① 親心のかたち
孤児院を出て、結火山を下る道中。
陽南は、気まずい時間を過ごしていた。
理由は一つ。
三明との距離感を、測りかねているためだ。
「どこの村も、似たり寄ったりね」
「ま、こんなモンだろ。余所者なんて、警戒されて当然だし」
「……そう、ね」
日向総団長から直々に与えられた、山間に点在する村々の視察任務。
最近、この地域は“鬼ヶ山”と呼ばれているらしい。
(『先入観を持たず、自分の目で見てきてくれ』とは言われたけど……)
ここ十数年で急増したという妖鬼の被害。
恐怖に怯え、鬼だけでなくその血を引く赤い眼の“鬼人”に対しても排他的な人々。
酷い村では陽南の朱毛さえ警戒され、異人の血を引く三明に至っては、一目見るなり門前払いだった。
「……行きましょ」
「あぁ」
つい沈んだ声になってしまい、三明が窺うように一瞥してくる。
だが、何も言ってこない。
「…………」
「…………」
いつも通り、陽南の半歩後ろを歩く気配。
続く沈黙に、ますます気が重くなる。
陽南が話しかけて三明が答える、普段のやり取り。
こちらの口数が減れば、必然的に会話は途絶えがちになる。
他者とは適度な距離を保ち、無闇に踏み込まない彼。
相棒として、少しは近付けたと思っていたのに。
(あたしの思い込みだったのかな……)
結局、山を下りるまで沈黙は続いた。
◇
昼過ぎ。
二人は、麓の坪実町で宿を取った。
「おれ、買い出し行ってくる。姉御は部屋でゆっくりしてて」
陽南の沈んだ空気を察し、気を遣ってくれているのが分かる。
だからこそ、なんだか申し訳なかった。
「……ありがとう。お願いするわ」
「ん。じゃ、後でな」
ドアが閉まるなり、陽南はその場にしゃがみ込んだ。
「はぁ……」
普段の自分であれば、悩む前に即行動するのだが。
(あたしらしくないわね……)
下手に問い質して、三明を傷つけるのが怖い。
──それに。
『誰かと深い仲になるなんて、おれには無理だ』
孤児院を出た時に告げられた言葉が、頭から離れない。
まるで、告白する前に失恋したような心地で。
(地味に堪えるのよね……)
――トントン。
不意に、扉を叩く音が響いた。
(三明? 忘れ物でもしたのかしら)
陽南は立ち上がり、ドアへ向かうと――。
バンッ!
「HAHAHA! 会いたかったぞ我が息、子……?」
勢いよくドアが開き、金髪碧眼の男が飛び込んでくる。
いきなりハグされ、陽南の顔が全力で引き攣った。
「────っ!!?」
「あっ、ひ、陽南ちゃん!? すまない、マイ・サンだと思っ――」
「黙れ変態っ!」
「ごはぁっ!?」
問答無用の鉄拳が、無駄にハンサムな異人の顔面へと炸裂した。
◇
「僕らは、昨日からここに泊まってたんだ」
以前と変わらず爽やかな笑顔を向けてくる男――レオナルド・スカイライト。
その顔面には見事な青痣ができ、頭には現在進行形で包帯を巻かれている。
「レオ君、あまり動かないでね?」
「すまないな。しかし瑞希ちゃんの手当ては相変わらず手荒――イテテテッ!」
椅子に座ったレオナルドの後頭部を、母・瑞希が容赦なく包帯でぐるぐる巻きに締め上げている。
「陽南ちゃん、元気にしてた?」
「う、うん。あたしも三明も、この前ちょっと風邪引いたくらい」
「何ぃ!? あの子が風邪を!?」
「レオ君。自分の子だけじゃなくて、少しはうちの娘も心配してくれないかしら?」
「ぎぇぇっ! ちょっ、強すぎぃ!」
再び頭を抱えて悲鳴を上げる金髪男は、ひとまず視界から外す。
「でも、なんでママたちがここに?」
「それは僕から説明しよう!」
「あなたには訊いてませんけど」
「えっいきなり反抗期!? おじさんショック!」
喚く男は完全に無視し、微笑む母に向き直る。
「ふふ。三明くんが帰ってきたら話すわ」
「あ……」
その名前を聞いた瞬間。
ここ最近の悩みが、胸の奥へと戻ってくる。
そんな陽南を見て、レオナルドが静かに尋ねた。
「あの子に、何か聞いたかい?」
「…………はい」
レオナルドの目配せを受け、瑞希がそっと部屋を出ていく。
陽南は、ぽつぽつと口にした。
彼が元盗賊であること。
その罪を今なお背負い続けていること。
そして――誰かを好きになることはない、と語っていたこと。
「驚いたな……そこまで話していたとは」
話を聞き終えたレオナルドは、心底嬉しそうに微笑んだ。
「君は、とても信頼されているんだね」
「……そう、かしら」
「あぁ。あの子は、人の纏う空気や感情の動きに敏感だ。陽南ちゃんは何事にもストレートだから、側に居て安心するんだろう」
「……あなたにだけは言われたくないんですけど」
軽く睨むと、レオナルドは苦笑した。
そして、ふと真剣な顔になる。
「……息子を陽南ちゃんに任せたのは、正解だったよ」
「どういうこと?」
「あの子は、もっと外の世界を知るべきだ。だが僕と一緒では、どうしても行動が制限されるからね」
そっと窓の外へ目を向けるレオナルド。
「僕が父親失格なのは、重々承知しているよ」
普段のおちゃらけた指名手配犯とは違う。
我が子の行く末を案じる、一人の父親の顔だった。
「だからこそ、僕のためではなく、あの子自身のために……これからも、よろしく頼むよ」
「……レオさん」
己の正義や信念を貫く、真っ直ぐなところ。
そして、三明のことを大切に想っているところ。
“似たもの同士”だと三明に言われた理由が、少し分かった気がした。
「――分かりました。任せて下さい!」
「あぁ。頼りにしているよ」
レオナルドの凛々しい顔に、ふっと笑みが浮かぶ。
「この旅で、僕も見極めさせてもらうつもりだしね」
「え?」
「ま、当分の間は息子を婿に出してやるつもりはないけどな!」
「な、な、何言って……!」
真っ赤になる陽南を見て、レオナルドはニヤリと笑う。
「あの子のフィアンセになりたいんだろう? だが僕はまだ、結婚を認めてはいないからな!」
「交際すっ飛ばして結婚!?」
「おや、告白もまだなのかい? 陽南ちゃんは案外奥手なんだねぇ」
「好き放題言わないでくれます!? あたしだって色々悩んでるんだからっ!」
ギャーギャーと言い合っていると、ドアが軽くノックされた。
「姉御……? 入っても平気か?」
「あ、三明――」
ドアが開くなり、レオナルドが両手を広げて身を躍らせる。
「おぉ、待っていたぞ愛しの天使――へぶっ!!?」
だが、素早く扉を閉められ、哀れな父親は再び顔面を強打した。
「…………」
数秒後。
何事もなかったかのように、再びドアが開く。
「……なんで親父が?」
「偶然ここに泊まってたらしいわよ」
「ふ~ん」
白目を剥いている父親を一瞥し、その横を無情に通り過ぎる三明。
そのまま陽南を見つめ、ふと目を細める。
「姉御……少し、元気になった?」
「!」
不意打ちの、柔らかな微笑み。
陽南は慌てて目を逸らした。
「べ……別に。あたしはいつも通りでしょ?」
「? なんか、顔赤くねぇ? また風邪引いた?」
「な、なんでもないってば!」
顔を覗き込もうとしてくる三明から、必死に逃げる。
胸を塞いでいた重苦しさは、いつの間にか薄れていた。




