第二章② 月読の御前にて*
夕映王城、月詠宮殿。
王命を受けた武智も馬車で駆け付け、三人は揃って謁見の間へと通された。
「こちらです」
執事が重々しい扉を押し開ける。
軋む音の向こうに広がっていたのは、想像以上に広大な空間だった。
高い天井、長く伸びる絨毯。
その、最奥には。
「ようこそいらっしゃいました」
豪奢な玉座に腰掛けた女性が、
瞼を閉じたまま、静かに微笑んでいた。
(――女王、陛下)
さらりとした艶やかな白髪で、薄紫を基調とした着物が柔らかく揺れる。
顔の上半分は薄いヴェールに覆われ、その年齢を測らせない美貌が、どこか浮世離れした気配を纏っていた。
その場に平伏しつつ、陽南はちらりと隣を見やる。
(正直、お姫様かと思ったわ……)
(や、案外そんな若くねぇと思──)
「皆様、どうぞこちらへ。それから空見三明さん、女性の年齢を探るのは無作法ですよ?」
にこり、と。完璧すぎる笑顔。
まだ名乗ってもいないのに、名指しで指摘される。
「っ……」
三明の表情が、わずかに固まる。
「女王陛下は、稀代の占術士だそうだ」
武智の小声に、陽南は概ね理解した。
逆らえないし、逆らおうとしても無意味だ。
三人は、揃って玉座の前に跪いた。
「陸奥武智さん、そして大鳥陽南さんも、初めまして。
月城妃巫女と申します」
柔らかく、どこまでも穏やかな声。
薄いヴェール越しに見える瞳は、閉じられたままだ。
「わたくしは盲目ですが、あらゆる物が視えています。ご心配には及びませんよ」
「! 心が、読めるんですか!?」
「えぇ、近くにいらっしゃる方なら。また、少し先の未来も視ることができます」
陽南は思わず言葉を失った。
その反応すら楽しむように、妃巫女は僅かに笑みを深める。
「それが、わたくしの──占術士の能力です」
人の心を見通し、国を統べる女王。
――逃げ場がない。
そんな感覚が、じわりと場に満ちていく。
「さて、本題ですが──
昨今の治安についてどうお思いですか、元盗賊の空見三明さん?」
「「!!」」
陽南と武智が反射的に振り返る。
三明は、いつも通りの無表情。
だが、その金眼はどこか冷淡だ。
「……さぁ。世情には疎いもんで」
短く、素っ気ない返答。
くすり、と女王が妖しく笑う。
「皆さんをお呼びしたのは、他でもありません。この夕映王国に蔓延る“蛆虫野郎共”を、徹底的に駆除するためです」
「――へ?」
間の抜けた声が、陽南の口から零れる。
武智も同じく、完全に固まっていた。
「王国における目の上の瘤その一、反王制組織・鉄辰冥団。あの害虫集団は、王国転覆及び妖神信仰の宗教国家“鉄冥帝国”の設立を掲げており――チッ。全く、虫酸が走ります」
(今、舌打ちしたわよね……?)
淑やかな口調の中に混じる、王族らしからぬ暴言の数々。
陽南は即座に思考を放棄した。
「……で、その“愛安定国”を阻止すんのに、おれ達が何か関係あるんですか?」
三明が、淡々と口を挟む。
やや平和的に誤変換されている気がするが、誰も突っ込まない。
「ふふ、頭の回転が速くて助かります」
妃巫女が、満足げに微笑む。
「流石は目の上の瘤その二、銀戌牙団の出ですね」
──瞬間。
三明の顔が僅かに、だがはっきりと歪んだ。
「……人の心を覗き見る暇があんなら、さっさと用件話せよ」
「ちょっ、三明!?」
「空見っ! 女王陛下に向かってなんて口を――!」
これまで見せたことのない、露骨な嫌悪。
一度ならず二度も過去を抉られ、彼が苛立つのも無理はない。
だが、相手は女王陛下だ。
「……随分と反抗的ですね。今すぐ首を飛ばしてほしいのですか?」
静かな声音に、空気が凍る。
三明の金眼が、鋭く細められた。
「……。殺れるんなら──」
「っ三明!」
反射的に一歩、彼の前へ出る。
そのまま膝を折り、両手を付くと。
「──無礼を、お許しください」
陽南は、深く頭を下げた。
「あくまで一般人の彼を巻き込んだのは、あたしです。お咎めなら、この大鳥陽南が受けます」
「ぁ……」
背後で張り詰めていた彼の殺気が、ほどけていく。
「……申し訳、ありません」
短い謝罪とともに、陽南に倣って頭を垂れる気配。
それを見た妃巫女が、笑みを深める。
「ふふ……その美しき絆に免じて、許しましょう」
(……絶対楽しんでるでしょ、この人)
内心で嘆息する。
今の考えすら、きっと彼女に読まれているのだろう。
「さて。……大鳥陽南さんは、南の土地神に“会えた”そうですね」
「!」
ふと、空気が変わる。
「神域に足を踏み入れ、国の機密に触れた御三方を見込んで、お願いがあります」
声は穏やか。
だが、その奥にある圧は明確だった。
「公にはできない極秘任務です。お受けいただけますでしょうか?」




