③ 古き血の系譜
「……内容聞かないと、頷けませんけど」
静寂を破るように、三明が呟く。
棘は残っているものの、先ほどまでの刺々しさは僅かに薄れている。
妃巫女も特に咎めず、底の見えない笑みを湛えていた。
「──我が国の、建国神話はご存知ですか?」
その一言だけで、場の空気が引き締まる。
陽南は無意識に背筋を伸ばし、息を整えた。
「約一千年前。妖神・大禍を、とある孤島の最奥に封じた者たちがいました」
双刀を振るう天下人。
そして、その傍らに従った四人の大神官。
「その孤島に国を興し、“夕映王国”と名付けた天下人は、自ら王となりました。また大神官達も島の四方へ移って各地を治め、王国の繁栄に貢献したのです」
幼い頃、母に読み聞かせてもらった英雄譚は、陽南もよく知っている。
とはいえ、所詮は御伽噺だ。
──そう、思っていたのに。
「その大神官の末裔が、現在の四大名家です。王都・落燿を中心とする燿央地方。その東西南北に位置する四地方を、それぞれが治めています」
ヴェール越しの美貌が、ゆるやかに武智へ向いた。
「北燿地方を治める陸奥家も、その一つですね」
武智が、ほんのわずかに顎を引く。
誇りか。
それとも責務か。
どちらともつかない重みが、その仕草に滲んでいた。
「──ですが」
妃巫女の表情から、温度が消える。
「今や、各地で土地神への信仰は薄れ、妖神の封印にも綻びが生じつつあります」
静かな声なのに、やけに重い。
「わたくしの予言占術によると……一刻も早く四方の地に“加護”を授かり、立て直さなければ――」
そして、女王は断言した。
「建国一千年を待たずして、我が国は滅びの一途を辿ります」
沈黙が落ちる。
「滅び」。
その単語の重さに、誰もすぐには言葉を返せなかった。
「……それが、神サマの言ってた『神域の意味』か」
三明が、ぽつりと呟く。
妃巫女は頷いた。
「その通りです。妖神を解き放とうと画策する鉄辰冥団を叩き潰すため、夕輝士団では既に水面下で動いていただいています」
柔らかな声のまま、逃げ道を塞ぐように告げられる。
「その間、大神官の血を引く貴方がたには神域を巡っていただき、土地神との交渉をお願いしたいのです」
これは、お願いなどではない。
選択の形をした、決定事項。
「夕映王国繁栄のために、宜しくお願いいたします」
女王陛下直々の、勅命だった。
◇
王都・落燿北西部にある、陸奥家の別荘。
客間のソファに身を沈め、ようやく肩の力が抜ける。
「……女王陛下の口ぶりだと」
向かいで紅茶を傾けながら、武智が何気なく言った。
「大鳥さんも、四大名家の血を引いているのだろうか?」
「聞いたことないけど……ママは東燿地方の山奥出身だから、父方の血筋かしら」
「その線が濃厚だな。南の土地神が言っていた“縁の娘”という言葉にも説明がつく」
亡き父が、名家の血筋である可能性。
いきなり言われても、あまり実感が湧かないが。
(帰ったら、ママに聞いてみなきゃ)
陽南はふと、部屋の隅を見やる。
窓辺に腰掛ける三明は、黙々と小太刀の手入れを続けていた。
「…………」
――しゃりっ、と金属を拭う音。
会話に加わる様子はない。
でも時折、刃を拭く手が僅かに止まる。
(……あいつ)
話は聞いているが、自ら会話へ入ることはない。
そんな距離の取り方を感じる。
「……いずれにせよ、僕は立場上すぐには動けない」
カップを置いた武智に、陽南は頷く。
これまで任されてきた仕事。
席を空けるための引き継ぎ。
副隊長という立場上、無責任なことはできないのだろう。
「だが、まずは約束を果たさせてくれ」
武智は表情を緩め、予想外の言葉を口にした。
「今夜うちで晩餐会を開くんだ。大鳥さんにも、ぜひ参加してほしい」
「え……えぇっ!?」
(さすがに唐突すぎるんだけど!?)
国難の話をしていた直後に、夜会の誘い。
庶民には理解できない落差に、思わず面食らってしまう。
「無論、衣装はこちらで用意させるから心配ない。……おい、空見!」
「……?」
不意に名を呼ばれ、顔を上げる三明。
武智は態とらしく胸を張り、ドヤ顔で続ける。
「陽南さんの弟分として、お前も特別に参加を許可してやろう! しっかり身なりを整えればそれなりに──」
「おれはパス」
「……は?」
被せ気味の即答に、武智が固まる。
「え……三明、行かないの?」
「逆に、なんで行くんだよ」
陽南も目を瞬かせるが、あっさり返される。
「おれ、元盗賊だぞ。場違いどころじゃね〜だろ」
一瞬の沈黙。
どことなく複雑な顔で、三明が付け足す。
「それに……ああいう場所、ニガテだし」
軽口ではなく、はっきりした拒絶。
武智の頬が、わずかに引き攣った。
「……陸奥家嫡男の僕が直々に、庶民を招待してやると言っているんだが?」
(もう。素直じゃないわね……)
飽きるほど聞いてきた、上から目線の口調。
陽南は内心呆れたが、彼の真意など明白だ。
「……ご厚意、感謝します」
──なのに。
「そのお気持ちだけ受け取り、謹んで辞退させていただきます、武智サマ」
三明が深々と頭を下げる。
途端、武智は盛大に顔を歪めた。
「っやめろ空見! お前に名前で呼ばれると、なんか気持ち悪いっ!」
本気で嫌そうな顔も、全く意に介さず。
彼は再び愛刀に向き直った。
「…………」
「……くっ」
先に折れたのは、武智の方だった。
小さく溜め息をつき、肩を落とす。
(……三明?)
陽南は、僅かに眉を寄せた。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
「…………」
踏み込まず、踏み込ませない距離。
それは拒絶というより、彼の“線引き”のようで。
その華奢な背中に、深い孤独の影を見た気がした。




