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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第二章 月下ノ選定
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幕間 灰空の便り


 夕映王国の治安維持を担う組織、夕輝士団。


 その本拠地である夕映王城・天守閣の真上には、今にも雨を降らせそうな、重く厚い雲が垂れ込めていた。


 玄関ホールの壁際に設けられた、巨大な掲示板。

 一際目を引くのは、国家を揺るがす特級危険人物――通称“伍刃(ゴジン)”の手配書だ。


 そして、その隣には“要監視対象”の一覧が、ひっそりと貼り出されている。


『赤銅(アカガネ)ノ鬼:桜岳孤児院・桜木憐可(サクラギ・レンカ)』


 “鬼人(キジン)”の項目に記された名前。

 そこには既に、冷たい朱色の検印が押されていた。


◇


 朱子隊隊長・赤司康志は、デスクの上に置かれた一枚の報告書へ、静かに目を通していた。


 朱子隊の平隊士、大鳥陽南に先日下された、結火(ムスビ)山に点在する村々の視察。


 それは、総団長・日向から直々に与えられた任務だったが――。


(……日向総団長の思惑通り、というわけですね)


 康志は複雑な心境で、小さく息を吐いた。


 陽南の母である大鳥瑞希は、かつて自分の上司だった。

 隊長としても、知人の娘を案じる者としても、胸が痛む。


「失礼しまーす!」


 元気な声とともに、ドアが開く。


 ノックもそこそこに入ってきたのは、陽南の同期であり、友人でもある稲隈真保。

 要領が良く、若くして部隊長への昇進が決まったばかりの、優秀な雷術士だ。


「赤司隊長、おはようございます! 特に用は無いんですけど、隊長に会いたくて来ちゃいました!」


「おはようございます、稲隈さん。君はいつも元気ですね」


「それはもう、隊長の顔を見たら元気を通り越してメロメロですよ!」


 隠そうともしない熱視線に、康志は苦笑を返す。


「……あれ? その報告書って、ひぃちゃんですか?」


 ひょいと真保が手元を覗き込んでくる。

 報告書の文字を目にするなり、ぱっと笑みを深めた。


「へぇー! 半覚醒した鬼人“赤銅ノ鬼”の討伐!? しかも珍しく、街の器物破損はゼロ! すごいじゃないですか、ひぃちゃん!」


「……そうですね」


「良かったですね、隊長。奥さんの仇を討ってもらえて!」


「…………」


 真保は感心したように、報告書を読み進めている。


 康志は無言で立ち上がり、窓から灰色の空を仰いだ。



挿絵(By みてみん)



 いくら妖鬼の血を引くとはいえ、まだ十二歳の少女が、わざわざ要監視対象として危険視されていた理由。


 それは、建国神話にも記された、妖神の力が最も増すと伝えられる朔月――新月の夜に。

 かつて鬼人の少女・桜木憐可が理性を失い、人を襲ったことがあったからだ。


(もう、七年も経つんですね……)


 当時、暴走した鬼人の少女を止めるため、現場へ赴いていた医務官が一人、殉職した。


 ――康志の亡き妻、赤司唯(アカシ・ユイ)。


「……稲隈さん。そういう言い方をしてはいけませんよ。仕事と私事は別物です」


 静かに口を開いた康志の顔には、すでにいつも通りの穏やかな微笑が戻っていた。


「それに、仇などとは思っていませんよ。あれは妻の不注意であり、向こうも理性を失った無意識下での自己防衛――つまり、ただの事故ですからね」


 何より、あの幼い少女は、事件当時の凄惨な出来事を何一つ覚えていなかった。


 だからこそ夕輝士団は、少女を罪に問うのではなく、定期的な監視という処置を取っていたのだ。


「ま、この話はここまでにしましょう」


 いつも通り、柔らかな言葉遣いで。

 だが、有無を言わせない空気を滲ませる。


「はーい。変なこと言ってごめんなさーい」


 その意図は伝わったようで、真保が首をすくめた。


「なんか今日はお疲れみたいですし、また来ますね。今度は美味しい紅茶も用意しまーす!」


「ありがとうございます。楽しみにしていますね」


 軽やかな足取りで退室していく部下を見送り、康志は小さく息を吐き出した。


(稲隈さんのように、目的のために情を割り切れるしたたかさも、この組織には必要なのですが……)


 世の中は、時に理不尽だ。


 陽南のように真っ直ぐすぎる者よりも、真保のように少しひねくれ、要領よく立ち回れる者の方が、得をして出世するようにできている。


 熱血で直情的な陽南のことだ。

 幼い鬼人の少女に自ら手を下したことで、どれほど心を痛めているだろうか。


(私も少々、親気取りが過ぎるのかもしれませんね……)

 

 妻を亡くし、息子も生まれてすぐに病死してしまった。

 もし我が子が生きていれば、ちょうど陽南や三明と同じ年頃だった。

 そのせいか、どうにも他人事とは思えないのだ。


(“隊長”ではなく、あくまで“友人”として──)


 康志は小さく微笑み、デスクの引き出しを開けた。

 便箋と万年筆を取り出すと、ペン先にインクを浸す。


 今頃、元総団長でありながら下手を打ち、指名手配されてしまった男――三明の父・レオナルドとともに東燿地方へ出かけている瑞希へ向けて、静かに手紙を書き始めた。


『瑞希さん――貴方の娘さんは、今日も真っ直ぐに、己の正義を貫いていますよ』


 静まり返った隊長室で。

 カリカリとペン先が紙を滑る音だけが、優しく響いていた。

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