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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第二章 月下ノ選定
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⑦ 赤眼に映る


「「おいしーい!」」

 

 食事を始めるなり、子供たちが一斉に歓声を上げた。

 

「ぶっちゃけ先生の飯よりうま──イテッ!」


「失礼ね。でも本当に美味しいわ。空見君は家庭的なのね」


 将大を小突きながら微笑む咲子。

 彼女の視線を避けるように、三明は手元へ目を落とした。

 

「……別に、そんなコトないですけど」


 脇腹を押さえていた将大が、心底呆れた目を向けてきた。


「それに比べて、あんたはひどかったな」


「っ、うるさいわね!」


 つい声を荒げる陽南。

 先程、力み過ぎた挙句に人参をまな板ごとぶった斬った現場を、彼に目撃されてしまったのだ。


「無理なお願いをして、ごめんなさいね」


「い、いえ! こちらこそ……まな板を壊してしまい、すみません」


 心底申し訳なさそうに言われ、大変いたたまれない。


「アレ元々古びてたし、買い替え時だったと思うけど」


 すると三明が、ふと気怠げな視線を子供たちに向けた。


「オマエら、次のまな板は何色にしたい?」


「「……!!」」

 

 怯えた子供たちが一斉に黙り込む。

 だが、しばしの沈黙後。


「……ピンクが、いいな」


「ゴフゥッ!?」


 小さな女の子がおずおずと手を挙げ、将大がお茶を盛大に咽せる。


「いやいや! ピンクは無いだろ!」


「じゃあ、きんピカは?」


「にじいろもきれいだよね!」


「どんなまな板だよ!? 派手すぎて使いにくいわ!!」


 将大のツッコミを皮切りに、騒ぎ出す子供達。

 陽南がほっとした、その時。


「……ミッちゃんって、優しいよね」


「え……?」


 隣から、憐可の声が落ちてきた。


「だって、ヒナお姉ちゃんのために、あんな風に言ってくれたんでしょ?」


 おさげの髪を揺らして、無邪気に微笑む。


 そして声を潜め、一言。


「ねぇ、二人は恋人同士なの?」


 一瞬、思考が停止した後。

 陽南は必死で首を振った。


「ち、違うわよ! ただの相棒だから!」


「……そうなの?」


「そうよ!」


 探るような視線から目を逸らし、陽南は白米を掻き込んだ。


 正しい答えのはずなのに。

 言葉が喉に引っかかるような感覚があったのは、なぜだろう。



◇

 

 

 結局、食事の用意は三明と憐可に任せ、陽南は将大と二人で食糧調達を担当することになった。

 料理が苦手な者同士、妥当な割り振りだろう。


「……大根二本とジャガイモ二袋」


「四映(エイ)だ」


(えっ、何この空気……!?)

 

 だが将大は、村に下りても無愛想丸出しで。

 店主をはじめ、村人たちの対応もどこか冷たく感じる。


「どれも美味しそうですね……あ、人参も一袋お願いします!」


「……あいよ」

 

 どうにか間を取り持ちながら買い物をこなしたものの、依然として将大との会話は皆無。


(つ、疲れた……)


 荷物の重さ以上に気疲れして孤児院に辿り着き、台所に食材を運び込む。

 そこへ、勝手口の向こうから声が聞こえてきた。


「夏野菜、そろそろ食べ頃っぽいな」


「うん。ごめんね、香草干しまで手伝ってもらって……」


「おれ、ど〜せ暇人だし。使えるモンは使っとけ」


「それ、自分で言っちゃうの?」


 少女の軽やかな笑い声。三明と憐可が、裏の畑から戻ってきた様子だ。


(……一晩でずいぶん打ち解けたわね)


 微笑ましいはずなのに、なぜかすっきりしない。

 勝手口を睨むように見つめていると、丁度戸を開けた三明と目が合った。


「お疲れ、姉御。大将も、おかえり」

 

 途端、無愛想だった将大が、一転してにっかりと笑う。


「おぅ、いっぱい買ってきてやったぜ!」


「助かる。今夜は肉じゃがにするけど……大将、好物なんだろ?」

 

「やりぃ!」


 にこにこと二人を見守る憐可。

 対する陽南は、まるで自分だけ除け者のようで、どうにも面白くない。


「なぁミッちゃん、夕飯の後、またオイラの部屋に来るだろ?」


「別に、い〜けど」


「「やった!!」」

 

 すると憐可も笑顔で三明の側に寄り、上目遣いで覗き込む。

 

「また昨日の続き、話してくれるの?」


「……あんな昔話、どこが面白いんだ……?」

 

 どうやら陽南が眠っている間、彼は将大の部屋へ行っているらしい。

 食材を収納した陽南は、さり気なく会話に割り込んだ。


「ねぇ、三明。毎晩どんな話をしてるの?」


 途端、将大と憐可の表情が固まった。


(……え?)


「あ〜、大丈夫。姉御は、元盗賊のおれを"相棒"にしてるくらいだし」


 おずおずと彼を見上げる兄妹。

 三明は二人を宥めるように、のんびりと呟く。


「けど……二人が心配なら、黙っとく」


「……ミッちゃんがそう言うなら、信じるよ。な、憐可」


 将大が頷き、憐可もこくりと倣う。


 そうして打ち明けられたのは──。


「ヒナねーちゃんを警戒してたのは……オイラ達が、夕輝士団の要監視対象、"鬼人(キジン)"だからだ」


「──!」


 確か、本部の掲示板で、片隅に載っていた。

 鬼人── 鬼の特性を受け継いだ、人と妖鬼との混血児。

 

 思わず三明を見やれば、彼は小さく頷く。


「昔、おれの住んでた里にも鬼人がいてさ。赤い眼だから、すぐ気付いた」


 かつて三明が育ったという、盗賊の隠れ里。

 二人が聞きたがっていたのは、彼の昔話に出てくる同族の話だったらしい。


「……ヒナお姉ちゃん」


 不意に、憐可が意を決したように口を開く。


「少し、二人で話してもいい?」



◇


 

 憐可の部屋に入るなり、確信を込めて告げられる。

 

「ヒナお姉ちゃんは、ミッちゃんが好きなんだよね」


(……え)


 直球すぎて、言葉が出なかった。


「まっ、まさか! あたし年上派だし、自分より背の高い男性が理想で──」


「ふふふ、照れ屋さんだね」


 微笑む憐可の表情に、幼さはなく。

 全てを見透かしたような“恋する女”の顔をしていた。

 

「私もミッちゃんのこと、好きなの」


「……うん」


 小さな声が、微かに震える。


「でも……私は、鬼人だから。“桜血鬼(オウケツキ)”は、好きになった人を食べちゃう“人喰い鬼”だから……」


「──!」


 胸の奥に、重いものが落ちた。


「だから、ね? ヒナお姉ちゃんとミッちゃんが付き合えば、諦められると──」


「好きって気持ちに、立場なんて関係ないわ」


 続きを言わせたくなくて、強い声で遮る。


「三明は、そんなことを気にする奴じゃない。あの子自身、普通の人生歩んできたとは言い難いみたいだし……」


「……お姉ちゃん」


「年上としてのアドバイスよ。自分の気持ちに、正直になりなさい」


 赤い眼を潤ませた憐可が縋るように見上げてくる。


「でも……もし、ミッちゃんを食べちゃったら……!?」


「大丈夫。三明は強いわ。そう簡単には食べられないわよ」


 大粒の涙を零す少女を、陽南はそっと抱き寄せる。


「それに、もしもの時はあたしがいるでしょ? 正義の味方、夕輝士団の陽南お姉ちゃんにお任せよ!」


 憐可が、泣き笑いのような顔をした。


「……町のみんなが、ヒナお姉ちゃんみたいな人だったらいいのになぁ」


(あぁ、それで……)


 将大に対し、やけに冷淡だった村の人々。

 兄妹が三明に懐いている理由も、今なら理解できる。


「……約束だよ。もし私が人を食べちゃったら──その時は」


「分かった。責任持って、あたしが止めてあげる」


 ようやくいつもの笑顔が戻るのを見て、陽南は静かに彼女を放した。


「ありがとう。……ヒナお姉ちゃんも、早く素直になれるといいね」


「……あたしはいいのよ。ちょっと気になるかなーって感じがするだけだし」


 微かにちくりと痛んだ胸には、気付かないふりをした。

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