⑦ 赤眼に映る
「「おいしーい!」」
食事を始めるなり、子供たちが一斉に歓声を上げた。
「ぶっちゃけ先生の飯よりうま──イテッ!」
「失礼ね。でも本当に美味しいわ。空見君は家庭的なのね」
将大を小突きながら微笑む咲子。
彼女の視線を避けるように、三明は手元へ目を落とした。
「……別に、そんなコトないですけど」
脇腹を押さえていた将大が、心底呆れた目を向けてきた。
「それに比べて、あんたはひどかったな」
「っ、うるさいわね!」
つい声を荒げる陽南。
先程、力み過ぎた挙句に人参をまな板ごとぶった斬った現場を、彼に目撃されてしまったのだ。
「無理なお願いをして、ごめんなさいね」
「い、いえ! こちらこそ……まな板を壊してしまい、すみません」
心底申し訳なさそうに言われ、大変いたたまれない。
「アレ元々古びてたし、買い替え時だったと思うけど」
すると三明が、ふと気怠げな視線を子供たちに向けた。
「オマエら、次のまな板は何色にしたい?」
「「……!!」」
怯えた子供たちが一斉に黙り込む。
だが、しばしの沈黙後。
「……ピンクが、いいな」
「ゴフゥッ!?」
小さな女の子がおずおずと手を挙げ、将大がお茶を盛大に咽せる。
「いやいや! ピンクは無いだろ!」
「じゃあ、きんピカは?」
「にじいろもきれいだよね!」
「どんなまな板だよ!? 派手すぎて使いにくいわ!!」
将大のツッコミを皮切りに、騒ぎ出す子供達。
陽南がほっとした、その時。
「……ミッちゃんって、優しいよね」
「え……?」
隣から、憐可の声が落ちてきた。
「だって、ヒナお姉ちゃんのために、あんな風に言ってくれたんでしょ?」
おさげの髪を揺らして、無邪気に微笑む。
そして声を潜め、一言。
「ねぇ、二人は恋人同士なの?」
一瞬、思考が停止した後。
陽南は必死で首を振った。
「ち、違うわよ! ただの相棒だから!」
「……そうなの?」
「そうよ!」
探るような視線から目を逸らし、陽南は白米を掻き込んだ。
正しい答えのはずなのに。
言葉が喉に引っかかるような感覚があったのは、なぜだろう。
◇
結局、食事の用意は三明と憐可に任せ、陽南は将大と二人で食糧調達を担当することになった。
料理が苦手な者同士、妥当な割り振りだろう。
「……大根二本とジャガイモ二袋」
「四映だ」
(えっ、何この空気……!?)
だが将大は、村に下りても無愛想丸出しで。
店主をはじめ、村人たちの対応もどこか冷たく感じる。
「どれも美味しそうですね……あ、人参も一袋お願いします!」
「……あいよ」
どうにか間を取り持ちながら買い物をこなしたものの、依然として将大との会話は皆無。
(つ、疲れた……)
荷物の重さ以上に気疲れして孤児院に辿り着き、台所に食材を運び込む。
そこへ、勝手口の向こうから声が聞こえてきた。
「夏野菜、そろそろ食べ頃っぽいな」
「うん。ごめんね、香草干しまで手伝ってもらって……」
「おれ、ど〜せ暇人だし。使えるモンは使っとけ」
「それ、自分で言っちゃうの?」
少女の軽やかな笑い声。三明と憐可が、裏の畑から戻ってきた様子だ。
(……一晩でずいぶん打ち解けたわね)
微笑ましいはずなのに、なぜかすっきりしない。
勝手口を睨むように見つめていると、丁度戸を開けた三明と目が合った。
「お疲れ、姉御。大将も、おかえり」
途端、無愛想だった将大が、一転してにっかりと笑う。
「おぅ、いっぱい買ってきてやったぜ!」
「助かる。今夜は肉じゃがにするけど……大将、好物なんだろ?」
「やりぃ!」
にこにこと二人を見守る憐可。
対する陽南は、まるで自分だけ除け者のようで、どうにも面白くない。
「なぁミッちゃん、夕飯の後、またオイラの部屋に来るだろ?」
「別に、い〜けど」
「「やった!!」」
すると憐可も笑顔で三明の側に寄り、上目遣いで覗き込む。
「また昨日の続き、話してくれるの?」
「……あんな昔話、どこが面白いんだ……?」
どうやら陽南が眠っている間、彼は将大の部屋へ行っているらしい。
食材を収納した陽南は、さり気なく会話に割り込んだ。
「ねぇ、三明。毎晩どんな話をしてるの?」
途端、将大と憐可の表情が固まった。
(……え?)
「あ〜、大丈夫。姉御は、元盗賊のおれを"相棒"にしてるくらいだし」
おずおずと彼を見上げる兄妹。
三明は二人を宥めるように、のんびりと呟く。
「けど……二人が心配なら、黙っとく」
「……ミッちゃんがそう言うなら、信じるよ。な、憐可」
将大が頷き、憐可もこくりと倣う。
そうして打ち明けられたのは──。
「ヒナねーちゃんを警戒してたのは……オイラ達が、夕輝士団の要監視対象、"鬼人"だからだ」
「──!」
確か、本部の掲示板で、片隅に載っていた。
鬼人── 鬼の特性を受け継いだ、人と妖鬼との混血児。
思わず三明を見やれば、彼は小さく頷く。
「昔、おれの住んでた里にも鬼人がいてさ。赤い眼だから、すぐ気付いた」
かつて三明が育ったという、盗賊の隠れ里。
二人が聞きたがっていたのは、彼の昔話に出てくる同族の話だったらしい。
「……ヒナお姉ちゃん」
不意に、憐可が意を決したように口を開く。
「少し、二人で話してもいい?」
◇
憐可の部屋に入るなり、確信を込めて告げられる。
「ヒナお姉ちゃんは、ミッちゃんが好きなんだよね」
(……え)
直球すぎて、言葉が出なかった。
「まっ、まさか! あたし年上派だし、自分より背の高い男性が理想で──」
「ふふふ、照れ屋さんだね」
微笑む憐可の表情に、幼さはなく。
全てを見透かしたような“恋する女”の顔をしていた。
「私もミッちゃんのこと、好きなの」
「……うん」
小さな声が、微かに震える。
「でも……私は、鬼人だから。“桜血鬼”は、好きになった人を食べちゃう“人喰い鬼”だから……」
「──!」
胸の奥に、重いものが落ちた。
「だから、ね? ヒナお姉ちゃんとミッちゃんが付き合えば、諦められると──」
「好きって気持ちに、立場なんて関係ないわ」
続きを言わせたくなくて、強い声で遮る。
「三明は、そんなことを気にする奴じゃない。あの子自身、普通の人生歩んできたとは言い難いみたいだし……」
「……お姉ちゃん」
「年上としてのアドバイスよ。自分の気持ちに、正直になりなさい」
赤い眼を潤ませた憐可が縋るように見上げてくる。
「でも……もし、ミッちゃんを食べちゃったら……!?」
「大丈夫。三明は強いわ。そう簡単には食べられないわよ」
大粒の涙を零す少女を、陽南はそっと抱き寄せる。
「それに、もしもの時はあたしがいるでしょ? 正義の味方、夕輝士団の陽南お姉ちゃんにお任せよ!」
憐可が、泣き笑いのような顔をした。
「……町のみんなが、ヒナお姉ちゃんみたいな人だったらいいのになぁ」
(あぁ、それで……)
将大に対し、やけに冷淡だった村の人々。
兄妹が三明に懐いている理由も、今なら理解できる。
「……約束だよ。もし私が人を食べちゃったら──その時は」
「分かった。責任持って、あたしが止めてあげる」
ようやくいつもの笑顔が戻るのを見て、陽南は静かに彼女を放した。
「ありがとう。……ヒナお姉ちゃんも、早く素直になれるといいね」
「……あたしはいいのよ。ちょっと気になるかなーって感じがするだけだし」
微かにちくりと痛んだ胸には、気付かないふりをした。




