第三話 《シラルトン》
暫く歩くと、その《アクシスなんとか》に着いた。近くで見れば見るほど西洋風のお城。周りのレンガとは相反する色の青白い色、ダイヤモンドみたいな装飾が至る所で輝いていて。乱反射する光が更に輝いて眩しい。
城門には二人の人が立っている。全身甲冑だし、中世っぽい槍?斧?みたいな武器を持っているし、十中八九門番だろうが、そのうちの一人が城の前で立ちすくんでいる私に話しかけてきた。
「菴戊?縺?シ?」
……相変わらずの謎言語。どうせ通じないのだから何も言わないでいると、その人は急に私にその武器を向けてきた。
「ひっ、ごめんなさいすぐに去りますから……」
咄嗟に手を上げて後ずさる。こういう時背中を見せて走り去るのは良くないって、本に書いてあった。まああれ猛獣対策の本なんだけど。
「……縲梧眠蜈・繧翫?縺?」
「縺ェ繧我クュ縺ォ蜈・繧後m」
二人は何かしらの会話をした後、私から武器を下げて元に戻った、と思ったら、真っ白な城門がゆっくりと、硬い音を立てて開き始めた。
「蜈・繧?」
二人のうち一人が私に向かって何かを言うと、そのまま空いた城門から入っていくと、そこで立ち止まって私の方を向いて手招きをした。つまり……入れ、って事?
恐る恐る足を前に進めても、門番の人たちは何も私を咎めない。寧ろ歓迎されている……?
(本当に何なの?何が起こってるの?)
数分門番の人について城内を歩いてようやく目的の場所──玉座の間に着いた。門番の人が横に退いたおかげで、私は正面にある玉座に座っているその人と目が合う。周りには門番の人とその人、私以外は誰もいなくて、広さの割に合っていない人数で少し不気味な感じがする。
「……」
私の前にいる人、玉座に座っているから王様?──いや、女の人だから女王様?は女王、というよりピエロのような人だった。顔に何かが書いてあったり、左右非対称の服を着ているわけではないが、そう感じたのは──その人が、私に対して屈託のない満面の笑顔を浮かべていたからだった。
そしてもう一つ、驚いた事がある。
「……こんにちは、「新入り」の子だね!」
「……えっ?言葉がわかる……」
「うん。今は日本語を使って話してるからね。上手でしょ!生麦生米生卵、ほらね〜!」
しかもこの声、どこか聞き覚えがある。あ、あのうるさい放送だ。
「は、はぁ……」
「って、そんな事のために呼んだわけじゃないの!私は、あなたの元いた世界について知りたいの!」
「元いた、世界?」
「そう!いい事も、悪い事も、好きな事も嫌いな事もできるだけいっぱい!」
「待って、何それ……それじゃあまるで、この世界が別の世界みたい……」
「え?そうだよ」
「……え?」
「ここは私が創った楽園であり、数多くの世界との繋がりを持つ世界なの」
「……」
「新しく入って来てくれたんだから、せっかくだし色々教えてくれない?」
「……もう訳わかんない…」
「えーっ!?なんでそんな暗くなっちゃうの?もっとこう、笑顔になろうよ〜」
「笑顔になんかなれないよ。何もかもが全っ然わからないの……ここはどこ?私はどうやってここに来たの?この変な林檎もどこで採ったの?どうして私は王様に歓迎されているの?」
「辛かったんだね…」
「……質問の答えになってないよ。ここはどこなの?」
「いや、さっきも言ったけど、ここは私が創った楽園で──」
「そうじゃなくて!ここの名前は?」
「──《シラルトン》」
「!ここが?」
「そう。ここがあなたの目的地だよ」
ありえない。普通に考えてそんなもの、何をどうしたって空想上の世界のはずだ。実際にあるわけのない、「あったらいいな」で構成された理想郷だ。
でも嘘をつかれている感じもしない。こんな場所、遊園地じゃないとありえないけど行き交う人は紛れもなく生活している。私の知らない物も沢山あるし、まるで本当に別の世界のようで……
『《シラルトン》って知ってる?』
ありえない。そんな世界があれば、誰だってここに来ているはずだ。存在しないからこそ、私たちはそれを単なる御伽話と見て、その真偽を確かめる、なんて発想になった。
「信用してなさそうだし、魔法を見せてあげるよ!」
でもじゃあこれは何?女王様が手を出すと、そこから虹色の光、その中からカラフルなうさぎがぽんぽんと間抜けな音を立てながら出てくる。
ありえない。
何もかもがおかしい。おかしい、けど……
(オカルトは、御伽話は、実在していたの……?)
昨日ぶつかったあの人然り、《シラルトン》然り、こう考えなければ、到底説明がつかない。
「……わかった、信じる事にする。ここは、
そういう世界なのね」
「うんうん!さっきよりマシな顔してるし、信じてくれてよかった!じゃあ今度こそ、あなたの世界のこと、教えてくれる?」
「えっと、美味しい食べ物がたくさんあって……」
「その宝石リンゴよりも?三つもくれるなんて、良い人に出会ったんだね」
女王様は壇上から降りつつ、私の紙袋を指差しながらそう言った。
「これの事、ですか?」
「あ、敬語だけはやめてね」
「は、はい……でもまだ食べてなくて……」
「じゃあ話が終わったらすぐに食べると良いよ!日本語じゃ表せないくらい美味しいから!」
「そう、なの?」
「うん!何なら今ここで食べちゃっても良いんだよ?」
「いや、それは遠慮しておき──おくわ」
「そっかー。じゃあ、あなたの世界で嫌いだった部分はある?」
「嫌いな部分……」
「私の事は友人と思えばいいからさ、ぶちまけちゃいなよ!聞いた話とかでも良いから!」
「……強いて言うなら……退屈なこと、かな」
「…詳しく教えてくれる?」
「さっき、魔法を見せてくれたじゃない。私の世界では、そんなもの全くなかった。それに、この世界と比べるとどうしても暗い雰囲気かな。食べ物はこんなに輝いてないし、ここの人はどこもかしこもみんな笑顔だから」
「なるほどー、「退屈すぎる」ね、これは大問題!でももう大丈夫!ここでなら、あなたを退屈させる事はないよ」
そう言って、女王様は私に歩み寄ってきて、私の唇に人差し指でちょんと触った。
「豌怜?縺ッ縺ゥ縺?シ?」
「縺ゅl縲∬ィ闡峨′繧上°繧?縺」縺ヲ縲√∴??シ?」
「今、あなたに魔法をかけて、ここの言葉が使えるようにしたよ!」
……確かに、今思い出してみると、野菜屋の人や門番の人の言葉と、その意味を理解する事ができた。
……やっぱり、魔法は本物だ。
「とりあえず疲れたでしょ?しばらくの間部屋を貸してあげるから、まずはしっかり休んでよ」
「え、あ、ありがとうございます」
「敬語!」
「……ありがとう」
「それじゃあ案内してあげて」
「了解」
私を連れて来た門番の人は、そう返事をすると私の前に来た。
「ついて来い」
それだけを言うと、女王様に背を向けて歩き始めたので、ついていく形で私もそこを後にする。
玉座の間を出た直後、
『自己紹介がまだだったね。私の名前はイヴ。また何かあったら呼んでね』
私の脳裏に、こんな言葉が浮かんだ。




