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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第二章 月下ノ選定
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④ 硝子の夜会*


 ずらりと並ぶ、華やかな衣装の数々。

 陽南が手に取ったのは、ワインレッドのイブニングドレスだ。


 鏡の前で一度くるりと回ってみる。

 なんだか自分じゃないみたいで、不思議な心地だった。

 

(悪くはない……けど)


「これ、腕と肩の露出がちょっと……」


「なら、なんか羽織れば?」


 部屋の隅で手持ち無沙汰にしていた三明は、気怠げに呟く。

 控えていたメイドたちがすぐに反応し、用意されたのは黒のボレロ。

 肩に掛けると、露出はほどよく抑えられた。


「……うん、これなら」


 小さく頷いたところで、今度は髪。

 あっという間にアップスタイルへと整えられる。


(綺麗だけど、なんだか窮屈ね……)


 メイド達が出ていき、ふと三明に聞いてみる。

 

「……ちゃんと、似合ってる?」

 

「あぁ」

 

「そ、そう……?」


 即答され、なんだか照れてしまう。

 何気なく耳元の髪に触れた、その瞬間。


「あ」


 指先が引っかかり、まとめられていた毛束がさらりと崩れた。


「ど、どうしよう!? もう始まっちゃうのに!」


 鏡の前で慌てる陽南に、三明は淡々と返す。


「その辺りだけ留め直せば平気だろ。多分」


「……三明、直せる?」


 駄目元で頼んでみると、一瞬、考えるような間があった直後。

 三明は立ち上がり、櫛を手に取った。


「……了〜解」


 背後に回り、崩れた部分をそっとすくい上げる。

 髪に触れる指先は、驚くほど繊細だった。


(……器用ね)


 手早く髪をまとめ、ピンで固定し、最後に数か所を補強する。

 ものの数分で、陽南の髪は先程よりも綺麗に整っていた。


「ありがとね、助かったわ」


「ん。タマノコシ、頑張れよ」


「もう、そんなんじゃないってば!」


 否定しつつ、笑顔で彼に手を振る。

 三明が小さく頷くのを確認し、部屋を出た。


 ──とはいえ。

 

(……ちょっとだけ、期待はしてるけど)


 華やかな場に、豪華な料理。

 そんな非日常に、少なからず高揚している自覚はあった。



◇

 


 会場は、眩いほどの光に満ちていた。

 武智に挨拶を済ませ、立食形式の料理へ手を伸ばす。


 色鮮やかで食欲をそそる、完璧な見た目。

 鼻腔を擽る香りに誘われ、口に運ぶ。

 

(……あれ?)


 美味しいはずなのに、味がどこか遠い。


「こんばんは、素敵なお嬢さん。お名前を伺っても?」

  

 近くで食事をしていた華族や実業家たちが、気さくに声をかけてくる。


 笑顔で応じ、会話も交わす。

 なのに、言葉が上滑りしていく。


 気づけば、何度も壁の時計へ目を向けていた。


(……あたし、何やってるんだろ)


 心の底から楽しめないのは、なぜだろう。

 広間の熱気が、やけに息苦しい。


 陽南は、逃げるようにバルコニーへと足を向けた。



◇


 

 夜風が頬を撫で、少しだけ気が楽になる。

 ほっと一息ついたところで、背後から落ち着いた声がした。

 

「やぁ。……先日はどうも、レディ」


 陽南は振り返るなり、目を丸くする。


「あ、あの時の……!」


「改めて名乗らせてほしい。山田竜真(ヤマダ・タツマ)だ」


 南燿地方で出会った、旅商人だという長身偉丈夫。

 黒の洋装に身を包み、長い黒髪を項で束ねた姿は一層凛々しく、魅力的だった。



挿絵(By みてみん)


 

「あ、あたしは、大鳥陽南です」


「陽南。貴女にぴったりの、愛らしい名だ」


 真っ直ぐに名前を呼ばれ、頬が熱くなる。


「や、山田さんは華族の方……でしょうか?」


「いや、実家は八岐竜(ヤマタツ)製鉄と取引する商家だが」


「えっ、あの有名な!?」


 思わず声が弾む。

 王国随一の大企業と契約しているなんて、かなりの大商家なのは間違いない。

 

「将来的には、行商にも力を入れようと画策している所だ」


「……それで、南燿地方にいらっしゃったんですね」

 

 豪商の御曹司でありながら、自ら地方へ足を運ぶ姿勢。

 すごい人だと、素直に尊敬した。


「あの時はすまない。見慣れぬ女性隊士の凛々しさに、つい声をかけてしまってな」


「……!」


 山田が一歩、距離を詰めてくる。


「あの後、君が幼児を救うために火事場へ飛び込んだと聞いた」


 穏やかで優しい、しかし強い眼差し。


「その勇敢さは、賞賛に値する……だが、もっと自分自身を大切にしてほしい」


 言葉が、視線が、あまりに真っ直ぐで。

 火照った顔を隠すように、目を伏せる。


「あ、あれは、三──仲間が火を消してくれたから……」


 彼の名前を出しかけた、その時。

 竜真の顔色が変わった。


「あの、妙な毛色の小僧……」


 険しい表情、地を這うような低い声。

 一瞬で、空気が冷える。


「奴は、君の隣に相応しくない」


「……え?」


「何を企んでいるのか知らぬが、いずれ間違いなく君の害となるだろう」


 静かだが、有無を言わせない響き。


(……違う)


 その言葉に、胸がすっと冷えた。

 

 確かに、素敵な男性だとは思う。

 ──けれど。

 そのときめきは、一瞬で掻き消えた。

 

 脳裏に浮かぶのは、ひとりで空を眺めていたあの背中。


「……すみません」


 毅然と竜真を見上げ、短く告げる。


「そろそろ、お暇いたしますので」


「! 待て、君は──」


 引き止める声を聞かず、踵を返す。

 そのまま、陽南は足早に広間を後にした。



◇


 

 客室の前で足を止める。

 半開きの扉から、そっと中を覗いてみると。


(……三明)


 窓枠に腰掛けたまま、夜空を見上げる彼。

 月明かりに照らされた横顔は、どこか遠い。


「……はぁぁ、疲れた!」

 

 わざと音を立てて扉を開ければ、ぱっと三明が振り返った。

 わずかに見開かれた金眼が、陽南を映す。


「あぁいうの、やっぱあたしの性には合わないわ」


「……そっか」


 いつもの眠たげな無表情。

 ふっと力を抜いたように見えるのは、気のせいだろうか。

 

「ただいま、三明」


 一歩、部屋に入ると。

 静かな声が、耳に届いた。

 

「……おかえり」

 

 胸を締め付けていた緊張が、解けていく。


(あたしの“居場所”は──)

 

 煌びやかな広間よりも。

 静かなこの部屋の方が、ずっと落ち着く。

 

 その理由を、陽南はもう分かっていた。

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