エピローグ 計算は続く
反ダンピング措置によって、日本製ベクトル型スーパーコンピューターがアメリカ市場に入る道は、大きく狭められた。その状態は、その後数年にわたって続いた。
マイケルのモデルは、その後も坂本の計算時間の一部で回り続けた。
坂本には、最後まで分からなかった。
あの計算機が予定通り届いていたら、何が変わったのか。気候モデルが何年早く進んだのか。
計算できなかった未来は、計算できない。
マイケルとは、その後も年に数回、電話で話した。研究の話がほとんどだった。あの十月の電話のことは、二度と話題にしなかった。
*
台風の進路の誤差が五キロメートルを切ったのは、計画より一年遅れた秋だった。
坂本は、その一年の理由を誰にも話さなかった。西村は、その春に研究室を去っていた。
坂本は引き出しを開けた。黄ばんだ切り抜きを、初めて机の上に出した。点線と実線。町の手前で離れた、二本の線。
しばらく見てから、受話器を取った。
番号は、指が覚えていた。
「ダイスケ」
「五キロを切った」
電話の向こうで、マイケルは黙った。
「……どの計算機で出した」
「日本の計算機だ」
長い間があった。
「速かったろう」
坂本は、窓の外を見た。
「速かった」
*
電話を切って、坂本はモニターに向き直った。
気圧。気温。湿度。風速。
坂本は、次の計算を始めた。
数字が、降ってくる。
完
※本作はフィクションです。歴史的事実および実在の法律・機関・企業名が登場しますが、登場人物・会話・内部描写・心理描写はすべて著者の創作であり、実在の人物・団体の見解や行動を示すものではありません。




