第三章 選ばれたのに
二か月後、電話が鳴った。
「ダイスケ。妙なことになった」
マイケルだった。今度の声は、弾んでいなかった。
「SX-4か」
「そうだ」
「何があった」
「クレイが訴えた」
坂本は受話器を握り直した。
「性能を?」
「違う」
一拍あった。
「値段だ」
電話を切ってから、坂本はしばらく机の前で動けなかった。
値段が訴えられる、という意味が分からなかった。安く、速く作る。それは技術者の誇りのはずだった。
*
翌日、坂本は図書館で古い新聞を漁った。
「反ダンピング」という言葉が、何度も出てきた。ある国の企業が、不当に安い価格で製品を売っていないか調べる制度。安すぎることが、罪になる。
西村の研究室に、資料を持って行った。
「値段が理由で、負けることがあるんですか」
西村は資料に目を通した。
「性能で勝って、値段で止められる」西村は資料を閉じた。「八〇年代の半導体を覚えているか」
「新聞で読んだくらいです」
「あのときも、問われたのは値段だった」西村は言った。「構造は同じだよ」
坂本は黙った。
速さだけでは、決まらない。
今度は、その意味が少し分かった。
「マイケルは」西村が聞いた。「何と言っている」
「怒っています。自分たちが選んだ計算機を、自分たちで守れないことに」
西村は頷いた。
「その怒りは、正しい」
窓の外で、夏の蝉が鳴き始めていた。
坂本の机の電話は、静かなままだった。
第三章 完




