348. 咎人
下へ下へと延びる、長く薄暗い石階段。光源は、壁の燭台に一定間隔で灯されている神詠術の小さな明かりのみ。おかげで安全な城内とは思えぬ、不気味な雰囲気すら漂っている。
「この国に、総勢十三……いや、今は十二人の『ペンタ』がいることは、お主も知っとるよな。リューゴよ」
「ええ、まあ」
下へ続く狭い空間に、王と遊撃兵の声が反響する。
「実際に会った人数は、まだそんな多くないですけど……」
『ペンタ』と呼ばれる、常人を遥かに凌ぐ超越者たち。
詠唱不要、無尽蔵の魂心力、などの特徴に代表される規格外の能力から、彼らの保有数がそのまま国力に直結するともいわれ、どの国もその確保には貪欲な姿勢を見せている。
『ペンタ』に固執しすぎたことで周りが見えなくなり、滅亡してしまった国もあるほどだ。
レインディールは元々、他国よりずば抜けて多い十三名もの人数を保有していたが、夏に発生した王都テロの裏で一名を失ってしまい、現在は十二名となっている。
「実はな。公の『ペンタ』としては認定されていない一人……現十三人目となるヤツが、この奥にいる」
「え!?」
驚いた流護の声が、幾重にもなって階段に響いた。
「リューゴは、『ペンタ』が人知れずどこかでひっそり育つことはまずありえん……という説について知っとるか? 昔は、『神の選定』などと呼ばれとったんだが」
「神の……、あ! 聞いたことありますよ。えーと確か、『ペンタ』の力が強すぎるせいで、神詠術の知識がない地域に生まれたりすると、力の使い方を知らない子供の時に自滅しちゃう……みたいな話っすよね」
辺境の村や集落などでは、学問が浸透していない地域も多い。幼年期どころか、それなりの年齢になっても神詠術について学ぶ機会が得られないことも少なくないという。
そうした環境に『ペンタ』が生まれた場合、最低限必要な知識を得ることができず、持て余した強大な術を操りきれないまま、やがて自滅することになってしまう。
例えば、自分の服などを自分の術から守る道具――護符を作る知識もないため、己の術によって事故死してしまうなど。授かった属性が炎なら、それが自らの服に飛び火して焼死、といったこともありえるのだ。
「おう、その通りだ。勉強しとるな、感心感心」
三人はようやく、長い階段を下りきった。ここまでギルベーは会話に一言も口を挟まず、王の影のような気配のなさで追従している。
「でな、これから会うそいつは……その『神の選定』を生き延びた、希少な一人なんだ」
そんな王の言を受けて、そこで初めてギルベーが声を発した。
「その理由が、本人曰く『当時は服を着る習慣がなかったから助かった』だそうで。全く、ふざけた輩です」
吐き捨てるような口ぶりで、彼がその人物をどう思っているかは容易に感じ取れた。
「そんな『ペンタ』がいたんですか……。初めて聞きました」
「くく、無理もねえ。皆、ヤツのことは口に出したがらねぇからな。職務に忠実な者、生真面目な者ほど、ヤツを毛嫌いしとる」
「遊撃兵殿も、気を付けた方が宜しいですよ。間違ってもベルグレッテやクレアリアの前で、彼奴の名は出さぬことです」
「は、はあ」
一方で、初耳だったことにも合点がいった。ベルグレッテたちも、その『ペンタ』を快く思っていない。アルディア王は今、そんな相手と自分を引き合わせようとしている。
(だから今回……王様は、ベル子たちに俺を呼んだ理由を話さなかったのか)
冷ややかな石の通路を歩き、いくつもの牢屋の前を素通りする。空室も多いが、囚人服を着た者の姿もちらほらと見受けられた。
鉄格子越しに睨みつけてくる者も少なからずいたものの、威風堂々と行くアルディア王の巨躯を目にした途端、後ずさったり顔を逸らしたりと例外なく気勢を削がれている。罵声を浴びせかけることのできるような勇者はいないらしい。
(はは……ま、アルディア王イコールこの国で一番強ぇ人、って認識が浸透してっからな……)
そんな風に心中で苦笑いしていると、
「ヤツの名は、ブレーティ」
アルディア王が唐突にそう告げた。
「元山賊でな。確か当時、ベルが生まれたばっかだったから……もう十五、六年も前になるか。俺が直々に出張って捕らえたんだが、いやはや中々に骨が折れたもんだった」
「王様が……直接、っすか? つか、『ペンタ』が山賊やってたんですか」
「うむ」
ブレーティという名も本名ではなく、生きていく過程で自然とつけられた呼称だという。無論、苗字はない。扱う属性は氷。
この地下牢獄の最奥、厳重な封印術の施された石造りの一室に囚われている。
貧民街で生まれた直後に人買いに連れて行かれ、劣悪な環境の中で育った。自らの力に殺されることなく成長し、やがてレインディール領内を荒らし回る大山賊となる。
王に捕らわれるまで、勝手気ままに自由を謳歌した。
筋金入りの悪党で、本来ならば問答無用で処刑されるほどの罪状を抱えているが、こと『ペンタ』の話になると、宗教が絡んでくるのだ。
各地に支部が点在し、信徒数も四十万人を超えるとされる、世界最大の宗教団体ジェド・メティーウ神教会。その中で殊更に異端視され忌み嫌われる、『イル・イッシュ』なる狂信集団が存在する。彼らは『ペンタ』を過剰に崇め奉っているため、その処断するとなるとこの一派が厄介なのだという。
そういった特殊な事情が絡んだこともあり、ブレーティは今も城の地下に収監されている。
しかして、そこでただ大人しく罪人にタダ飯を食わせておかないのがアルディア王、というべきか。
国はブレーティを始末したい。『ペンタ』を神聖視する団体やその関係者は処刑に反対する。
「――と、そんな双方の妥協点として、ブレーティはただ収監されるだけでなく、怨魔討伐などの折に駆り出される駒となったのです」
やや嘆息しながらのギルベーの言葉に、アルディア王が続ける。
「ウチの表向き現十二人の『ペンタ』の中に、ワームハームって男がいるんだがよ。普段は遠方にいるから、リューゴはまだ会ったことねえよな。こいつが、ちょいと変わった術の使い手でな」
そのワームハームが扱う『拘縛』と呼ばれる特殊な術式にて反逆・逃走の可能性を潰したうえで、厳重な監視下に置いたブレーティを敵と闘わせる。
案が出た当初は「彼をそのように扱うなど認められない」と渋っていた『イル・イッシュ』だが、「まさか崇高な『ペンタ』様が敗北するとでも?」と王に言いくるめられたらしい。『ペンタ』を至上とする彼らだからこそ、もちろんそんな可能性は認められない(とはいえ、そもそもブレーティは王に負けて捕まった訳なのだが)。
『イル・イッシュ』も、ただの狂信集団ではない。『ペンタ』の能力が多くの人々の助けになるのであれば、それに関して否定はしない。
そうして、ブレーティはレインディールが擁する秘密兵器めいた存在となった。
国としては、この男が戦闘で死んでしまえばそれもまたよしだが、今のところは全戦全勝。
その強さは驚異的。カテゴリーSの怨魔を討伐した実績すらいくつも有している。
ブレーティ本人もそんな状況を楽しんでいるようで、逃げる素振りすら見せないらしい。
「……腹立たしいことではありますが……その力は、本物と認めざるを得ません」
「はー。とんでもないのがいたもんっすね……」
そんな流護の呟きに対し、大いに頷くのはギルベーだ。
「使える人材は使う。それが陛下の方針であることは、存分に心得ています。この自分とて、そのようにして陛下に見出して頂いた身ですから。しかしやはり、彼奴だけは……」
「とまぁ、ヤツの評判ってのは、基本的にこんな感じだな」
王は全くいつも通りの口ぶりで、暗殺者の肩をポンと叩いて笑った。
これだ。ブレーティに会うとなると皆がこのような反応となるため、王は上階で珍しく人目を気にしたように喋っていたのだ。
三人は一歩一歩、クモの巣じみた構造の回廊を進んでゆく。この広大な牢獄の最奥に囚われているという、その存在の下へ。
……と、流護はブルリと身体を震わせる。
(さぶっ。ちょっと冷えるな……)
季節は冬。そのうえ広い地下の奥深くへ向かっていることもあってか、少しずつ寒くなっているように感じられた。
そんな中でやがて、狭い通路の前に佇む二人の青年兵士の姿が見えてくる。
「へ、陛下っ」
主を認めて駆け寄ってくる彼らの様子は、父にすがりつく子供のようにも感じられた。
「おう、話してある通りだ。ブレーティの阿呆に会わせてもらうぞ」
「は、はい」
「そう不安げな顔すんなって。二年ぶりぐらいか、奴と会うのも」
ぽん、と兵の頭に手を置き、返事を待たず進み始める。二人の兵士は観念した面持ちで流護たちの後に続いた。
これまでの広々とした空間と違い、細く長い通路。ほとんど縦一列になりながら、王を先頭に流護たち五人は進む。
そして奥へ向かうごとに、肌寒さが加速度的に増していく。
(さ、寒……、つか、気のせいじゃねぇよな……。これって、まさか――)
そして、がらんとした大きな空間が流護の眼前に広がった。
四角く切り取られた石の部屋。その中央を横に割って走る厳重な網目の鉄柵。それを隔てた奥側が、丸々ひとつの独房となっているのだ。その広さは、囚人を閉じ込める場所としては破格の広さだろう。優に十メートル四方はあり、流護の私室よりも遥かに大きいほど。
そして――
(凍って、る……?)
石の壁、床、頑丈そうな鋼鉄の網――そこかしこに、白く固まった氷片がへばりついていた。
まるで冷凍庫。
そんな凍てついた独房には、片隅に置かれた排泄用の金ダライと、大きなベッドが一つ。すぐ脇には、何十冊もの本や紙束が平積みされている。
そして――その敷布も何もない寝台に横たわる、長躯の男が一人。
「……んァ? 誰かと思えば……これはこれは……」
低めの渋みを滲ませた声だった。
やってきた流護たち五人に気付き、ゆっくりと起き上がる。ジャラ、と金属を引きずる音が響いた。
この異常な寒さの中、男は半裸だった。身に纏うは、薄汚れて穴だらけとなった囚人服の下衣のみ。長い地下生活によるものか、肌は驚くほど白い。両腕は一本の太い鎖で繋がれ、両足には枷から伸びる鎖と直径二十センチほどの鉄球が括りつけられている。
アルディア王のような分厚い筋肉は見られないが、しかし華奢な印象もない。頑強な骨格に、無駄なく必要な肉が備わっていた。
面長の目鼻立ちに、際立った特徴はない。一見すれば、どこにでもいそうな壮年。顔全体には、歳相応の皺が刻まれている。臙脂の髪は色あせて胸元まで伸び放題となっており、同色のひげもまた雑に顎を覆い尽くしている。手入れとは無縁。それだけ長い間、ここに収監されていることの証だろう。
「よぉう、ブレーティ。元気そうじゃねぇか」
鉄柵一枚のみを隔てて、王がそんな男に語りかける。
「直々に来るとは珍しい。そっちこそ変わらんねぇ、アルディアよ」
ベッドに座ったままのその囚人は、事もなげにそう返した。
(……、)
こんなヤツ初めてだな、と流護はわずかに驚いた。
いかに罪人といえど、この国でこの王をこうも無遠慮に呼び捨てることができる人間など、まずお目にかかれるものではない。
「ブレーティ、貴様! 王に対して何と無礼な――」
案の定というか憤激する兵の一人を太い腕で制し、アルディア王はいつも通りの口ぶりで続ける。
「今日はよ、お前さんに話があってなぁ」
「それは構わんが、部下のカタブツにちったぁ融通きかしてくれんかなぁ。新しい本を五十冊。創世記関連で頼む。あと、この枷をもっと重い物に換えてくれないかねぇ。コレじゃそろそろ軽く感じてきてねぇ、鍛錬するに物足りんのよ」
そう言いながらブレーティがひょいと片脚を掲げれば、直径二十センチほどの鉄球がじゃらりと音を立てて容易くぶら下がった。
うっ、と怯んだ兵士らの様子を見るに、本来であれば囚人の動きを制限するに充分な重量があるのだろう。
そこで、
「あまり調子付くな、盗人。貴様の背丈ほどもある黒牢石の球に換えてやろうか」
目元を鋭くして言い放つのはギルベーだった。
「誰かと思えば、共食いの色男か。久しぶりだねぇ。おう、何だったらそれでいいぜぇ~。こっちで適当に砕いて使うからよ」
自らの膝に頬杖をついたブレーティが笑うと、ギルベーはドスのきいた声で「手長猿が」と言い捨てて覆面から覗く目元を笑ませた。明らかに堅気の目つきではない。
(おわあ……ギルベーさんもおっかない人やった……)
曲者揃いの『銀黎部隊』の中でも、かなり良心的存在だと思ってたのに……などと流護が勝手にショックを受けていると、
「……んァ? お初の顔がいるねぇ。こりゃまた、随分とチビっけぇ『お嬢さん』だ。何でまた、こんなロクでもねぇ場所に連れてきたんだい?」
囚人のそんな声が四角い空間に空々しく響く。
……当然、今この場に『お嬢さん』と呼ばれるべき性別の者はいない。
鉄格子の向こう。細められたブレーティの瞳は、流護を見据えている。ニヤニヤと、どこか下卑た気配すら漂わせながら。
「…………」
沈黙する遊撃兵の肩に、アルディア王が大きな手のひらをポンと乗せる。
「くく。初顔合わせだな、ブレーティよ。こやつはリューゴ・アリウミ、縁あって遊撃兵をやってもらっとる」
秘蔵の蒐集物を自慢するような口ぶり。そう紹介されて、初めて囚人は驚いたように眉を動かした。
「おおう、噂は聞いてるぜぇ。随分と派手に活躍して、ガイセリウスの再来だとか言われてるらしいじゃねぇのよ。いやまさか、こんな小っさなお嬢ちゃんとはねぇ~。体術が得意なんだって? ロクに神詠術も使えんってのに、そんな短い手足で一生懸命ご奉仕して……いやはや、偉いねぇ~~」
「……………………」
有海流護とは別段、品行方正な少年ではない。どちらかといえば、気も短いほうである。
「王様ー。ホントにこのデカイ犯罪者、使い物になるんすかー? なんつーか、」
ふっと鼻から息を漏らしつつ、王自慢の遊撃兵は嗤うのだ。
「俺がちょっと小突いたら、ポキッて折れて死にそう」
うお……と兵士たちが一歩下がり、王は肩を揺らして含み笑った。
視線を交わす遊撃兵と囚人、双方を隔てるは鋼の格子が一枚。
その向こう側で――囚われの男はこめかみに人差し指を当て、文面を読み上げるように語り始めた。
「リューゴ・アリウミ。年齢は十五、六。生まれはレインディールとはまるで異なる文化を持った国。この辺りの平民とは比較にならんほど恵まれた環境で育った。少なくとも、昨日今日の食い物に困ったことはない。兵に抜擢されるまで、過酷な労働に身を窶した経験もない。親は放任で、兄弟はいない。学び舎で充分な教育を受け、高い教養も備えている。字の読み書きも問題なさそうだ。得意分野においては自信家で、頭の回転もそれなりに早く気転も利くが、気は短い。精神的にはまだまだ未熟、理性より感情が先行する。利き腕は右。おれが『ペンタ』と分かっていながら、『買う』つもりでいる……ってとこか」
「は……あ?」
いきなりのことに面食らった流護は、ただ呆然と相手を見返す。
(……コイツ、)
寒さ以外のものが、にわかに少年の背筋を震わせる。
ブレーティの濁りきった青い瞳は、まるで対象を精査する機械のような感情のなさだった。
「当たらずとも遠からず、だろ? 髪の艶や肌のハリ、姿勢、ちょっとしたやり取りでの言葉選び、そこから垣間見える性格……。案外、読めるもんよ。少なくともお前が、大した不自由もなくのうのうと育った坊ちゃんだってのは分かる」
裕福でもなければ貧しくもなかった父子家庭。過酷な異世界の基準で考えるなら、充分すぎるほどに恵まれていた環境なのだろう。もっとも日本人の少年としては、そんな半生をこの罪人に責められる謂れもない。
「だったら何だってんだよ、それが」
「肉」
即答。部屋の温度が、明らかに一段階低くなった。
「上質な肉だぁ、お前は」
薄笑みを浮かべながら、ブレーティは己の痩躯を見下ろす。
「おれはこの通り、最底辺の生まれ育ちでねぇ。親の顔も、本当の名も知らん。字の読み書きだって、ここにブチ込まれてから暇潰しで覚えたもんだ。たまに出る外だって雁字搦めの監視付き、怨魔に宛がわれて殺し合いをさせられる。糞みたいな人生だと思わんかい? 言うなればクズ肉、ってとこか」
だからかねぇ、と。檻の向こうの異常な存在が、嗤った。
「上等な肉を見ると、バラしたくなる。おれみたいなクズにバラされる霜の降った赤身を想像するだけで、もうたまらねえぇ~気分になる」
厳重な網目越しであってなお、爛々と輝いて見える凶人の青い瞳。口元から獣のように漏れる白い吐息。
同伴の兵たちが呻いて後ずさる中、流護は平然と挑発的に言い放った。
「アンタから見て高い教養とやらを持つ俺が教えてやる。それはな、コンプレックスっていうんだ。あと生まれはともかく、捕まって使われてんのとか自業自得だろ」
「チッ、少しは怖がってくれるかと思ったんだがねぇ。大した肝っ玉だよ、ボウヤ。……っとぉ、肉の話なんてしたら腹が減ってきちまったねぇ~。アルディアよ、差し入れの一つぐらいは持ってきたんだろうな?」
ひょいと肩を竦めたブレーティは、王へ矛先を向けた。
「ああ。ギルベーのヤツが、しっかりお前のために用意したぞ。感謝せい」
傍らの暗殺者が懐に忍ばせたそれをスッと取り出せば、
「んァ? 何だよ、お決まりの干し肉じゃねぇかい」
「定められた時間の食事以外で、特別に支給してやろうというのだ。有り難く受け取ってはどうだ? 要らんと言うなら、それでも構わんがな」
あっさり仕舞い込もうとするギルベーを、
「あーいるいる、要りますよーっと。有り難ぇなぁ」
ブレーティがわざとらしく慌てる素振りで制した。
ふん、と鼻を鳴らしたギルベーが牢屋の扉へと近づいていく。流護の腕力でも壊せそうにない、罪人と常人とを分かつ頑丈そうな鉄のドア。その上部には、長方形にくり抜かれた蓋つきの窓のようなものがあった。
(あれだ、でかい郵便受けみたいな)
流護の感覚ではそれが最も近しく、また用途も同じだろう。牢屋を開けずとも――囚人に接触せずとも、食事などを受け渡すことができる仕組み。ベッド脇に積まれている本なども、ここから入れられたのだと察しがつく。
今まさにギルベーがそこから食料を入れようとした瞬間、
「ちょいと待った」
ベッドに座ったままのブレーティが、制止の声を響かせる。当然、その場の全員が一斉に注目した。
「いやね、こいつはちょっとした思い付き。どうでもいい余興の提案なんだがね――」
わざとらしくこめかみに人差し指を当てながら。試すように、言った。
「遊撃兵のボウヤが中に入って、直接おれに食料を手渡してくれないかい?」




