には違うな。朝からじゃなく、数日前から落ち込んでる。
「どうした、少年よ。何か悩み事か?」
虚ろな目でブランコに腰かけてると、バーテンダー服にサングラスをかけた怪しい男が声をかけてきた。
「…………」
「うん。お兄さん、そういうすぐに通報という考えは良くないと思うんだ」
「もしもし、警察ですか?」
「ネタにすらしようとしないのも良くないと思うんだ!」
「……で、何の用だよ啓。警察来る前に用件を話せ」
「え、マジで呼んだの?ならボク、逃げるんだけど」
「用件を話して捕まれ」
「なにそのポリス確定案件。いや、呼んでないって信じてるからね、雅文」
よいしょ、と隣のブランコに腰かけ、サングラスを外す啓。
「で、なーんで落ち込んでんの。美穂ちゃん絡み?」
「……なんで分かった?」
「他に原因が浮かばないさ。話してみ、恋のマスターに。ん?」
「……お前に話したところで何の解決にもなりゃしないんだが」
「わーお、辛辣」
「……来週の火曜日にアレがあるだろ?」
「あるね~」
「それでパーティーを開こうと思って、美穂を誘ったんだ」
「お、呼び捨て?ボクの知らない間に進展してますな~。こりゃ次会った時には一線越えてたり……ひゃー!」
「茶化すなら話さんぞ」
「ごめんごめん。どぞとぞ」
「……誘おうと電話したんだが」
「美穂?今、大丈夫か?」
「まっ、雅文くん!?今は無理なのだ!」
プツッ
「……切られた」
「美穂?あのさ今から」
「すすすまない雅文くん!では!」
プツッ
「…………」
「あのさ、美穂」
プツッ
「………………」
「て具合でロクに連絡が取れなくてな、俺何かしたかと……何笑ってんだ、啓?ブッ飛ばされたいのか、されたいんだろ。歯ぁくいしばれ」
「ち……違うよ雅文……っ!なんていうか……斜め上すぎて……!ひぃー……!」
とりあえず腹パンした。
「いたた。容赦ないんだから雅文は~」
「……分かったろ。今、お前とじゃれてる気分じゃないんだ。どっか行け」
「ノンノン。そういう訳にはいかないよ。落ち込んでる友人を放置なんて僕のポリシーに反する。……うん、まずは味方を増やそうかな」
鼻唄を歌いながら携帯を操作し、どこかに掛ける啓。誰に掛けたのか、明らかになるのは想像してたよりも早かった。
「なんでウチの電番知ってんスか!?」
走ってきたのか、荒い息で肩を怒らせながら駆け込むは赤髪ツインテ。
「愛の力……かな」
「アンタが教えたんスか?」
「そもそもお前の連絡先知らねえよ」
俺に牙が剥いたが、知らないものを教えられる訳もあるまいて。
「……なんか落ち込んでないっすか?」
「ちょっと……な」
「美穂ちゃんにガン無視されて落ち込んでるそうだよ」
「ガン無視……?さてはアンタ、遂に姉御に愛想尽かされたっすね!」
なかなか抉ってくんじゃんか、ツインテ。
「ふふーん!浮気なんてしようとするからそうなるっす!天誅ってやつっす!」
「……浮気?何の事だ?」
「トボけないでくださいっす!この間の日曜日、寒菜さんと二人きりでイチャイチャしてたっす!ウチ、見たっす!」
……あの現場、見てたのかよ。しかも一番勘違いしそうな奴に。
「ソッコーでチクってやったっすからね!姉御、平気そうな顔してたっすけど、きっと陰で泣いてたに違いないっす!……なに姉御泣かしてんだゴラぁ!!」
今ごろ掴みかかってくるツインテ。……ああ、コイツの勘違いによる告げ口で美穂は怒って無視してる訳かそうか……。
「ツインテ」
「なんだおらぁ!」
「お前はとんでもない勘違いをしてる」
「言い訳する気っすかぁ?そうはいかない」
「あの日、おじょ……俊華?が諸事情で俺に使いを頼んだんだ。服をな。寒菜はたまたまその場に居合わせてそれに付き合ってもらっただけだ」
「……そんな言い訳通用すると思ってるっすか?証拠は?」
「――うん、そういう訳だから説明頼むよ。玲奈ちゃん、証人から電話だよ」
誰かと電話していた啓が、会話途中にツインテにスマホを渡す。
「は?誰っすか?もしも……寒菜さん!?」
驚きながら寒菜の説明を聞いていくツインテ。
「……手が早いな」
「こうなるのは分かってたからね~。これで誤解も解けるでしょ」
「……礼は言わんぞ」
「女の子からの愛のこもったお礼ならともかく、男からのなんていらないさっ」
まったくブレない啓。それはそれで付き合いやすいからいいが。
通話が終わったツインテは、人類共通の敵たるGを見るような目で一瞬、啓を見たかと思うと、
「すいませんっしたー!!」
日本の様式美にして最大級の謝罪行為、土下座を敢行した。
「おい、頭あげろ」
「あげれないっす……ウチは、ウチはとんでもない勘違いを……!これより切腹を……!」
「今世は戦国じゃない」
トスッとツインテの頭にチョップしたあと、ツインテに一言。
「少しでも申し訳ないと思ってるなら、美穂に事情説明して勘違いだったことを伝えてくれ。お前の話なら聞くだろ」
「わ、分かったっす!大至急!」
大慌てでガラケーを取り出し、電話をかけるツインテ。
「もしもし姉御っすか!?」
「玲奈か後にしてくれじゃ!」
……とりつく島もない、とは正にこの事か。ツインテの電話は無情にも1秒足らずで終わった。
「……今ほど申し訳なさと死にたさが混じった事はないっす」
全身で無念さを表すツインテ。……ツインテにも塩対応?どういう事だ?
「んー、ツレないねぇ美穂ちゃん。説明ぐらいしてあげてもいいだろうに」
「説明?オイ、なんか知ってんのか?」
「さあ、何の事かなー?」
「ちゃっちゃと教えるっす。何か知ってるんスよね?」
鋭い眼光で睨みながら啓の襟を掴むツインテ。襟を掴むの好きだな、お前。
「やめなよ、スイートハニー。キミの手がボクの血で汚れちゃうでしょ?」
「~~!!」
バッと手を離し、これでもかと手を服に擦り付けるツインテ。なんだ、どうした?
「あ、アンタ……周りの女子という女子にそんな風に呼んでるんすか?」
「呼んでるよ。心の中で」
「キモいっすー!!」
叫んでその場で転げ回るツインテ。周囲の視線気にしろ。長めとはいえスカートなんだから。
「スマホの画面が寒菜さんのアップだったりとか、寒菜さんの名前がスイートハニーになってたりとかですでに気持ち悪かったのにー!コイツ、とんでもなくキモいっすー!!」
今さらだな。
「ありがとう、褒め言葉だよ」
「しかも変態っすー!!」
今さらだな(2度目)。
「……啓、言う気はないんだな?」
「言うも何も知らないよ~」
「……そうか」
「強いて言うなら……心配しなくていいって事かな」
「…………。帰る。啓、ツインテ頼んだぞ」
「お任せあれ。美少女はボクが必ず守るよ」
肩が軽くなった訳ではないが、どうやら美穂は俺を避けてる訳じゃなさそうだ。……もう少し、待ってみるか。
「……あれ、アイツはどうしたっすか?」
「ようやく我に返ったかい、スイートハニー?」
「地面に埋まりたいっすか?」
「それもアリだね。至上の死と言えるよ。キミの手でボクを埋葬してくれるなんて」
「…………。アイツには申し訳ない事をしたっす。姉御にも」
「うん?」
「勘違いで姉御に告げ口して、傷つかなくていい二人を、ウチは傷つけてしまったっす……」
「……キミ、口は堅い?」
「もちろんっす!亀の甲羅のように堅いっす!」
「絶妙な喩えだね。……これ、雅文には内緒にしてほしいんだけど――」
啓やツインテとのやり取りから数日が過ぎた。
8月17日、火曜日。今日は俺の……誕生日だ。
普段なら両親からのお祝いのメール、妹からの祝いの言葉で十二分に満たされる俺だが、
「兄さん、誕生日おめでとう!」
「……おう、ありがとう」
「もー兄さん。そっけなさすぎですよ。お母さん達からのお祝いメールも届いてるのに」
「……すまん。疲れてんな、俺」
「毎日が休みの夏休みのどこに疲れる要素があるんですか?」
妹には美穂の件の事は言っていない。無駄に話を広げたくなかったからだ。
「いやほら……宿題とか」
「ほとんど終わらせてるって言ってたじゃないですか。珍しく。珍しく!」
なぜ強調したのかと、兄は強く問いたい。
「12時か。そろそろメシ作るよ」
話をはぐらかし、おもむろに立ち上がる。すると、
ピンポーン
「ん、来客か?はーい」
呼び鈴が鳴り、玄関の扉を開けると、
「シュコー……シュコー……」
異世界にでも迷い混んだのかと錯覚した。怪しげなマスクをつけた奴らが目の前にいたからだ。
「シュコッ!!」
「ぐっ!!」
うち1人が素早い動きで後ろに回り込み、手刀を振り下ろした。首付近……!やべ、意識……が……!
「れ……れい……逃げ……!!」
小さすぎる声。麗には聞こえるはずもなく。俺の意識はそこで途絶えた。
「……いやー、やっといてなんすけど、これ、良かったんすか?」
「はい。兄さんの抵抗力とタフさには定評があるので。ガッツリやった方が被害は少ないです」
「妹公認の闇討ちとは。雅文も浮かばれないね~。最後まで麗ちゃんを心配してたのに」
「妹としてキュンとしました!」
「さ、後はごく自然に連れていこう。このやり方が美穂ちゃんに知れたらちょっとコトだからね」
「美穂さん置いての少数精鋭で来ましたし、大丈夫でしょう」
「バレないようにするっす」
「二人が誤解に気づいた瞬間、是非とも見なきゃね!」
「っす!」
「はい!」
「ん……んん……」
「お。目ぇ覚めたみたいっす」
「さすが雅文。自力で起きたね。禁断の手法を使わずに済んで良かったよ」
「……1ついいか、啓?」
「ん?なんだい雅文?」
「鳩尾1発は許されるよな?」
目が覚めると、白く清潔で高級感のある一室にいた。その中央に椅子で縛られてる俺と、周りを囲むように啓、ツインテ、麗の姿が。
「暴力反対だよ、雅文。憲法九条を忘れたのかい?」
「忘れた」
「殴る大義名分のためなら憲法を忘れるというのかい、雅文!?」
「まあでも、殴るっすよね。普通」
「そもそも憲法九条、今回は関係ありませんけどね。兄さん、目が覚めたなら話は早いです。これ、着てください」
麗が持ってきたのはタキシード。……は?
「待て。待て待て待て。意味わからん。まず、状況を説明しろ」
「状況を説明されてから啓さんに着替えさせられるのと、何も聞かずに自分で着替えるの、どっちがいいですか?」
「は?何言って――」
「待って、麗ちゃん。何でボク――」
「どっちがいいですか?」
「…………。自分で着替えます」
「分かればいいんです」
なんだろう。今めっちゃ麗が怖かった。
縛っていた縄がほどかれ、啓に誘導されて奥にあった簡易的な試着室に。
「啓、説明しろ。何がどうなってる?」
「話したいのはヤマヤマなんだけどねー。黙ってた方が楽しそ、面白そ……雅文のためになるから、あえて言わないでおくよっ!」
「そうか。着替えが終わったら覚えてろ」
シャッとカーテンを閉める。……なんでこんなことに。麗もなに考えてんだか。兄の誕生日くらいきちんと祝ってほしいぞ、俺は。
「……タキシード」
まさか、な。うん、さすがにそんな事はあるまい。一瞬だけ頭に浮かべた想像を瞬間的に否定し、試着室を出る。
「おお。バッチリじゃないか雅文っ!?」
「それはなによりだ」
前言通り啓を一発殴り、麗達の所に戻る。が、誰もいない。
「……?どこに行った?」
「会場に向かったんだよ。ボクらも向かおうか」
「ちょっと待て!どういう――」
「この扉を開けたら、真実が分かるよ。全ての」
意味深に笑って扉を指差す啓。……ああくそっ、コイツ。
「……そう言ったら俺が扉を開けるとでも?」
「思ってるよー。開けるでしょ?それとも開けないで真実を知らずに帰る?」
「……ロクな目に逢わんかったら関節技かけるからな、啓」
「その点は大丈夫だよ!きっと天にも昇る気持ちさっ」
「……」
啓の戯れ言を鵜呑みにしたつもりはない。が、開けないと何も分からないってのは事実そうだ。
ここに連れられてきた理由が分からないまま帰るのはシャクだ。……啓の思惑通りに進んでるのもシャクだが。まあ天秤にかけたら辛うじて理由解明の方が勝つ……うし、開けるか。
鬼が出るか蛇が出るか……いざ!
扉を開けると、人の騒がしい声が鼓膜に届いた。が、視界に捉えたのはその人々ではなかった。
「おお、雅文くん!やはりタキシードが似合」
バタン!!
……ふう、気を取り直せ、俺。今起きていた事を冷静な目で、落ち着いた心で捉えるんだ。
「キレイでしょー、美穂ちゃん。雅文のために色々努力してたからねー。……とはいえ、逃げ帰るのはどうかと思うな雅ふぐえっ。ちょ、雅文?こう首をガクガク揺らすのはタキシードを着た紳士の騎士道から外れると思ぐへっ」
「おい、何がどうなってる?一から説明しろ」
「ま、雅文。顔が怖いよ?」
「何がどうなって美穂がここにいて、かつ俺にフツーに話しかけてんのか。説明しない限り顔が緩むことはないぞ」
「……それこそ、雅文が美穂ちゃんに確かめるべきことなんじゃないかい?」
「……」
ニヘラと笑っていた啓の顔つきが変わる。思わず閉口している間に啓は続ける。
「ボクが答えることじゃない。本人に会って、勇気を出して確かめてみることもまた、大切だよ」
「……」
黙りこくっていると、扉が再び開かれ、純白のドレスに身を包んだ美穂が姿を現した。
「どうしたのだ、雅文くん?逃げるように立ち去って」
「……美穂、怒ってないのか?」
「怒る?なんのことだ?」
「いや……ここ一週間、ロクに連絡取れなかったから」
「す、すまぬのだ。このパーティーの企画の準備でてんやわんやだったのだ。別に怒ったりなどしていないのだ」
……怒ってない?え、俺の勘違い……?
「ふぅ……」
「ま、雅文くん?どうしたのだ?」
「いやなんか……気が抜けて」
「だ、大丈夫か?少し休むか?」
「いや大丈夫大丈夫。……ところでパーティーって何の話だ?」
「聞いていないのか?雅文くんの誕生日パーティーだ。ここに連れてきてもらう途中に話してもらうように頼んだのだが」
「誰に頼んだんだ?」
「雅文くんの妹さんと玲奈と、あとソコの奴に」
「…………」
「…………」
数秒、啓と視線を合わせる。先に動いたのは啓だったが、いかんせん室内であるが故に捕まえるのは容易かった。
ギリギリギリ……。
「うむ、雅文くん。いい感じだぞ。その分だとあと二分だな」
「もう一分くらい縮められるようキツくしようか」
「あと二分って何が美穂ちゃん……!てか雅文、キブギブ……!」
「何で俺に詳細を話さなかった?特にパーティーの事だ。マスク着けて気絶までさせやがって」
「きぜっ……!?」
「いや、雅文がいい感じに勘違いしてるからこう……雨降って地固まる的な?お二人にもっと仲良くなってもらうためにあえて溝を作ったというか……!」
「それが本音なら今すぐ折るぞ、啓」
「面白そうと思ったので放置してました!さっきの七割、こっち三割です!」
「…………」
「いや、なんでキツくし……ああーー!!」
「さて、あとはツインテと麗だな」
「申し訳ないのだ、雅文くん。連絡がいっているものとばかり……心配をかけたな」
「心配っつーか……聞いてると思うが、先週ちょっと誤解を招くことをしたからその……迷惑をかけたかと」
「ああ、諸事情で寒菜と出掛けていたというやつか。それならまったく気にしていないぞ。雅文くんが不義理なことをする訳ないと信じているからな」
本当に信頼されてるな、俺。……その信頼に少しでも報いられるよう頑張らなきゃな。
「と、せっかくクラスのみんなを呼んでパーティーを開いたんだ。主役がいないと盛り上がるものも盛り上がらないぞ。行こう、雅文くん」
俺の手を引く美穂。その手は頼りがいがあって、強くて、優しくて。ーー守りたくなるような温かい手だった。




