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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第三章 蒼波ノ盟約
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① 親心のかたち


 孤児院を出て、結火(ムスビ)山を下る道中。

 陽南は、気まずい時間を過ごしていた。


 理由は一つ。

 三明との距離感を、測りかねているためだ。


「どこの村も、似たり寄ったりね」


「ま、こんなモンだろ。余所者なんて、警戒されて当然だし」


「……そう、ね」


 日向総団長から直々に与えられた、山間に点在する村々の視察任務。

 最近、この地域は“鬼ヶ山”と呼ばれているらしい。


(『先入観を持たず、自分の目で見てきてくれ』とは言われたけど……)


 ここ十数年で急増したという妖鬼の被害。

 恐怖に怯え、鬼だけでなくその血を引く赤い眼の“鬼人”に対しても排他的な人々。

 

 酷い村では陽南の朱毛さえ警戒され、異人の血を引く三明に至っては、一目見るなり門前払いだった。


「……行きましょ」


「あぁ」


 つい沈んだ声になってしまい、三明が窺うように一瞥してくる。

 だが、何も言ってこない。


「…………」


「…………」


 いつも通り、陽南の半歩後ろを歩く気配。

 続く沈黙に、ますます気が重くなる。


 陽南が話しかけて三明が答える、普段のやり取り。

 こちらの口数が減れば、必然的に会話は途絶えがちになる。


 他者とは適度な距離を保ち、無闇に踏み込まない彼。

 相棒として、少しは近付けたと思っていたのに。


(あたしの思い込みだったのかな……)

 

 結局、山を下りるまで沈黙は続いた。


◇


 昼過ぎ。

 二人は、麓の坪実(ツボミ)町で宿を取った。


「おれ、買い出し行ってくる。姉御は部屋でゆっくりしてて」


 陽南の沈んだ空気を察し、気を遣ってくれているのが分かる。


 だからこそ、なんだか申し訳なかった。


「……ありがとう。お願いするわ」


「ん。じゃ、後でな」


 ドアが閉まるなり、陽南はその場にしゃがみ込んだ。


「はぁ……」


 普段の自分であれば、悩む前に即行動するのだが。


(あたしらしくないわね……)

 

 下手に問い質して、三明を傷つけるのが怖い。


 ──それに。

 

『誰かと深い仲になるなんて、おれには無理だ』


 孤児院を出た時に告げられた言葉が、頭から離れない。

 まるで、告白する前に失恋したような心地で。


(地味に堪えるのよね……)


 ――トントン。


 不意に、扉を叩く音が響いた。


(三明? 忘れ物でもしたのかしら)


 陽南は立ち上がり、ドアへ向かうと――。


 バンッ!


「HAHAHA! 会いたかったぞ我が息、子……?」


 勢いよくドアが開き、金髪碧眼の男が飛び込んでくる。


 いきなりハグされ、陽南の顔が全力で引き攣った。


「────っ!!?」


「あっ、ひ、陽南ちゃん!? すまない、マイ・サンだと思っ――」


「黙れ変態っ!」


「ごはぁっ!?」


 問答無用の鉄拳が、無駄にハンサムな異人の顔面へと炸裂した。


◇


「僕らは、昨日からここに泊まってたんだ」


 以前と変わらず爽やかな笑顔を向けてくる男――レオナルド・スカイライト。


 その顔面には見事な青痣ができ、頭には現在進行形で包帯を巻かれている。


「レオ君、あまり動かないでね?」


「すまないな。しかし瑞希ちゃんの手当ては相変わらず手荒――イテテテッ!」


 椅子に座ったレオナルドの後頭部を、母・瑞希が容赦なく包帯でぐるぐる巻きに締め上げている。


「陽南ちゃん、元気にしてた?」


「う、うん。あたしも三明も、この前ちょっと風邪引いたくらい」


「何ぃ!? あの子が風邪を!?」


「レオ君。自分の子だけじゃなくて、少しはうちの娘も心配してくれないかしら?」


「ぎぇぇっ! ちょっ、強すぎぃ!」


 再び頭を抱えて悲鳴を上げる金髪男は、ひとまず視界から外す。

 

「でも、なんでママたちがここに?」


「それは僕から説明しよう!」


「あなたには訊いてませんけど」


「えっいきなり反抗期!? おじさんショック!」


 喚く男は完全に無視し、微笑む母に向き直る。


「ふふ。三明くんが帰ってきたら話すわ」


「あ……」


 その名前を聞いた瞬間。

 ここ最近の悩みが、胸の奥へと戻ってくる。


 そんな陽南を見て、レオナルドが静かに尋ねた。


「あの子に、何か聞いたかい?」


「…………はい」


 レオナルドの目配せを受け、瑞希がそっと部屋を出ていく。

 陽南は、ぽつぽつと口にした。


 彼が元盗賊であること。

 その罪を今なお背負い続けていること。


 そして――誰かを好きになることはない、と語っていたこと。


「驚いたな……そこまで話していたとは」


 話を聞き終えたレオナルドは、心底嬉しそうに微笑んだ。


「君は、とても信頼されているんだね」


「……そう、かしら」


「あぁ。あの子は、人の纏う空気や感情の動きに敏感だ。陽南ちゃんは何事にもストレートだから、側に居て安心するんだろう」


「……あなたにだけは言われたくないんですけど」


 軽く睨むと、レオナルドは苦笑した。

 そして、ふと真剣な顔になる。


「……息子を陽南ちゃんに任せたのは、正解だったよ」


「どういうこと?」


「あの子は、もっと外の世界を知るべきだ。だが僕と一緒では、どうしても行動が制限されるからね」


 そっと窓の外へ目を向けるレオナルド。


「僕が父親失格なのは、重々承知しているよ」


 普段のおちゃらけた指名手配犯とは違う。

 我が子の行く末を案じる、一人の父親の顔だった。


「だからこそ、僕のためではなく、あの子自身のために……これからも、よろしく頼むよ」


「……レオさん」


 己の正義や信念を貫く、真っ直ぐなところ。

 そして、三明のことを大切に想っているところ。


 “似たもの同士”だと三明に言われた理由が、少し分かった気がした。


「――分かりました。任せて下さい!」


「あぁ。頼りにしているよ」


 レオナルドの凛々しい顔に、ふっと笑みが浮かぶ。


「この旅で、僕も見極めさせてもらうつもりだしね」


「え?」


「ま、当分の間は息子を婿に出してやるつもりはないけどな!」


「な、な、何言って……!」


 真っ赤になる陽南を見て、レオナルドはニヤリと笑う。


「あの子のフィアンセになりたいんだろう? だが僕はまだ、結婚を認めてはいないからな!」


「交際すっ飛ばして結婚!?」


「おや、告白もまだなのかい? 陽南ちゃんは案外奥手なんだねぇ」


「好き放題言わないでくれます!? あたしだって色々悩んでるんだからっ!」


 ギャーギャーと言い合っていると、ドアが軽くノックされた。


「姉御……? 入っても平気か?」


「あ、三明――」


 ドアが開くなり、レオナルドが両手を広げて身を躍らせる。


「おぉ、待っていたぞ愛しの天使――へぶっ!!?」


 だが、素早く扉を閉められ、哀れな父親は再び顔面を強打した。


「…………」


 数秒後。


 何事もなかったかのように、再びドアが開く。


「……なんで親父が?」


「偶然ここに泊まってたらしいわよ」


「ふ~ん」


 白目を剥いている父親を一瞥し、その横を無情に通り過ぎる三明。


 そのまま陽南を見つめ、ふと目を細める。


「姉御……少し、元気になった?」


「!」


 不意打ちの、柔らかな微笑み。

 陽南は慌てて目を逸らした。


「べ……別に。あたしはいつも通りでしょ?」


「? なんか、顔赤くねぇ? また風邪引いた?」


「な、なんでもないってば!」


 顔を覗き込もうとしてくる三明から、必死に逃げる。

 

 胸を塞いでいた重苦しさは、いつの間にか薄れていた。

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