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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第二章 月下ノ選定
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⑩ 残響を越えて


 重い瞼を押し上げると、見慣れた金髪が揺れていた。


 いつもなら眠たげな半開きの金眼が、今は珍しく、不安そうにこちらを覗き込んでいる。


「……姉御。調子、どうだ?」


「…………夢?」


「夢じゃねぇって。お粥あるけど、食えそう?」


 耳に馴染んだ、穏やかで落ち着いた声。


 じわりと目頭が熱くなる。


「夢よ。三明は、死んだって……」


「や、生きてるけど」


 ぼうっとした頭は、まだうまく働かない。


 それでも、彼の首筋に真っ白な包帯が幾重にも巻かれているのは、はっきりと見て取れた。


「──ぁ……」


「ん?」


「三明……っ!」


 悲しみと、安堵と、後悔。


 それらが全部ない交ぜになり、陽南は布団を跳ね除けて飛び付く。


 いつもならするりと躱すはずの三明は逃げることなく、黙って受け止めてくれた。

 その手が、陽南の背中をぎこちなく撫でる。


「ごめん……」


「?」


「あたしっ……偉そうなこと言って、結局、何もできなかった……!」


 背中を撫でていた手が、ぴたりと止まる。


「憐チャンが、望んだんだろ」


「……なんで」


「なんとなく。おれとあの子、結構似た者同士だったし」


 三明が、やんわりと陽南の腕を解く。

 いつもの、一定の距離。


 金の双眸が、ふっと柔らかく細められた。


「姉御が元気になったら、また屋根の上で夜空でも見る? 星になった憐チャンも、どっかにいるだろ」


「……うん」


 静かで優しい眼差し。


 偶に見せるこの微笑みが、陽南の心をじんわりと温めてくれる気がした。


「……でも、どうしてあんたは無事──」


 グゥゥゥゥ……。

 空気を読まない腹の音が響き、みるみる顔が熱くなる。


「まずは飯食って、熱下げるのが先な」


 三明は小さく息を吐き、お椀と匙を差し出してきた。

 出来立てらしく、湯気の立つお粥だ。


「食べさせた方がいい?」


「だっ、大丈夫よ! 自分で食べるからっ!」


 お椀をひったくり、勢いよく掻き込む。

 

 穏やかに見守る視線が、なんだか無性にくすぐったかった。


 

◇


 

 全快した頃には、出発予定から三日が過ぎていた。


「ヒナねーちゃん、入るぞ」


 部屋の戸をノックし、将大が入ってくる。

 妹を失ったことで塞ぎ込んでいた彼も、少しずつ元気を取り戻しつつあった。


「将大君……」


「謝るなよ? オイラもレンカも、万が一の時はこうするって決めてたんだ」


 将大は気丈に笑ってみせる。


「それに、ミッちゃんは生きてたんだ。あいつも、少しは報われたと思う」


「そう、ね……でも」


 毒を受けた三明が、どうして無事だったのか。

 陽南が視線を向けると、三明は肩を竦めた。


「まぁ、偶然だったんだけど。前、おれの術──相手の術を反射する《光鏡(コウキョウ)》っての、見ただろ」


「うん」


 ここへ来る道中、妖鬼との戦闘で初めて見た術だ。


「よく憶えてね〜けど……憐チャンに噛まれた瞬間、無意識に《光鏡》を発動してたのかなって」


「……え? でも、あんた大怪我してたわよね?」


「“桜血鬼”の呪毒は、術の一種なんだ。多分、噛まれた時に、その呪毒だけ弾いてたんだと思う」


 将大が補足する。

 つまり──術が発動していなければ、三明は確実に死んでいたということだ。


 今更ながら、その事実に背筋が凍る。


「そうだったの……」


「全く、驚いたよ。一か八か、おれの血で中和しようとしたら、いきなり起き上がって『姉御は?』だもんな」


 将大がにんまりと笑い、肘で三明をつつく。


「愛されてるねぇー」


「そ、そんなんじゃないからっ! ねぇ、三明!」


「…………」


「……三明?」


 ふと、彼が妙に大人しいことに気付く。


 いつも通りの、眠たげな無表情。


 ……でも。


「……もし」


 その瞳の奥に、濃い闇の気配が見え隠れしていた。


「おれが、憐チャンに近付かなきゃ……今も普通に生きてたのかも」


「…………」


「姉御に、辛い決断をさせずに済んで……」


「……っ」


「多分……おれの、せい──」


「《っ、やめろよっ!!》」


 涙を溢れさせながら、将大が叫んだ。


 空気を震わせる、鬼の咆哮。

 陽南は思わず怯み、三明もぴたりと口を閉じる。


「たかが一人の人間に、運命を変える力なんてないんだよ! 未来を予測できたら、誰も苦労しないだろ!?」


「……大将」


「大体、それってレンカの気持ちを全部否定するってことか!?」


 将大はぼろぼろと涙を零しながら、それでも言葉を続ける。


「あいつは初めて恋をして、確かに辛そうだったよ! けど、後悔はしてなかった! ミッちゃんに鈴を貰った後も、『好きになって良かった』って、幸せそうに笑ってたのに!」


「…………」


「『おれのせい』なんて二度と言うな! ミッちゃんがそんな顔してたら、レンカだってゆっくり休めないだろ……っ!」


 その先は、涙で言葉にならなかった。


 泣きじゃくる将大を前に、三明は困ったように眉を下げる。


「ゴメン、大将。おれが悪かったから……そんなに、泣くなよ」


「泣いでないっ……!」


「いや、普通に泣いてるだろ……」


 迷うように視線を彷徨わせてから、三明はぽつりと呟いた。


「……おれ、憐チャンの命も背負って、生きてくよ」


「…………」


「約束する。だから──」


 三明が、そっと将大の頭を撫でる。


 ますます大きくなる慟哭に、続く言葉は掻き消された。


 

◇

 


 裏の畑にある大木の下。

 そこに、小さな墓標が立てられていた。


 木の葉が、さわさわと風に揺れている。


「……また、会いに来るからね」


「じゃ〜な、憐チャン」


 三明と二人、墓の前で手を合わせる。

 目頭が熱くなるが、陽南はぐっと堪えて背を向けた。


「今まで、お世話になりました」


 陽南は深々と頭を下げる。

 門の前では、咲子と子供たちが二人を見送っていた。


「なぁ、ミッちゃん」


 そんな中、将大が一歩前に出る。


「オイラも、一緒に行っちゃダメ?」


「……そ〜だなぁ」


 三明は少し屈み、将大と目線を合わせる。


「せめて、十五で成人してからだな。この孤児院にとっても、頼れるガキ大将は必要だろ」


 赤い瞳を見開いた将大は、噛み締めるように頷いた。


「そう、だよな……じゃあ、二年後! 約束だぞ!」


「了〜解」


 二人を見守っていた陽南は、懐から赤銅色の鈴を取り出した。


「将大君、この鈴なんだけど……」


 将大の前に差し出す。

 しかし、彼は首を横に振った。


「あぁ、それか。オイラは要らないよ。あいつがヒナねーちゃんに渡したんだし、あんたが持ってろよ」


「……分かったわ」


 陽南は鈴をしまおうとして──やめた。

 代わりに髪紐を取り出し、千切れた紐に鈴を結び付ける。


「憐可ちゃんのこと、忘れないわ……絶対に」


 決意を込めて、朱い髪を高く縛り上げた。

 チリン、と澄んだ音が鳴る。


 将大の表情が一瞬だけ揺れ、すぐに強気な笑みへと戻った。


 

◇

 


 修復された橋を渡り終えた途端、小雨がぱらつき始めた。


「また降ってきたな」


「……そうね」


 傘を差しながら、陽南は灰色の空を仰ぐ。

 首の動きに合わせて、鈴がチリンと鳴った。


 三明がいつも空を見上げる気持ちが、少し分かった気がする。


「あんた、将大くんのこと……本当に良かったの?」


「いい。今は気持ちの整理、必要だろ」


 さりげない一言に、目の奥がツンとした。

 誤魔化すように、話題を変える。


「ねぇ、三明。憐可ちゃんのこと……正直どう思ってたの?」


 ほんの軽い気持ちだった。

 純粋な好奇心もあった。


「……?」


「似た者同士って言ってたし、少しは好意もあったんじゃない?」


「…………」


 不意に、三明の表情が凍りつく。


「──好きにはならないし、なれない」


「!」


 冷たく言い切る声に、陽南は息を呑んだ。


「誰かと深い仲になるなんて、おれには無理だ」


 鉛色の空を仰ぐ横顔。

 徐々に温度を失っていく金眼。


 その奥に、一瞬だけ、チリッと静電気のような火花が弾けた気がした。


(え……?)


「……ゴメン。ちょっと先行って、頭冷やす」


 瞼を閉じて小さく頭を振ると、彼は足を速めた。


 遠ざかっていく三明の背中。

 陽南の足は止まり、その場に立ち尽くす。


(……あたし、は)


 鈴の音が途絶える。

 傘を叩く雨音だけが、やけに耳障りに響き続けていた。

 









 

 ──これは、

 それぞれの覚悟を胸に刻み、

 前へ進み続けることを選んだ話。




【第二章 完】

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