⑧ 不可視の社
「ほら、ちゃんと言わなきゃ」
翌朝。野営の片付けを終えた陽南は、武智の背中をぐいと押した。
「? ど〜した、タケチ君」
「あ、その……」
「ごめん」の後は仲直り。
三明への謝罪を促したつもりが、武智は咳払いを一つ。
「……いや。優しく手当てされた程度で、調子に乗るなよ?」
「……は?」
陽南が眉をひそめる。武智はなぜか勝ち誇った顔で三明を見下ろしていた。
「お前と違い、僕らは本音で語り合える間柄なんだ」
(語ったのはあんただけでしょ!)
「それに陽南さんは、年上長身イケメンが好みだと専らの噂だ。それこそ、僕のような男がな!」
「いきなり何の話!? どこで聞いたのそれ!?」
三明に向かって露骨なマウントを取り始める武智。
否定しきれない自分が悔しいが、彼はすっかり陽南が自分に惚れていると勘違いしたらしい。
「……了〜解。あんま邪魔しないよう気をつける」
「無駄に空気読まなくていいからぁぁ!」
物分かりが良すぎる返事に、絶叫する陽南。
武智は満足げに頷くと、こちらに笑いかけてきた。
「──さて、陽南さん。僕も君を憎からず思って」
「あっ大丈夫です全くもってその気無いんで!」
ノンブレスの即答。
気まずい沈黙の後、一行は再び砂漠へと足を踏み出した。
◇
「ご存知の通り、陸奥家を筆頭とする四大名家は建国神話に伝わる大神官が祖先と伝えられ――」
道中、武智の「自分語り」が止まらない。
四大名家の歴史、術士適性者の希少性、家宝を狙う盗賊への愚痴。
陽南はもはや耳を素通りさせ、後ろを歩く三明を振り返った。
彼は昨日よりもさらに距離を置き、終始無言で空気に徹している。
「ねぇ、三明」
「……あ、おれ?」
名前を呼んでも反応がワンテンポ遅れる。
陽南は不満を隠さず、武智を放置して彼の隣へ並んだ。
「こっち来てよ。あの勘違い男の相手、あたしに丸投げする気?」
「? 女性はみんな“タマノコシ”が夢なんだろ。親父が言ってた」
余計なことを。陽南は脳内のレオナルドに回し蹴りを食らわせる。
「そんなの人それぞれ――あれ?」
ふと、陽光の向こうで巨大な影が見えた気がした。
「三明、あそこに何か見える?」
「ん? ……あ、小さな祠っぽいのがある。距離は──一千、ちょいかな」
「それだけ? 大きな建物は無い?」
「あぁ。なんで?」
三明の金眼には、砂漠の平坦な景色しか映っていないようだった。
だが、陽南の瞳には――どっしりと構える荘厳な御社が、はっきりと映し出されていた。
◇
夕映王国には、地方ごとに異なる神がその地を守っているという。
今、自分たちの眼前にあるのは、南燿地方の土地神を祀る、小さな祠。
「ここが、南の祠?」
──の、はずだった。
確かに、砂の上に古ぼけた祠はある。掃除するなら数分で終わりそうな規模だ。
しかし、その背後には――。
「どう見ても大きすぎるわよね!? 御社とか、神殿とかでしょ!?」
陽南は呆然と、その壮大な建造物を見上げる。
だが、三明と武智は揃って首を捻った。
「……そこに、何かあんの?」
「何言ってんのよ、目の前にあるでしょ」
「タケチ君、見えるか?」
「いや、全く。ただ砂漠が広がっているだけだが」
二人して陽南をからかっているのなら、容赦なく殴っているところだ。
だが、どうやら本当に見えていないらしい。
「あたしにしか見えないってこと?
ここに、おっきな御社があるんだけど」
「まさか! そもそも、こんな砂漠のど真ん中にあるはずが――」
「蜃気楼ってヤツじゃね~の?」
全く信じてもらえず、陽南は頬を膨らませた。
「ふーん、じゃあいいわ。あたし行ってくる」
扉――陽南にしか見えない石の扉を押し開く。
ズゴゴゴゴ――。
地鳴りのような重い音が、熱い空気を震わせた。
「姉御、腹減ったのか?」
「ちっがーう!」
失礼すぎる勘違いにツッコむ陽南。
「今の音──陽南さんの言う通り、そこには何かがあるようだ」
一方、険しい表情で考えていた武智は、意を決したように言った。
「君一人を危険に晒す訳にはいかない、僕も行こう。空見はどうする?」
「ココで待つの暑いし、行く」
陽南は二人を伴い、見えないはずの境界を越えた。
一歩踏み込んだ途端、石造りの冷ややかな空気が肌を撫でる。
「ほ、本当に社があったとは……!」
「なんで姉御にだけ見えたんだろ~な」
「そうね……」
不思議に思いながら、三人で奥へと進む。
そこには重厚な扉が、堅固な錠前で閉ざされていた。
「鍵がかかっているようだな」
「うーん……ここまで来たら、中まで入ってみたかったわ……」
諦めて背を向けた、十秒後。
「開いたぞ」
三明が淡々と言った。
かちゃり、と軽い音と共に、重い蓋が軋んで開く。
「は!?」
「ええっ!? なんで開いたの!?」
仰天する陽南たちに、三明は手元の針金を見せながらあっさり答えた。
「おれ、鍵開けならそこそこできるし」
「鍵開けぇ!?」
「でかしたわ三明! あんたそんな特技持ってたのね!」
素っ頓狂な声を上げる武智を押し退け、陽南は奥の扉を押す。
ゴゴゴゴ――。
「……なんで音するのに開かね〜んだ?」
「うっさい! ちょっとお腹空いたのよっ!」
小首を傾げる三明の呟きに、陽南は顔を赤くした。
気を取り直し、今度こそ扉を開ける。
社の最奥。
たゆたうような静寂の中で、一行は「それ」に出会った。
『ほぅ……人の子と相見えるなど、幾百年振りであろうか』
神聖かつ荘厳な空気を纏う、巨大な朱い鳥。
炎の化身を思わせる存在が、燃えるような瞳で彼らを見下ろしていた。




