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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第一章 朱陽ノ出立
8/11

⑦ 冷えた熱、解ける指先 


 砂漠の夜は、昼の酷熱を嘲笑うように冷え込む。


 陽南たちは、武智が持参した高級天幕の中にいた。

 絨毯の敷かれた空間は快適そのものだが、空気は刺々しく張り詰めている。

 

「──で、さっきの何!? 大口叩いといて、あれは無いでしょ!」

 

 陽南の鋭い視線に、黒い背中が身を縮める。

 膝の上で広げられた本は、もはや震える指先を隠すための道具に過ぎない。

 

「大体、今までの任務はどうしてたのよ?」

 

「……わざわざ僕が出る必要などなかった」

 

「へぇ? お華族副隊長様は、部下の手ばかり汚させて高見の見物ってわけ?」

 

 仮にも隊を守り導く指揮官。副隊長という地位も、金と権力で得たのだろうか。

 陽南は心底腹が立ち、冷たい声で吐き捨てる。

 

「だったら、せめて足引っ張るのは勘弁してよね。己の実力を過信してる奴が一番――」

 

「タケチ君さ、自分で分かってんだろ」

 

 天幕の入口を捲り、三明が静かに口を挟んだ。

 

「な、何がだ」

 

「姉御は視察中だし、おれは元々部外者だ。別に肩肘張る必要ね~のに」

 

「……!」

 

「だろ、姉御」

 

 三明はそう言い残すと、夕食の支度をするために鞄を持って外へ出て行った。

 

 ふぅ、と溜息を一つ。

 

「あたしも別に、あれこれ言いふらす気はないわ。

 最初から、正直に言ってくれれば良かったのよ」

 

「……すまない」

 

 武智は本を閉じ、ぽつりと語り出した。

 

「僕は元々、術の才能があまり無い」

 

 その一言で、陽南は察した。

 

 夕映王国では、戦士より術士の適性をもつ者が尊ばれ、社会的地位も高い。

 名家に生まれた者は尚更、それが当然の資質とされるようだ。

 

「だから、両親は必死だった。

 前線に出れば、僕の実力はすぐ露見する。

 だから……入団してすぐ、副隊長にされた」

 

 周囲から“無能華族”と陰口を叩かれる苦悩。

 

(ちょっと、分かるかも)

 

 武智がレッテルに苦しむように、陽南もまた隊内では浮いた存在だった。

 

 女は男に守られ男を立てる大和撫子が理想的、という世間の風潮。

 男性隊士ばかりの戦士班で、“熱血脳筋女隊士”と揶揄される日々。

 

 ──でも。

 

「華族も、大変ね」

 

 陽南は静かに息を吐く。

 いじけて殻にこもっていたって、何も変わらないのだ。

 

「でも、打ち明けたら少し楽になったでしょ?」

 

「あぁ……」

 

「でしょ。我慢したっていいことないわ。あと……三明にもお礼言っときなさいよ」

 

 ……三明。

 彼の名を口にして、思い出す。

 

(そうだ、あの子──!)

 

 陽南は、弾かれたように天幕を飛び出した。


 


 

 焚き火の前。

 揺れる炎を映し、三明がのんびりと鍋をかき混ぜている。

 

 彼の左二の腕には、使い古した手拭が無造作に縛られていた。

 

「……三明」

 

「ん?」

 

「ちゃんと手当てした?」

 

 目の前に回り込み、仁王立ち。

 ちらりとこちらを見上げた三明は、ふいと目を逸らす。

 

「軽傷だし。放っとけば治る」

 

「……は?」

 

 地を這うような低音。

 場の温度が、一気に氷点下まで下がる。

 三明の肩が、微かに強張った。

 

「来なさい!」

 

 彼の右腕を力任せに掴み、天幕へ引きずり込む。

 驚く武智を無言の圧で追い出すと、二人きりになった空間で三明を座らせた。

 

「腕、出して」

 

「…………」

 

「早く! 出して!」

 

 睨みつけると、三明は諦めたように溜息をつき、袖を捲って傷を晒した。

 

 父親譲りの白い肌。細身だが、しなやかな筋肉の付いた腕。

 そこに、抉られたような深い傷が口を開けていた。

 

(どこが軽傷よ。すっごく痛そうじゃない……)

 

 未だ血の滲む傷口に、消毒液を浸した布を当てる。

 

 三明は眉一つ動かさず、無表情のまま。

 けれど、触れている腕はずっと石のように硬く、強張っていた。

 

(……意外と体温、低いのね)

 

 肌から伝わる冷ややかな感覚。

 

 この距離で逃げられないのは、なんだか新鮮だった。

 いつも猫のように躱す彼が、今はされるがままにじっとしている。

 

「言ってよ」

 

「?」

 

「辛い時は、ちゃんと話して」

 

 三明が困ったように視線を揺らす。

 

「…………」

 

 頷く気配はない。

 陽南は嘆息し、ならば自分がしっかり見ていようと心に決めた。

 

「じゃあせめて、あたしが聞いたらちゃんと答えてよ?」

 

 これで駄目なら力尽くで聞き出してやる。

 そんな陽南の気迫に押されたのか、三明はそっと目を伏せ、消え入るような声で呟いた。

 

「……努力は、してみる」

 

 夜の帳に、焚き火の爆ぜる音だけが響いていた。

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