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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ

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702/706

702. 完璧な人

「ってぇことで~? はい、次は……シス! あんただよ!」


 唐突に始まった暴露の儀、時計回りに進んでいったそれも残り人数はわずか。


「くぅ~~っ……、ついに私の番ってわけ……」


 マデリーナに指名され、システィアナは観念する思いで首を振った。

 いずれ自分の出番が来ることを甘んじて待つしかないという状況は、どうにももどかしい。

 マリッセラのように無自覚で回避するか、ミアのようにこの場から逃げ出すか。クレアリアの鋼の心も見習いたいが、生憎システィアナには『想い人』がいる。ちなみにミアはあれっきり帰ってきていない。

 残りは、自分の後ろにベルグレッテ、レノーレ、シロミエールが控えている。

 ……すぐ次の出番を控える彼女を意識しつつ、システィアナは口を開いた。


「……そうね。えーと、私は……その……」


 皆の視線が集まっているのを感じる。頬が触れる距離で肩に座っている相棒こと白羽梟のオレオールも、心なしか見守ってくれている気がする。

 いざ喋り出すも、なかなか踏み出せない。


 ……だって。この恋が叶わぬことをもう分かっているから、心が痛い。

 でも。

 想いの行く末がどうなるにせよ、今は嘘偽りないその気持ちを。


「……私は――、レヴィン様のことが、好き」


 意を決した、今まで誰にも言葉としては明かさなかった思い。

 勇気を絞り出した告白だったが、しかしマデリーナが首を捻った。


「ちょぉーっと待った待った。身近な誰が好きとか、恋をしてるとかって話だからねぇ。あたいも人のことは言えないけど、レヴィン様を出すのはちょいと違うというかね……禁じ手じゃないかい」


 一瞬だけ彼女の意図を掴みかねたシスティアナだったが、すぐに察して「違うの」と手を振った。


「私は、あの方の追っかけなんかじゃなくて……。本当に、昔から……あの方を……レヴィン様を、一人の男性としてお慕いしてるの」


 そこでようやく、場に「おおっ」と感嘆が満ちた。


「そっ、そうなの!? あっでも、そっか! 貴族の家柄として、昔からお付き合いはあったのよね……」

「えー! シスって、てっきりリウチ君のことが好きなんだと思ってた!」


 何やら聞き捨てならない意見が聞こえてきたので、システィアナはきっちりと応じる。


「へ? なんでリウチ? そんなわけないじゃない」


 とんでもない誤解だ。密かにそう思われていたのであれば、それを糺せただけでもこの場は無駄でなかったか。

 それはさておき。


「レヴィン様には以前……告白も、したの。ラトゥーレスの丘で、思いを告げて……」

「わお! ご本人に!? しかもラトゥーレスの丘で! 素敵!」

「そ、それで!? レヴィン様はなんて!?」


 忘れられない。あの時の幸せな気持ちを思い起こしながら、告げる。


『――ありがとう。今すぐどうこう……とは言えないけれど、いつかきっと……君の思いに報いることができたら、と思うよ――』


 場が爆発した。


「ぁああおわー! やったー! シスやったー!」

「ヒャー! うっそでしょあんた最高じゃない!? そんなことあったの!? なんで黙ってたのよ~!」

「ア”ーン”……レヴィン様なら、仰りそう……」

「いやいやお似合い! お似合いよ! 貴族同士の家系なんだし! 文句ないでしょこれ! おめでとうシス! いや、とんでもない話じゃないのこれ!? なんで黙ってたたのよ今まで!?」


 友人たちは悶絶したり転がったり絶叫したりと大騒ぎだが、当のシスティアナは悲しい気持ちで首を横へ振ることしかできない。


「……だめなのよ」

「な、何でダメぇ!? 両想いで、一体何がぁ!?」

「猊下が、お認めにならないわ」


 その一言で、あれだけ盛り上がったはずの場がシンと静まり返った。

 それは即ち、このバルクフォルト帝国におけるローヴィレタリアの影響力の強さをそのまま示している。

 あの影の帝王が否といえば、この国にその決定を覆せる者など存在しない。


「私のミルドレド家は、権威が失墜して久しいし……私の能力では、レヴィン様にとても釣り合わない」


 家柄も、力も。どちらも届かない。


「……だから。だからね」


 と、システィアナはすぐ隣にいる『彼女』へと向き直る。


「私は、自分の力を証明したかったわけ。あなたに勝つことでね、ベル」


 至近で見つめられた少女騎士は、その美しい薄氷色アイスブルーの瞳を驚きに見開いていた。

 恐ろしいほど聡明なはずの彼女はしかし、こういう話に対しては全くもって鈍いらしい。


「シス……、だからあなた、対抗戦を……」


 かすれた声で呟くベルグレッテに対し、システィアナは小さく頷く。


「そうよ。ま、それで力を証明するどころか、レヴィン様に相応しくないことを猊下に再認識させる結果になっちゃったわけだけどね。……さーさ、私の話は終わり! じゃあ次は、ベルの番よ!」

「えっ!」


 思いがけない暴露大会となったが、ちょうどいい機会だ。


 そう、これで終わり。

 この恋は、ここで終わり。


 あとは、『相応しい人』に託すだけだ。

 あの圧倒的実力差で、ローヴィレタリアはベルグレッテこそレヴィンの伴侶として申し分ない相手だと改めて考えたに違いない。

 実際きっと、そのほうがいい。国家間の繋がりをより強固なものにできるし、お似合いの美男美女ではないか。昔から家族ぐるみの付き合いもあるようだし。


「さあベル! あなたは、誰が好きなの――?」


 この素晴らしい親友に引導を渡されるのなら、願ってもない終焉だ。

 だから。彼女の口から、その名前を聞く。それで終わる。


 張り裂けそうな心を必死で抑えつつ、その決定打となるであろう告白を待つ――


 ――瞬間、ベルグレッテの口元に波紋が広がった。

 通信の術。

 空間にたゆたう緩やかな波紋は、彼女が応じるのを静かに待っている。

 覚悟をすかされたような気持ちになりつつ、システィアナは息をついた。


「しょ、しょうがいないわ。出てちょうだい」

「う、うん。じゃあ失礼して」


 ベルグレッテが指で弾いて受け取ると、波紋から聞き覚えのある声が響いてきた。


『あーいベルグレッテ、ちょっといいかしらー?』


 やや酒が入っているのか、間延びした陽気さで問いかけてきたのはナスタディオ学院長である。


『ウワー! ベルちゃんたすけてー!』


 そして戻ってこないと思ったミアはこの天敵に捕獲されていたらしい。厳しい自然の摂理だった。


「な、なんでしょうか学院長?」

『いやー、リューゴくんがどこにいるか知らない? ミアも知らないみたいだし、ならアンタとしっぽりやってるのかなって思って』

「っ!? い、いえ知りませんが……!」


 ん、とシスティアナの心に引っ掛かりが生じる。


(? しっぽり……ベルとアリウミ遊撃兵が?)


『あんれぇ? じゃあどこ行ったのかしらねー。同室の先生に聞いたけど、結構前に砦の周り走ってくるって言って出てって、それきり戻ってきてないみたいなのよね~。帰路の打ち合わせしたいと思ったんだけど』

「そう、なのですか」

『今さ、ちょーど必要な先生方のメンツも揃ってるワケ。もうこのまま決めちゃいたいワケ。アタシはとっとと終わらせて飲みまくりたいワケ。悪いんだけど、あんたちょっと捜してきてくれなーい?』

「! しっ、承知しました!」


 あっ、と思う間もなかった。

 まさに水を得たかのように、ベルグレッテが立ち上がる。


「じっ、じゃあ私、行かなきゃだから……!」

「あーっ、お待ちよベル!」


 マデリーナの制止も空しく、学院長からの使命を仰せつかった少女騎士はこれ幸いとばかりの勢いで部屋を飛び出していってしまった。


「くっそぉ、逃がしたかぁ……」


 悔しげなマデリーナは純粋に獲物を逃がした残念さを滲ませているが、向こう側の彩花も何やら大袈裟な息をついている。クレアリアもどこか複雑そうに唸っていた。


「しょうがないね、じゃあ次は……、あっ、レノーレか……」

「…………」

「あーこれね、クレアと同じ流れよね……」


 いつも通り全くの無表情で見上げてくる風雪の少女に対し、マデリーナはやれやれと溜息をついた。

 ――とそこで、今度はシスティアナの目の前に通信の波紋が出現する。


「おっと今度はシスかい? 忙しないねぇ、学級長クラスリーダーさんがたは」

「ふっふ、ほんとにね……誰かしら」


 先ほどのベルグレッテみたいに波紋へ触れると、システィアナとしては想像していなかった人物の声が届いてきた。


『リーヴァー、エーランドだけど』


 こんな時だからか、つい先刻彼の名前を出したリムが森の小動物のように反応する。


「リーヴァー、システィアナよ。こんな時間に珍しいじゃない。ケガの具合はどう?」

『ああ、お陰様で何てことはない。書類整理ぐらいならこなせるよ』

「それはよかったわ。ところでエラン、どうしたの? 私より、他に通信してあげるべき人がいるんじゃない?」


 片目を閉じながらリムに微笑みかけると、彼女は抱き締めた枕に顔を埋めてしまった。楽しい。


『ああ、そのおれの通信すべき相手はレヴィン様なんだが』


 いや違うでしょ、相変わらずの朴念仁め。と思うシスティアナだったが、直後に眉をひそめることとなる。


『今、砦近くの兵舎にレヴィン様とともに滞在してるんだが……気付いたら、お姿が見えなくてね。休憩に出られたと思うんだが、いつになっても戻られない。通信にも応答されない。そっちに行かれたりはしてないか?』

「えっ、レヴィン様が……? いえ、いらっしゃってないと思うわよ」


 教員からも、無論当人からも連絡は受けていない。

 そんな前置きもなしにレヴィンが来るとは思えないし、仮にもし来ていれば生徒らに目撃されて騒ぎになっているはず。


『そうか……分かった。なら、もう少し探してみる。邪魔したね』


 困り果てたような口調で言って、エーランドは一方的に通信を終えてしまった。

 そのやり取りを見ていたクレアリアがやや驚いた風に呟く。


「意外ですね。あのレヴィン殿が、行き先も告げずいなくなるだなんて。よくあることなんですか?」

「いえ……。私も、今初めて聞いたわ。そんな話……」


 クレアリアが抱いている彼の印象に間違いはない。そして、システィアナがよく知る彼の人柄も同じく。 

 品行方正、謹直。いかなる時も気遣いを欠かさない、実直で誠実な紳士。誰にも行方を告げずいなくなるとは考えづらい。


(ううーん……?)


 通信術に応じない理由はいくつか考えられる。

 例えば、雑踏など忙しない環境の中にいて波紋に気付かない。あるいは、眠っていて気付かない。

 しかし、散歩に出たらしいとの状況を考えたならそれらは考えづらい。平常日の夜の街中、それも比較的静かなこの近辺で通信を見逃すことなどないだろうし、まさかどこかで眠っているはずもない。

 その身に何か危険が迫っていて出られない……との可能性もなくはないが、かの『白夜の騎士』である。それは杞憂の極みだろう。

 となると――


(……意図的に、通信を無視しておられる……?)


 それこそまさかだ。あのレヴィンがそんな真似をするなど。

 万が一、仮にそうだったとしたなら……どんな理由で?


「しかしレヴィン殿はともかく、アリウミ殿は明日の朝にはここを出立する身だというのに。どこで油を売っているのやら」


 やれやれ、とクレアリアが言葉には出さず仕草でかぶりを振る。


「そういえばぁ、レヴィン様とアリウミ遊撃兵って結局、どっちのほうが強いんだろうね。試合、見てみたかったなあ」

「確かに確かに。結局、実現しなかったよね。闘技場のときはバナナの皮だし、昨日の対抗戦は特別試合なかったし……」


 話の流れで、周囲の女生徒たちがそんな言葉を交わしている。


「ふっふ。それは申しわけなかったわねー。私が引き分けに持ち込めなかったからね」


 システィアナがわざとらしく割って入ると、彼女らは慌てて首と手を振った。


「そ、そんなつもりじゃなくて!」

「い、いやいや! シスとベルグレッテさんの試合もすごかったよね! 宮廷詠術士(メイジ)同士の闘いかと思ったもん!」

「……ったく、無理矢理持ち上げなくていいってば。悔しさがぶり返してくるじゃない」


 けれど、不安を抱えつつも間違いなく高揚した一戦だった。

 ベルグレッテはどう動くのか、自分はどうやって対峙するのか。戦略を練り、そして読み解くことも詠術士メイジの醍醐味。

 自分の試合だけではない、他の皆の試合もそうだったように見えた。やはり強者との対峙は、その道を志す者にとっては――


「…………」

「シス? どうかしたの? 急に黙っちゃって」


 ふと思い至る。


「えっと……、アヤカ。ちょっと訊きたいんだけど……」

「へ? 私?」


 この流れで問いかけられるとは思っていなかたのか、彼女はきょとんとして顔を向けてくる。


「アリウミ遊撃兵って、やっぱり強い相手と闘ったりしたがる気質の人なのかしら?」


 すると、まるで黙考の間すらなく即答が返ってきた。


「そりゃもちろん! あれはバカよバカ。バトルバカ。前にもね、すごく強い人と闘ったって言ってて。その人のこと敵だったとか気に食わない奴だとか言ってるくせに、すっごい嬉しそうに話すんだもん。もうノロケみたいに。ぶっちゃけあいつ、レヴィンさんと闘ってみたかったんじゃないかな」

「…………」


 なら、あの人は……稀代の英雄、レヴィン・レイフィールドはどうなのだろう?


 思えば、考えたこともなかった。

 彼はいつだって品行方正で、完璧で、皆の憧れで。でも。


『どいつもこいつも勘違いしてる。レヴィン様だって人間だ。誰にも言わないだけで、心の中に色んな思いを秘めておられるはずなんだ。だからおれは、あの方を支えられる騎士になる。少しでも、あの方の背負う重荷を軽くできるように』


 傍らに立つことを誓った若き羚羊は以前、そんな決意を語ってくれたことがあった。

 そして、


『今となっちゃ誰も信じないがね、結構な腕白小僧だったんだぜレヴィンの奴は。ガキの頃は、お互いに生傷が絶えなかったものさ』


 軽薄で不真面目な腐れ縁の青年は、懐かしそうにそう笑ったことがあった。

 それこそシスティアナも信じなかった。ローヴィレタリアの指導があって、レヴィンは今の穏やかな佇まいに落ち着いたのだと。そんなことなど、いつもの大げさな放言だと思って気にもしなかった。


「――」


 結論が出るより先に、システィアナは通信の術を紡ぐ。すると、すぐさま応答があった。


『リーヴァー、こちらベルグレッテです』

「リーヴァー、システィアナだけど。ベル、アリウミ遊撃兵は見つかった?」

『いえ、まだだけど……。どうかしたの?』

「うん……ええと、ちょっと気になったことがあって――」


 システィアナは切り出した。

 万が一にも、そんなことなどあるはずがない。

 そう考えていながらも、急かされるように。

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