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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
16. アークティック・ナイツ

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701/706

701. 踏み出す一歩

昨日さくじつの対抗戦は、胸に来るものがあったよ」


 夜景に目を細めながら発したレヴィンの声音には、届かぬものに焦がれる響きが自ずと混じった。


「勝敗とは関係なく、皆……あの一戦で得たものがあったように見えた」


 試合の前後で、明らかに顔つきが違った。

 少なくとも、レヴィンにはそう感じられた。


「あんなに熱くなったリウチを見たのは久しぶりだった。シロミエールがあそこまでひたむきに闘い抜く様は初めて目にしたし、エランもダイゴス氏ほどの猛者を相手によく食らい付いたと思う。リム嬢がクレアリア殿に挑んだことは想像だにしなかったし、その闘いぶりも素晴らしかった。最終戦も、一瞬ながら濃密だった。シスの思いつめたような様子が少し気になったけれど……彼女が遠距離を制し、ベルグレッテ殿が近距離にて凌駕する……。強力な詠術士メイジ同士ゆえの、緊張感溢れる立ち合いだった」


 レヴィンは推測を口にする。


「皆、『自ら踏み出した』からなのではないかと思うんだ。各々試合に期する思いがあって、もしくは闘いの中でそれを見出して……。試合の中で干戈を交えるうち、何かを得ることができた。だから終わった時、あのように晴れやかな面持ちとなれたのではないかと」


 言うなれば、挑んだことで一皮剥けた。そんな印象があった。


「……うん。彼らは皆、己の意志で臨んだ。だから、前へと進めたんだ」


 己に言い聞かせるかのように。

 つい先ほど、『自分の意志を持たず歩まされているだけ』と自らを評した騎士は。


「だから僕も、一度ぐらいは意志を持ってみたい――」


 レヴィン・レイフィールドは、有海流護へ対し告げるのだ。



「――リューゴ君。僕は君に、決闘を申し込む。受けてはもらえないだろうか」



 ここまで静かに耳を傾けていた彼は、さすがに目を丸くした。

 それも一瞬のこと。すぐに苦笑して、


「つか、急にどうしたん?」


 流護が問うてくると、レヴィンはややためらいがちに首を振って真意を語る。


「……君とは、縁がないのだと思っていた」

「縁がない?」

「サスクレイスト闘技場では、せっかく君が名乗りを上げてくれたにもかかわらず、本格的に交える前に幕引きとなった。そして昨日さくじつ……対抗戦が引き分けであれば、特別試合が組まれるやもしれないとの話が囁かれた。リューゴ君と僕が……なんて案も出ていたけれど、ミディール学院側の勝利で終わって、その件も立ち消えとなった。それでね、思ったんだ。君と僕は、交わる運命になかったんだ……と」


 一度ならず二度までも、干戈を交える機会が失われた。であれば、それはそのような定めになかったのだと。


「けれど、簡単なことだった――」


 今さらながらに気付く。


「そのどちらも、僕は状況に身を任せていただけだったんだ」


 縁がなかった? そうではない。

 闘いたい。

 そう欲するなら、表明すればいい。意志のない己は、そんなことすらしなかっただけ。


(……駄目だな、僕は)


 こんな簡単なことすらできずにいたのだから。


 けれど今、言えた。

 流護との決闘など無論、現実的に考えたなら不可能だ。

 国家間を隔てる、レインディール遊撃兵と『サーヴァイス』隊長としての立場。互い、安易に勝敗など決してはならぬ間柄。

 彼は明朝には出立する身。自分は自分で、休憩がてら兵舎を抜け出してきただけ。決闘などを行って大事があればどうなる。


 そうした事情を鑑みれば、対決などできるはずがない――と。

 今までの自分は、自然とそう考えることが先立ってしまっていた。常識で考えたなら不可能。何事に対してもそんな現実に縛られ、雁字搦めとなって。


(……でも、言えた)


 この際、本当に決闘するか否かは問題ではない。

 言えた。踏み出すことができた。今までの自分であれば、到底不可能だったこと。

 これだけで、レヴィン・レイフィールドとしては価値ある大きな一歩となったのだ――


「…………、」


 満足だ。悔いはない。


 ……さて、気持ちを切り替えなければ。

 自己満足のための発言で、彼を困らせてしまった。早々に撤回しなければ――


「んじゃ、どこでやる?」


 本当に、何でもないことのように。

 首を横向けた流護が、そう尋ねてくる。肩をぐるぐると回しながら。


 瞬間、レヴィンの思考が止まった。


「…………え?」

「いや、決闘すんだろ? 場所どうする?」


 まるで、喫茶の店でも探すかのような気軽さで。


「な、何を言っているんだいリューゴ君……!」

「は? いや、あんたが言い出したんじゃねーか」

「そ、それは……! し、しかしだね……、か、からかわないでくれたまえ!」

「いやいや。これでやらねーんなら、からかってるのそっちじゃね?」


 それはもっともかもしれない。

 正面を向いた彼が続ける。


「つーかさ、言っただけで満足してんなよ。これから先、一生そうやって生きてくのか? 自分のやりてえこともやらねえまま、人から言われたことだけに従ってよ。それでいいのか? あんたはさ」

「――――」


 刹那、息が止まった。

 そうだ。それが嫌だから、踏み出した。決闘を口にした。


「なんかさ、分かった気がする。あんたが心ん中に抱えてたもんが」

「えっ?」


 思いもよらないことを言われ、レヴィンは思わず流護を凝視する。


「あの、最初にあんたと闘技場で会った夜さ。違和感があったんだよ。ヒュージコングを相手にした見世物やって、その後に挑戦者とか募って。あん時レヴィンって、終わったあとベル子とメシ食いに行く約束してただろ?」

「ああ……うん、そうだね」


 日々、分刻みで入れている予定。

 急遽、別の予定を割り込ませることも日常だ。

 レヴィンとしてはいつものことで、流護が何に違和感を覚えたのかが分からない。


「なんかさ……あんたのこと、聞いてた印象と違うなって思ったんだ。少なからずこれから闘うのに……万が一のケガとかあるかもしれんのに、終わった後の予定が当たり前に入ってて。最初、実は爽やかそうなフリして『ペンタ』特有の傲慢な奴なのかと思った。勝って当たり前だから、余裕こいてその後の予定とか入ってるんかと。でも、そうじゃないんだ」


 確信したかのような彼が、凪いだ目を向けて。


「あんたにとっては闘うことすら『用意された日常』になっちまってて、もう何も感じなくなってたんだ。本当にただ、仕事の一つ。昂りも何も感じなくなっちまってるから、その後の予定が入ってるのも当たり前になってんだって」


 虚を突かれた思いで、レヴィンの息が瞬間的に止まる。

『分刻みで入れている予定』。『レヴィンとしてはいつものこと』。


「んでも、今回は違うよな。俺らが決闘なんかしたら、後々が面倒なことになる。その後のこと考えたら、本当ならやるべきじゃない。でも、そういうことを無視してでもやりたい、って思ったんだろ」

「――――」

「あんたの言い方借りるなら、これで『三回目』だぜ。闘れる機会があんのに、またみすみす逃すのか?」


 まるで悪い遊びにでも誘うように、流護は笑みを形作る。


「……、……けれど、君は……リューゴ君は、それで……いいのかい?」


 おずおずと口にした、その疑問に対し。


「俺は構わんぞ。今ここででも始められる」


 一切の迷いがない、その返答。


(そうだ、彼は……)


 レヴィンも遅まいてハッとした。

 以前の、彼と皇帝ヴォルカティウスとの対峙の折にも脳裏によぎったこと。

 いつ、いかなる時も。誰と対峙しようと。どのように仕掛けられても、即応できるだけの肚が決まっている。


 例え、その相手が一国の王であろうとも。そして、『ペンタ』であってもだ。


 迷いも萎縮も動揺もない。

『最強』を目指すというその途方もない宣告が、本物であることを証明するかのごとく。


「――」


 今、この機を。逃していいのか。

 きっと、もう二度とない。ここを逃せば、彼と闘う機会が再び訪れることはないだろう。


 それも運命と称して見送るのか。

 何もせず、今までみたいに。


 これほどの猛者と交わらずして、大陸最強の騎士?

 エーランドは、『十三武家』の精鋭と渡り合った。『サーヴァイス』の五番手……国内でも指折りの猛者として上り詰めながら、挑戦する姿勢を見せた。そして、自らの可能性を見せた。

 あの激闘が脳裏をよぎる。


(い、や……)


 彼だけじゃない。

 思ったじゃないか。

 あの対抗戦を見て。

 羨ましい、と。


「まあ、せっかくここまで完璧な無敗の英雄像ってのを『作って』きたんだ。無駄に俺とやって、戦績に傷つけることもないんじゃね? とは思うけどな」


 流護は不敵に、事もなげに言ってのける。ただの挑発ではない。それは自負だ。レヴィン・レイフィールドが相手でも負けはしないと。

 そうだ。そんな彼が相手だからこそ……勝てるか否か分からぬ相手だからこそ、惹かれているのだ。

 敷かれた盤石の道筋をなぞるだけでなく。自らの意志で、挑戦を。


「んで、どうする?」

「……………………相応しい、場所があるんだ」


 小さく。思考の堂々巡りになるより先に、レヴィンの口から言葉が飛び出した。


「はは、そー来なきゃな。んじゃ、行こうぜ」


 流護は、遊びにでも応じるかのような気軽さで笑う。


 ――ああ、考えてみれば。

 激務にかこつけて、こんな風に誰かをどこかへ誘うことすらありはしなかった。

 そういえば、いつだったろう。エーランドとともに楽しい時間を過ごし、次の約束をしたのは。それすら未だ果たせていないことを思い返しつつ、レヴィンは足を向ける。

 自らの意志で、相応しいその場所へと。

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― 新着の感想 ―
自分の意志で戦いを挑むのが大事だったんですね
この修学旅行、レヴィンにとっても価値のあるものになりそうですね。 あと700話おめでとうございます。前回はコメントしそびれてたので。
闘技場での決闘時の決着が正直なんか残念だな~って感想書いちゃったけど・・・ 申し訳ありませんでしたああああああ!!! こういうふうにつなげるのメッッッチャ熱い!!!
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