700. 修学旅行の夜
「さぁーて、夜も深まってきたねぇ! せっかくこれだけの人数が集まったんだ、ちょっとした催しをやろうじゃないかい!」
おもむろにそんな風に言って立ち上がったのは、商家の娘にして姐御肌の女生徒ことマデリーナだった。
「催し?」
「なになに?」
「どうしたの?」
思い思いに座っている女子たちが注目する。
ベルグレッテやシスティアナも寝耳に水、といった表情で発言者に視線を向けた。
おほん、と咳払いを挟んだマデリーナが、どこか誇らしげに言い放つ。
「年頃のオンナがこんなに集まって、やらない話はないんじゃない!? ズバリ! 腹を割って本音を話す暴露大会さ! あんたたちの好きなオトコの話、聞かせてもらおうじゃないの~!」
えーっ、なにそれ、と場が悲鳴と混乱に満ちる。
「さあさあ! あんたら、誰が好きなのよ! 名前と、そいつが好きな理由とかぁ! 順々に色々じっくり聞かせてもらいましょーか!」
「ちょ、ちょっとマデリーナ、あんたもしかして酔ってる!?」
「うるせえよ! こちとら妙に気分がいいんだよぉ! 聞かせろぉ!」
間違いない。誰か酒を持ち込んでいる。
その狂乱ぶりを目にした蓮城彩花はというと、
(こ、これって……しっ、修学旅行の夜――!?)
思わずゴクリと喉を鳴らすが、いやまさしく修学旅行の夜なのだ。今この時は。何ともまあ、異世界でもこういったイベントは共通らしい。
「な、なら! そういうアンタがまず話してよマデリーナ!」
ごもっともな意見が飛んでくる。
この正論極まりない反撃を受けた彼女は、焦り散らかして言葉に詰まる――ことはなかった。
「おっと、そいつは一理あるねぇ。そいじゃ、言い出しっぺのあたいから話しましょーか」
オホン、とむしろ余裕げに喉を湿して。
「えーとあたいは、商家の付き合いで何回か会ったバングディンって服飾屋のお兄さんが気になっててね。歳は四つ上だったかねぇ。王都に戻ったら、積極的に会っていきたいね~」
シン、と場が静まり返った。
「……ちょっとマデリーナ。学院の男子じゃないの?」
「え? そうよ。あたいの気になる人がたまたま学院の男じゃなかったからね、しょうがないね。はーいという訳で次ィ! 時計回りに行こっか! ってことで、あんただよイレーネ!」
「えーっ……!」
マデリーナの隣の少女が名指しされ、皆の注目を集めることとなった。そんな彼女は反抗を試みる。
「待った。待ってよ。マデリーナ、卑怯じゃない……!? あんた、私たちには分からない相手の名前出してさ……!」
「いや、たまたま偶然そうなんだからしょうがないじゃない。きひひ。ほら、腹を括りなよ」
総勢二十名。どこか熱の篭もった皆の視線を受けたイレーネは、観念したように喉を鳴らした。
「………………私は…………、えーと……ジャスダスが、その、気になってるっていうか……いや、ちょっとだけ! ちょっとだけだけど……」
おおー、と場に感嘆の声が満ちる。
「えー、そうなんだ~気付かなかった~」
「いや、あたしはもしかしたらって思ってたぁ。なんか普段から、あいつにだけ態度が違ってたもんね」
口々に感想やら品評が聞こえてくる。イレーネは手近な枕を抱き締めて、すっかり顔を真っ赤にしてしまった。
「きひひひ。いいですなあ、いいですなあ。これよこれ。それじゃあ、どんどん行こっか~。次はあんたね」
――そうして、くすぐったさに満ちた地獄が開幕した。
「えーそうなのー!? 意外~!」
「わー! 来たぁ! 学院を超えた禁断の恋――! この三週間で何があったの!?」
各々が男子の名前を口にするたび、場には黄色い悲鳴が木霊する。
「えー。あたしほんとに、好きな人とか今は特にいないんだけどー」
「この流れでその言い訳は通用しないよエメリン!」
「誰でもいいから! 名前! 挙げなさいよ! 私は言ったんだから!」
もう場はメチャクチャである。
「うーん。誰だろうなー……顔のかっこよさで言ったら、ラティアス隊長とか好きなんだけどー。あの冷たそうでぶっきらぼうな感じが逆にいいというかー……。学院の男子に、あの感じはいないんだよねー。ダメー?」
「チッ……確かに、エメリンって浮いた話全然ないのよね……」
「仕方ない、それで見逃してあげるわ」
もうとにかく誰かしらの名前を出さなくてはいけないらしい。主旨が変わっていないだろうか。ちなみに、学院の男子以外の名前が出ると皆のがっかり具合が半端ない。
それからも時計回りの順番で、乙女たちが心の裡の秘密を暴露していく。
「ああ、オルバフさんかぁ。まあ精悍で格好いいよね、彼」
「……はい……。だから遊撃兵さんにあっさり負けた時は、私も落ち込みました……」
うなだれた黒ローブ女子が告白を終えて、次の人物に目線が集まる。その少女に対し、いつしか進行役となったマデリーナが促す。
「ってことで、はい。次はあんただよ。リムお嬢」
「………………!」
この場で最年少であろう彼女は、その真紅の瞳を見開いた。どこか助けを求めるように、向かいの寝台にいるシスティアナを見やる。視線に気付いた西の委員長は、何だか満ち足りた笑顔で力強い頷きを返すのだ。ああ、完全に空気に染まっている。
「さあ、誰? 誰よ? リムお嬢は、誰が好きなのん?」
「ちょっとマデリーナ、下世話ですよ。リム殿が困っているでしょうが」
すぐ隣のクレアリアが庇う形で苦言を呈すも、それを押し止めるような素振りを見せたのはリム自身だった。
「……みんな、言ったから……わたしだけだまってるのは、ずるいから……」
「リム殿……」
あの模擬戦から、引っ込み思案だったこの少女には芯の強さが垣間見えるようになった気がする。
そんな彼女は、すっと覚悟を決めるように息を吸って。
「……、……わ、わたしは………………エランのことが、すき……」
おーっ、と室内に感嘆が巻き起こる。
(エーランドさん! そうなんだ!)
彩花としても驚きである。
リムの隣のクレアリアと、斜向かいのベルグレッテも目を丸くしていた。システィアナは知っていたようで、腕を組んで何やら感慨深そうにうんうんと頷いている。監督みたいに。むしろ、よく言ったと褒めたそう。
「……ああ、そういえば。エーランド殿とは、幼少時代からの間柄なのでしたっけ」
クレアリアが珍しくもハッとした表情で尋ねると、リムは真っ赤な顔でコクリと同意を返した。
「……むかしから、ずっと……。……わたしは、エランに……ふさわしい人に、なりたくて……」
「ア!」
胸を押さえたマデリーナが急にぶっ倒れた。
「……眩しい……純粋すぎて、輝きが強すぎて、あたいの心が痛い……」
そんな風に痙攣する彼女へは、近くのクラスメイトがジト目を送る。
「そりゃそうでしょうよ……。こんなとんでもない企画言い出しっぺのくせに、自分は誰も知らない男の名前だけペッと出して、高みの見物をしてるような腹黒い人にはね~」
(そっ、か。リムちゃんとエーランドさん、幼なじみなんだっけ)
彩花は、改めてその単語を噛み締める。
(……幼なじみ、か)
自分にも該当する相手がいる、その関係性。
現代日本の少女が複雑な思いを抱く傍ら、リムの純真で一途な恋心を聞かされた乙女たちはより一層ヒートアップである。
「あぁ~……いい話聞かせてもらったわ~……」
「心が浄化された気がする……」
「自分のことじゃないのに、なんかドキドキしちゃった。リム、頑張って! 応援してる!」
「正直、エーランドのことちょっといいかもって思ってたけど、こりゃ私の入る余地なんてないわ。応援するよ、がんばれリム!」
皆の微笑ましそうな感想を受けたリムは、もう消えてしまいそうなほど小さくなっていた。耳なんて真っ赤すぎて大丈夫かと思うほどだ。
「きひひひ。あーご馳走様ご馳走様。じゃあ次は――」
と、皆の視線がその隣の人物へ移る。
そこで生まれる一瞬の静寂。
ここまで意気揚々としていた進行役のマデリーナが一転、おずおずと呼びかけた。
「……ということで、その……クレアさんの番、なんだけど……」
呼ばれた人物こと『男嫌い』クレアリアはといえば、堂々と腕を組んで佇んでいた。集まる皆の視線などものともせず。マデリーナが言いづらそうに続ける。
「えーとクレア。好きな人とか……」
「いませんが。」
一刀両断。
「は、あはは。だ、だよね。まあ知ってた。それじゃえーと、ちょっと気になるな~、みたいな人とかでも……いいんだけど……」
「いませんね。」
威風堂々。
(つっ……、強すぎるっ……!)
彩花としては驚愕するばかりである。
濃密さを増してきた少女たちの暴露タイム。今や、好きな人など本当にいなかったとしても誰かしらの名前を出さなければいけないような危険な雰囲気すら漂っている。
そんな中、まるで気後れすることなく……それどころか何か文句があるか、とばかりに繰り出される言葉の刃。
その迫力の前に、異論を挟む者も現れない。
……とそんな静寂を打破したのは、他でもないその空気を作り出したクレアリア自身だった。
「とはいえ……私も、わざわざ場を白けさせたい訳ではありません。そうですね、気になる人……。そもそもが私が殿方を苦手と感じるようになった原因は、兄様や父様にあると言えるのですが。それこそ幼少時は、お二方と結婚したいなどと放言したこともあったと思います。といえど、それは家族愛に違いありませんし。うーん……」
腕を組んだクレアリアは、考え込みながら深刻そうに首を下向けてしまう。
「うーん……」
横に傾き始めた。眉間に眉を寄せた悩めるその表情は、何らかの形で後世へ伝えれば名高い芸術となりそうだった。
「あっ、うん。クレア、無理しなくていいよ……。いないもんはしょうがない……。そもそも好きな人ってね、考えて絞り出すもんじゃないんだわ……。あたいが悪かったよ……」
「そうですか? ご期待に沿えず申し訳ありませんね」
しかし、それで誰も何も言わない(言えない)クレアリアの強キャラ感が光った時間だったといえよう。
「じ、じゃあ次は私? えーと、じゃあ私も別にいませーん……」
「あんたはダメ!」
「いるでしょ! 分かってるよ!」
そうそう特例は認められないらしい。
そしてまたもピンク色に染まった告白大会が続き――
「ほい、それじゃ次の人! ……なん、だけど……」
視線が集まったその人物は、マリッセラ。
しかし彼女は、寝台の上で横になってすーすーと寝息を立てていた。ちなみに、頭にはサンタクロースの帽子の青色バージョンみたいなナイトキャップをしっかりと深く被っている。何というか、気の強い彼女にやや似合わずというか、それでいて可愛らしい意外な一面を見たような。
「あー……そうだった……。マリッセラって、夜寝るの早いんだよねぇ……」
「毎晩、遅くても十時前には床についてるもの」
マデリーナが額に手を当ててぼやくと、システィアナが苦笑で応じた。懐中時計を確認すれば、すでに十時半を回ったところ。
つい先ほどまで明るかった気がするので、彩花としては未だにこの短い夜の感覚に慣れない。
眠れるマリッセラがむにゃむにゃと口元を波打たせる。
「う~ん……わ、わたくしは……負けませんわよっ、ベルグレッテ……」
マデリーナが思わずといった様子で吹き出した。
「きひひ。マリッセラはやっぱり、まず色恋沙汰よりベルみたいだねぇ」
「あ、あはは……」
当のベルグレッテも苦笑いである。
さすがに起こしてまで、という訳にもいかず彼女の番は飛ばすことに。そしてすぐに、またも彩花のよく知る人物が指名された。
「ってことで次は――はい、ミア!」
「!」
呼び当てられたハムスター少女はというと、外敵に見つかったかのようにビクリとその身を竦ませる。
進行役のマデリーナは、フッとどこか哀れな獲物を眺める視線を向けた。
「まっ、あんたが誰を好きなのかはよぉ~く分かってるけど……この機会に、あんた自身の口から白状してもらおうかねぇ~、きひひひひ」
「うっ、う~っ……」
頬を紅潮させたミアが唸ってプルプルする。
「あ、あたしは、ベルちゃんが好き~!」
「おらぁ! そういうのはいいんだよ! 今してんのは男の話だ、オトコの話ィ!」
満面の笑顔で宣言するミアに、マデリーナがブチ切れた。あまりに猛々しい乙女の咆哮である。
「うー……!」
またもプルプルしたミアは、ちらっちらっと視線を往復させる。彩花と、そしてベルグレッテへと。
そして。
「ウワ――!」
脱兎の勢いで、ドバーンと部屋から飛び出していってしまった。
「あーっ、逃げた!」
とんだアクシデント発生である。
「ちぇっ、後でお仕置きが必要だねぇあの子には……。まあいいや。それじゃあしょうがない、飛ばして次の人っ」
(……ミアちゃん……もしかして、私とベルグレッテに気を遣って……?)
あの小動物な少女が誰を好きであるかなど、普段の彼女を知る者であれば
容易に察せられる。
そして『競合相手』のことを考え、答えを明かすことなく逃げ去ってしまった。
(いや、そんなこと……気にしなくていいのに? っていうか、別にそんなんじゃないっていうか)
やはりミアにも『そう思われている』ということか。ちょっと納得がいかない彩花だった。
さて、そのように逃亡者が出るほど荒れたイベントも、いつしか折り返して残り人数のほうが少なくなってきた。
(うん。聞いてる分には楽しいよね、こういうの)
枕を抱えた彩花は、同年代の女子たちの秘密に触れて和やかな気持ちになっていた。
だから直後、心底驚くこととなる。
「ほい。じゃあ次はー、眠り姫っ」
「……え?」
「あんたの番だよ。アヤカ・レンジョー」
「えっ……、ええぇ!? わ、私も参加するんですか!? いや私、生徒じゃないしぃ……!」
「何言ってんのさ。今この場にいるんだから、生徒かどうかなんて関係ないよ! おらっ、白状しな!」
何ということか。観客のつもりでいたら、ガッツリ巻き込まれてしまった。
「……。……あっ、私、ちょっとトイレに行ってきま……、あー!」
「させるかー!」
さりげなく立ち上がると、周囲の子たちに足を掴まれて阻止されてしまった。ゾンビ映画みたいである。
「い、いやーだって私? 生徒じゃないし、だから男子生徒とか誰がいるとか詳しく知らないしっ……」
「ふむふむ。じゃあ、生徒以外でいるってことだね」
「……!」
あーだめ、この流れはよろしくない。
「いやー、違うから。違うんです。あいつは、そんなんじゃなくて……」
「あいつ!? 誰だい!?」
「あーっ! ってかマデリーナさん、わざとらしい……!」
そんなしょうもない応酬を交わしていると、周囲から黒ローブ女子たちのヒソヒソ声が聞こえてくる。
「あー、やっぱり『彼』なんだ……」
「そうだよね、いつも一緒にいるもんね……」
「むしろ付き合ってるんじゃなかったの?」
「や、あれで違ったらむしろ爛れた関係でしょ……」
「わっ。それはそれでそそる……」
好き勝手言われている。何ということだろう。リズインティ学院の生徒にもそう思われているとは。
「いやっ、ほんとにその……違くて。私にとって、あいつは……家族みたいなもんで」
「家族!? 夫婦ってことかい!? きひひひ……きひひひ! きひ……ひ、きひ……ゲ……、ゲバッ! ゴボッ! ゲッゲッゲッゲ!」
高らかに笑うマデリーナのその様は、年頃の女子の気恥ずかしさを糧として吸収し、力を増幅する邪悪な魔王のようだ。なんか今にも第二形態とかに移行しそうになっている。
「そ、そーじゃなくて! ……夫婦なんて、だって……何かあれば、別れちゃうかもじゃないですか。所詮は、他人同士なんだし」
……自分の両親の不和を思い浮かべつつ彩花が言うと、マデリーナたちはやや引き気味に眉を寄せる。
「た、他人ねぇ。なかなか手厳しいねぇ」
「でもあいつとは、そんなんじゃなくて。いて当たり前の、弟みたいなもので……。だから、男女の関係で一緒になりたいとか……そういうのじゃ、ないんです」
今の距離感が壊れてしまうかもしれない。それに離れ離れになってしまう可能性なんて、考えたくもない。もう、二度と。
今の関係が続くのが、一番いい……。
(……あれ?)
気付けば、場はシンと静まり返っていた。いけない。引かれてしまっている気がする。
「と、ということなんで! あいつはそういうんじゃないので! なんかいい人とかいたら、むしろ紹介してほしいでーす! 終わり!」
強引に話を締めにかかる。幸いにも、これ以上追及されることはなさそうだった。具体的な名前も一切出していないのだが。
ホッとしつつ腰を落ち着ける。
(…………)
何だろうか。
たった今の独白に、嘘なんてないのに。そのつもりなのに。
どうしてか、ベルグレッテのほうへ顔を向けることは……彼女の反応を窺うことは、できそうになかった。




