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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第二章 月下ノ選定
24/28

⑧ 鈴の音、遠く*


 橋が直ったと知らせを聞いたのは、昨晩のことだった。

 

 だが、東の空は暗い雲に覆われている。

 恐らく午後からは大雨になるだろう。


「出発は明日の朝にするわ。とりあえず、将大君と買い出し行ってくるわね」


「ん。了〜解」


 すると、珍しく憐可が声を上げた。


「今日は、私も行っていい?」


「え? えぇ、勿論よ」


「やった! ねぇ、ミッちゃんも一緒どう?」


「……じゃあ、ついてく」


 そうして四人で村に下りたのだが。

 

 改めて注視してみると、やはり将大と憐可に対して、人々はひどく素っ気ない。

 こと憐可に対しては、怯えているような様子すらあった。

 

「三本買うと、幾らになります?」

 

 そんな空気を、三明も感じ取ったのだろう。

 さり気なく店主の前に出る彼の背を、憐可はうっとり見上げ、将大がにやにやしながら小突いた。


「よっ、色男!」


「はぁ? ただ買い物してるだけだろ」

 

 無事に食材を買い揃えた帰りがけ。

 憐可が、小ぢんまりとした出店の前で足を止めた。


 そこに並んでいたのは、赤銅色の丸い鈴。


「……ミッちゃん」

 

「ん?」

 

「これ……ほしいな」


「おれ、財布持ってないけど」


(しょうがないわね……)


 憐可から見えないよう、陽南は自分の小銭入れを差し出す。

 一瞬、怪訝そうな顔をした三明だが、すぐに意図を察したらしい。


「……じゃあ、コレ一つ」


「ありがとう! 大事にするね!」


 鈴を手渡されると、憐可は満面の笑みで受け取った。

 紐を通して首飾りのように提げ、愛おしげに指先で撫でる。


(なんだか……“猫の首に鈴”みたい)


 そう思ったら、少しだけ胸が痛んだ。


「げっ、降ってきたぞ!」


「本当だわ、早く戻りましょ!」

 

 店を出るなりぱらぱらと雨が降り出し、帰り道を急ぐ。

 将大も憐可も異様なほど足が速く、二人はあっという間に陽南を追い越してしまった。


(本当に……鬼人、なのね)


 どうにか玄関へ転がり込んだ頃には、すっかり息が上がっていた。

 先に戻っていた憐可から手拭いを受け取りつつ、ふと気付く。


「あれ、三明は?」


「げっ、まさか……はぐれたか?」


「えっ!?」


 将大が息を呑み、憐可が外へ飛び出そうとした──その時。


「ゴメン、遅くなって」


 濡れ鼠になった三明が、外套で包んだ籠を抱えて立っていた。


「香草、持ってきた。ちょっと湿ってるけど……」


 一昨日、憐可と二人で干していた香草。

 雨から守るため、孤児院裏の畑まで取りに行っていたのだ。


「──ミッちゃんっ!」


「え、うわ……っ」


 感極まった憐可が、勢いよく三明に抱き付く。



挿絵(By みてみん)



 僅かに身体を強張らせた三明は、少女を受け止めきれず、そのまま尻餅をついた。


 どうにも情けない姿に、将大は呆れ顔だ。

 だが、陽南はなぜか笑えなかった。


「ご、ごめんね? ……ありがとう、ミッちゃん」


「……あぁ」


 憐可はほんのり頬を染めたまま、濡れた野良着の袖をぎゅっと握り締めた。


「……あのね」


 リンッ、と鈴が鳴った。


「私、ミッちゃんが好き」


 囁くような一言が。

 雨音の中、やけにはっきりと聞こえた。


「…………」

 

 三明は、何も言わない。

 微笑むでも、照れるでもなく、いつも通りの無表情。


 長い沈黙の後、憐可がぎこちなく微笑んだ。


「あ、えっと……あんまり、気にしないでね? 明日出発だし……伝えときたいって、思って」


「…………そっか」


 玄関に上がった三明は、そのまま廊下を歩いていってしまう。


(三明……?)

 

 ずぶ濡れの背中が、微かに震えているように見えた。



◇


 

「ったく。ミッちゃんの奴、飯食わないつもりか?」


 それ以降、三明は明らかに憐可を避けていた。

 台所で食事の支度をする時にも、夕食の席にも顔を出さない。

 

「……どうしよう。私のせいだよね」

 

「全く、あの馬鹿……。待ってて、あたしが連れてくるわ」

 

「ううん。夕飯だけ、持ってってあげて」


 今にも泣き出しそうな顔で、それでも気丈に笑う憐可。

 咲子も事情を聞いたらしく、小さく頷いた。


「三明……入るわよ」

 

 食事を盆に乗せ、彼の部屋を訪れる。

 返事は無かったが、陽南は構わず戸を開けた。


「夕食の時間よ。食べないの?」


「…………」

 

 雨音が、静かに部屋を満たしている。

 三明は窓際で膝を抱え、暗い空を見つめていた。


 陽南は盆を置き、その隣に腰を下ろす。

 

「憐可ちゃんに……何か、言ってあげたら?」


「ダメだ」


 有無を言わさぬ、即答だった。


「これ以上……あの子と、仲良くなっちゃダメだ」


「──え?」


「元盗賊の人殺しが、誰かに好かれる資格は無ぇ」


 温度の無い金の瞳。

 そのまま俯き、黙り込む。


(……そっか)


 陽南は、小さく息を吐く。


 二人は似ているのだ。

 自分など相応しくないと、身を引こうとする。


(結構、お似合いなのかも……)


 しくりと痛む胸には、気付かないふりをして。

 湿り気を帯びた金髪を見下ろし、口を開く。


「誰だって失敗したり、罪を犯したり──間違えることは、あるでしょ」


「…………」


「大事なのは、自身の過ちに気付いて、正そうとすることじゃない?」


「…………」


 沈黙を貫く彼に構わず、陽南は続ける。


「三明は、過去を改めようと足掻いてる。あたしはそんなあんたを──旅の相棒として、信頼してるわ」


 返事はない。

 表情も見えない。

 

「レオさんや、ママや赤司隊長だって、見守ってくれてるじゃない……?」


 濡れたままの背中すら、微動だにしない。

 喉の奥が、少し震えた。


「大事に思ってくれる人が、ちゃんといるのに……! あんた自身が『好かれる資格が無い』なんて……そんな悲しいこと、言わないで……っ!」


 じわりと、目頭が熱くなる。


「……なんで」


 ようやく三明が、口を開く。


「なんで、姉御は……そこまでおれを、信じられるんだ……?」


「……なんでって、言われても」


 少し考えてから、陽南は答えた。


「強いて言うなら、三明だから?」


「意味、分かんねぇ……」


 三明は、ふっと小さく息を吐く。


「簡単には、割り切れねぇ……けど」


 やや掠れた声。

 相変わらず、こちらを見ようとはしない。


「姉御がそんな顔すんのは……なんか、イヤだし」


「……うん」


「一応……できるだけ、気を付ける」


 少なくとも、想いは伝わったらしい。

 彼の肩に、そっと手を置く。


「ほら、元気出しなさい。色男が台無しよ?」


「…………」


 三明が、僅かに首をもたげる。


 ──そして。

 陽南の肩口に、金の頭をそっと預けてきた。


「っ、ちょ、みっ、三明っ!?」

 

 雨音が、遠く感じる。

 身体が、じわりと熱くなった。


「い、いきなり何? どうしたの?」


「…………」

 

「……三明?」


 なんとか平静を装って、名前を呼ぶ。

 返事は、ない。


(っ、え……?)


 やがて肩の温もりが、ふっと離れていくと。


「──っ!」


 そのまま三明は、力なく床に倒れ込んだ。



◇



「大丈夫。少し熱は高いけど、ただの風邪よ。一晩休めば良くなると思うわ」


 様子を見にきた咲子から、水の入った手桶を受け取る。


「すみません。ありがとうございます」


「いえいえ。明日の出発も、体調次第で考えましょ」


 咲子が出ていくと、部屋にふたたび雨音が満ちた。


 陽南は改めて、三明の横顔を見つめる。


 赤い顔で横になったまま、無言で天井を仰ぐ彼。

 固く絞ったタオルを額に乗せると、ゆっくりと目を閉じた。


「…………」


 程なくして、薄っすらと瞼が開く。

 虚ろな金眼が、ぼんやりと窓の外を映していた。


(……意外と、疲れが溜まってたのかも)


 一見すると無気力そうなのに、何かと器用にこなすしっかり者。

 距離感も程よく、隣にいて居心地のいい相棒。


 でも彼からすれば、何かと気を遣っていたのかもしれない。


(そんなに肩肘張らなくていいのに。だってあたし、三明のこと──)


 そこまで考えて、なんだか気恥ずかしくなった。

 陽南は思考を打ち切り、隣に敷いた布団へ潜り込む。


(…………はぁ)


 雨の音。

 風の音。

 遠くで唸る、雷の音。


(あんたのせいで、眠れないじゃない……)


 肩に寄りかかってきた体温を思い出す。

 ただの立ち眩みだったのか、それとも──。


(だめだめ、早く寝なきゃ)


 陽南は頭から布団を被り、瞼を押さえ込んだ。


 やがて、じわじわと眠気が訪れる。


(…………?)


 微睡みの中、何か物音を聞いた気がした。


 だが眠気には勝てず、意識は静かに沈んでいく。


 リィン……

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